新潟大学脳研究所 副所長
システム脳病態学分野

田井中 一貴 教授


インタビュー

現在の主な研究内容についてお聞かせください。

 私は、ケミカルバイオロジーを基盤に、脳を「時間・空間・分子」という異なる尺度から統合して理解するための技術開発を進めています。中心となるのは、組織透明化と3Dイメージングです。脳や全身を透明化して三次元的に観察するだけでなく、生きた状態で得られる時間情報、組織全体の空間情報、遺伝子発現などの分子情報を一続きに解析できるパイプラインの構築を目指しています。

 最近は、3Dイメージングから得られる膨大な画像をAIと協働して解析し、人の目だけでは捉えにくい細胞や組織のパターンを定量化する研究に力を入れています。さらに、画像で見つけた特徴を、その場所の遺伝子発現などのポストホック解析につなげ、「どこで、いつ、どのような分子変化が起きたのか」を明らかにしたいと考えています。

 この技術ならではの成果として、脳小血管病の研究では、MRIやCTでは確認が難しい微小血管レベルの病理像を三次元的に捉えることができました。また、最近開発した頭蓋骨透明化技術「SeeThrough」では、頭蓋骨を残したまま2光子顕微鏡によるライブイメージングが可能になりました。より生理的な条件に近い状態で、脳内の物質輸送や排泄に関わる仕組みを観察できるため、ここから新しい発見が生まれることを期待しています。

 もう一つの研究の柱として、ムーンショット事業の中で、工学部の飯島先生らと経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS)のヒト応用研究も進めています。耳介に分布する迷走神経耳介枝を経皮的・非侵襲的に刺激した際の生理応答を客観的に捉え、将来的には治療や健康支援に役立つ、実用的な刺激・計測技術へつなげることを目指しています。基礎的な技術開発からヒトへの応用まで、分野の境界を越えて研究を展開していることが私たちの研究の特徴です。

これまでのご経歴や、脳研究所で研究されることになった経緯についてお聞かせください。

 学生時代は有機化学を専門とし、核酸を化学的に合成して、遺伝子診断などに利用できる蛍光プローブの開発に取り組んでいました。当時は、分子構造を設計することで「どのように光らせるか」を考える、比較的静的な蛍光発光の研究が中心でした。

 その後、動的な発光過程を学ぶため、大阪大学産業科学研究所の真嶋研究室で、DNA内を過剰電子がどのように移動するかを研究しました。さらに、京都大学エネルギー理工学研究所の森井研究室では、細胞内情報伝達分子であるIP4を検出するタンパク質型バイオセンサーなどを開発し、ケミカルバイオロジーを中心に研究を続けました。

 大きな転機は、理化学研究所生命システム研究センターの上田泰己先生の研究室で、新しい遺伝子合成技術の開発に携わったことです。そこには化学、生物学、医学、情報科学など、多様な専門性を持つ研究者が集まっていました。化学そのものを研究するだけでなく、化学の視点から生物学や医学に役立つ新しい研究手法を作る方向へ、研究を大きく広げることができました。

 その中で洲崎悦生先生に声をかけていただき、組織透明化技術CUBICの開発に取り組むことになりました。その後、上田先生が東京大学医学部に研究室を立ち上げられるのに伴って異動し、CUBICを脳全体に応用する研究と、マウス全身の透明化・3Dイメージングへ展開する研究を進めました。この経験を通じて、私の研究対象は分子から細胞、臓器、脳、全身へと広がり、脳を中心とする医学研究に本格的に入ることになりました。

 東京大学在籍時には、脳研究所の柿田先生、北浦先生らと、透明化技術をヒト脳へ応用する共同研究を進めていました。このご縁がきっかけとなり、脳研究所でテニュアトラック教授の公募があった際に応募し、現在に至ります。脳研究所に着任してからはヒト脳への応用を特に進め、固定組織の透明化に一通り目途がついた時期に、三國先生との共同研究からライブ透明化へ研究を広げ、SeeThroughの開発につながりました。振り返ると、研究対象は大きく変化してきましたが、「化学を使って、これまで見えなかったものを見えるようにする」という軸は一貫しています。

脳研究所で研究を行うメリット・研究環境の魅力は何でしょうか。

 脳研究所の最大の魅力は、病理学分野と連携し、実際のヒト脳組織を対象に研究できることだと思います。動物モデルや基礎研究から得られる知見は重要ですが、医学研究である以上、最終的には患者さんの診断や治療に還元することが大切です。その意味で、ヒトの病態そのものを研究できる環境は非常に貴重です。

 また、脳研究所には基礎研究の分野だけでなく、脳神経内科や脳神経外科をはじめとする臨床分野の研究者もいます。基礎研究で見つかった現象を臨床の先生方と議論し、逆に臨床現場から生まれた疑問を基礎研究へ持ち帰ることができます。基礎と臨床が一つ屋根の下にあり、日常的に共同研究を進められることは、脳研究所ならではの大きな特徴です。

 研究所という性格上、研究そのものに使える時間を比較的確保しやすいことも、特に若手研究者にとって重要だと思います。自分のアイデアを深く掘り下げたり、新しい技術や研究テーマに挑戦したりしやすく、研究者として成長する上でも恵まれた環境だと感じています。

仕事をする上で心がけていることやモットーなどはありますか。

 自分が「面白い」と思ったことには、たとえ専門外のテーマであっても先入観にとらわれず、できるだけ自分で手を動かして取り組んでみることを大切にしています。研究は、始める前に何が大きく発展するかを正確に予想できるものではありません。だからこそ、まずは自分自身がやっていて楽しいと思えるテーマに取り組むことが大事だと考えています。

 もう一つ心がけているのは、「自分にしかない武器で勝負する」ことです。同じテーマに多くの研究者が取り組んでいても、それぞれの専門性によって見えるものは違います。私が組織透明化の研究に参加したときにも、化学を専門とする研究者はいましたが、有機合成化学を本格的に学んできた自分だからこそ持ち込める視点がありました。

 新しい分野に入るときには、「自分はこの分野の専門家ではない」と考えるよりも、これまで培ってきた専門性を新しい問題にどう生かせるかを考えることが重要です。その専門性でしか表現できない切り口が、研究の独自性につながると思います。

今まで関わった研究プロジェクトの中で、特に印象深い経験があればお聞かせください。

 特に印象に残っているのは、組織透明化技術CUBICの開発です。きっかけは、宮脇先生が開発された初期の透明化技術Scaleを成体マウス脳に適用しても、十分に透明にならなかったことでした。そこで、既存の透明化液に含まれる成分を分解し、まずは小規模な化学スクリーニングから始めました。

 その中で、アミノアルコール類が特に高い透明化効果を示すことに気づきました。条件を改良すると成体マウス脳を透明化できるようになり、さらに他の臓器へ使ってみると、血液由来の色まで薄くなることが分かりました。調べた結果、アミノアルコールによってヘムが組織から溶出することが分かり、それが脳だけでなく、血液成分の脱色が必要な臓器やマウス胎児の透明化へ研究を広げるきっかけになりました。

 その後、市販の約二万五千種類の化合物から、水溶性などの条件を満たす1,619種類を選び、脱脂、脱色、屈折率調整など、組織透明化に必要な性質を効率よく評価できるスクリーニング系を構築しました。重要だったのは、脳や血液の懸濁液を使った簡便な一次評価が、実際の組織を使った透明化の結果とよく対応したことです。これによってスクリーニングできる規模が飛躍的に広がり、それまで経験的な部分が大きかった組織透明化を、化学的なパラメータとして表現できるようになりました。

 網羅的に調べたことで、水溶性の透明化技術でどこまで到達できるか、その限界も見えるようになりました。その結果、マウスで蛍光タンパク質を観察する場合にはCUBICが適する一方、ヒト組織では有機溶媒を使うBABB系の手法を選ぶ方がよい、という自分なりの結論を持つことができました。研究は可能性が残っていると思うと、いつまでも同じ方向を続けることができます。しかし、徹底的にやり切ることで初めて限界を判断でき、次の方向へ大きく舵を切ることができます。そのことを学んだ点でも、CUBICは非常に印象深いプロジェクトです。

脳の研究という仕事ならではの面白さややりがいはどんなところですか。また、どのような大変さがありますか。

 脳研究の面白さは、自分の研究を進めるだけでなく、周囲の研究を理解していくことで、「心とは何か」「私とは何か」「意識とは何か」といった、人間そのものに関わる問いまで科学として考えられるようになることです。脳の特定の領域への刺激によって、感情や行動、場合によっては嗜好や人格に関わる側面にも影響が及び得ることが示されていますし、「自分」という感覚も脳がさまざまな情報をまとめて作り出していると考えると、脳の奥深さを改めて感じます。

 一方、医学研究として難しいのは、基礎研究で病気の仕組みが分かっても、それがそのまま治療にはつながらないことです。例えば、ある脳領域の特定の細胞で、ある分子に異常があることが分かっても、その場所だけに安全にアクセスして治療する方法は非常に限られています。病態を細かく理解し、ピンポイントに治療しようとするほど、治療が複雑になったり高額になったりして、多くの人が利用できる医療から離れてしまうという問題もあります。

 理想を言えば、身体への負担が少なく、比較的安価でありながら、実際の症状や生活の改善につながる治療法が望まれます。私がtaVNSの研究に関心を持っている理由の一つもそこにあります。耳から神経を非侵襲的に刺激する比較的シンプルな方法が、どこまで人の生理機能や病態を調節できるのかを丁寧に明らかにし、将来的に実用的な治療・健康支援技術へつなげたいと考えています。

今後の目標についてお聞かせください。新たに学んでみたいことや、挑戦してみたいことはありますか。

 3Dイメージング、AIによる画像解析、さらにその後の分子解析を一つの解析系として完成させることには、技術的な制約がありながらも、今後着実に進んでいくと考えています。その先の目標として、脳研究所に在籍している以上、研究成果を実際の治療や健康・福祉へ還元するところまで挑戦したいと思っています。

 基礎研究によって脳疾患の仕組みを詳しく理解するだけでなく、新しい治療薬や、患者さんの負担が少なく実際に使ってもらえる治療・健康支援技術の開発につなげたいと考えています。そのためにも、今後は脳神経内科や脳神経外科の先生方との共同研究を、これまで以上に積極的に進めていきたいと思います。

 もう一つ、長期的に取り組みたいのが、脳の疾患やさまざまな個人差を「進化」という視点から捉え直す研究です。疾患や障がいは一般に「正常から外れたもの」と捉えられがちですが、人間の脳には大きな個人差があります。その多様性がなぜ進化の中で生まれ、維持されてきたのかを考えることは、病気そのものを理解する上でも重要だと思います。

 さらに、その理解を医学の中だけに閉じず、教育、工学、人文社会科学などの研究者とも共有し、それぞれの違いが生かされる社会のあり方まで研究してみたいと考えています。脳研究所が異分野研究のハブとなり、障がいや個性を単に包摂するだけでなく、多様性を育み、共に生きながら社会も変化していく「共進化社会」の構築に貢献できることが目標です。病気を治す研究と、多様性を理解して社会に生かす研究を、両輪として進めたいと思っています。

終業後や休日はどのようにお過ごしでしょうか。趣味やリフレッシュ方法がありましたらご教示ください。

 休日は基本的に家族と過ごしています。週末には料理をすることが多く、時間があまりないときは軽いものを、時間に余裕があるときには少し手間のかかる料理を作っています。料理をしながら家族と過ごす時間が、よいリフレッシュになっています。

脳研究所で研究したいと考えている方、脳研への大学院進学を検討中の方へのメッセージをお願いいたします。

 脳の研究には、一つの学問分野だけでは解決できない課題がたくさんあります。そのため、必ずしも最初から脳科学を専門にしている必要はありません。むしろ、化学、工学、情報科学など、脳科学とは異なる分野の専門知識を持っていることが、大きな強みになる場合があります。

 特に新しい実験方法や解析技術を考えるときには、生物学の知識だけでは解決できない問題が少なくありません。私自身も化学を専門として研究を始め、化学的な発想から組織透明化や3Dイメージングへ研究を広げてきました。異なる分野の研究者がそれぞれの専門性を持ち寄ることで、これまでできなかった研究が可能になることが、脳研究の面白さだと思います。

 一方で、脳研究は非常に広いため、「脳を研究したい」というだけでは方向を見失ってしまうこともあります。自分は何を知りたいのか、何を実現したいのかを、できるだけ明確に考えることが大切です。その目標があれば、これまで身につけてきた専門性を脳研究にどう生かすかも見えてきます。自分にしかない強みを持ちながら、新しい分野に挑戦したい方にとって、脳研究所はとても面白い環境だと思います。

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