(2023年1月4日公開)

担当:春日 健作 先生
所属:遺伝子機能解析学分野

1. アルツハイマー病の患者像

 みなさんは「アルツハイマー病」と聞くとどのような状態を想像されるだろうか。認知症が痴呆と呼ばれ、まだ介護保険もなかった頃、映画「恍惚の人」で森繁久彌がアルツハイマー病患者を見事に演じている。「飯はまだですか?」「何言ってるの、お父さん。さっきお昼、食べたじゃない」などというやり取りが繰り返される。また、今ではハリウッド俳優の渡辺謙は、映画「明日の記憶」で若年性アルツハイマー病患者を演じ、薄れる記憶を悲壮感あふれる演技で表現している。最近ではTVドラマ「大恋愛」で、戸田恵梨香が若年性アルツハイマー病患者を演じ、夫であるムロツヨシが記憶の消えゆく妻を愛する姿が感動的に描かれていた。海外ではどうか?映画「ファーザー」において、「羊たちの沈黙」で連続殺人鬼レクター博士を怪演したアンソニー・ホプキンスが、アルツハイマー病患者を演じアカデミー賞主演男優賞を受賞した(図1)。「あの家政婦、俺の腕時計を盗みやがった」と主張する場面をみると物盗られ妄想(自分で仕舞った行為自体を忘れるため、誰かが盗んだと勘違いする)は洋の東西を問わず家族を悩ませる症状なのだと実感する。本作を鑑賞すると、まるで自分がアルツハイマー病になったかのような錯覚を覚える。ネタバレにならないよう詳細は割愛するが、描写の斬新さに驚かされるとともに、あぁ、アルツハイマー病の方はこのように不安な体験を毎日繰り返しているのだろうな、と妙に納得させられる。このように古今東西を問わず、多くの映画・TV番組で、アルツハイマー病は徐々に記憶が薄れゆく患者像として描かれている。

図1_映画「ファーザー」(公式ページより)図1:映画「ファーザー」(公式ページより)

2. アルツハイマー病の診断

 では我々、医師はアルツハイマー病の方をどのように診断しているのだろうか。
 まずは物忘れなどの訴えで来院されたご本人とご家族から、どのような症状がいつから始まり、どのように変化しているかを問診する。多くの場合、付き添いのご家族より「いつとははっきりしないが半年くらい前から、同じことを何度も聞き返すようになり、段々と目立つようになってきた」といった話が聞かれる。本人は多少の物忘れの自覚はあるものの、あまり困った様子はない。むしろ家族の話を聞いて、「そんなにひどいか?」と聞き返す。「以前は息子家族のために買い物や夕食の準備をしていたが、徐々にできなくなった」とか、「病院や銀行に一人で行けなくなった」といった症状のため、ご家族は「これはただの物忘れではない」と思い来院したのだといった話が聞かれる。ご本人だけでなく、ご家族にも問診することが、特に早期のアルツハイマー病の診断では重要である(図2)1)

図2_https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/column/230104column_Dr.Kasuga_2_1.jpg図2:本人を良く知る情報提供者からの情報は、アルツハイマー病の早期診断に有用である(新潟大学脳研究所ウェブサイトより)

 次に、診察により認知機能を客観的に評価する。たとえば梅・犬・自動車など脈絡のない単語を記憶してもらい、数分後に思い出してもらう。こうして確認された認知機能の低下によって生活に支障を来している場合、我々は「認知症」と診断し、さらにその原因の評価へと進む。
 高齢者(65歳以上)の認知症の原因の約7割、若年者(65歳未満)の認知症の原因の約5割がアルツハイマー病である。このように認知症の原因の大半がアルツハイマー病のため、一般の方からは「認知症=アルツハイマー病」と誤解されることもあるが、アルツハイマー病以外の原因で認知症になることもある。ではなぜ認知症の原因を評価する必要があるのだろうか?原因により治療や介護、その後に出現する症状や、進行の速さなどが異なるためである。血液検査により認知機能に影響するホルモンやビタミンに異常がないかを確認する。脳MRIなどにより脳がやせていないか(萎縮していないか)、特に記憶に重要な海馬がやせていないかを確認する。また、脳梗塞などアルツハイマー病以外の脳疾患を疑わせる異常がないかを確認する。こうして我々は「アルツハイマー病による認知症」と診断する。

3. アルツハイマー病の脳内病態と治療

 現在、アルツハイマー病による認知症に対しては、元気がなくなった脳の神経細胞の働きを助ける薬剤(コリンエステラーゼ阻害薬やグルタミン酸受容体拮抗薬)が使用されている。しかし、これらの薬剤は、神経細胞の元気がなくなる原因を取り除く薬剤ではないため、病気の進行を止める効果はないと考えられている。これまでの研究により、アルツハイマー病では、アミロイドβ(Aβ)とタウと呼ばれる2つのタンパク質が脳内に過剰に蓄積することで、神経細胞の元気がなくなると考えられている。筆者は留学中にアルツハイマー病のモデルマウスを作成した。このモデルマウスでは、脳内でのAβの産生を自在にon/offでき、Aβの産生をoffにすると、確かに認知機能が改善した2)。現在は、脳の中からAβやタウを取り除き、アルツハイマー病を根本から治療する薬剤の開発が進められている。

4. 脳脊髄液を用いたアルツハイマー病の診断

 さて、話題をアルツハイマー病の診断に戻そう。我々は、脳を取り囲む脳脊髄液を用いたアルツハイマー病の診断に力を入れている。脳脊髄液を解析することで、脳内にAβやタウが溜まっているかどうかが分かるからである3)。この脳脊髄液によるアルツハイマー病の診断補助は、ヨーロッパを中心に世界中の認知症診療で活用されている4)。日本国内の認知症診療の専門施設38か所で行った共同研究において、我々は脳脊髄液を解析した。驚くべきことに「アルツハイマー病による認知症」と診断された症例のうち、実に4割はAβやタウの蓄積を認めない「非アルツハイマー病」パターンを示した(図3)5)。すなわち、前述のように問診・診察により認知症の原因としてアルツハイマー病を強く疑い、さらにMRIなどでアルツハイマー病以外の原因を除外したつもりでも、正しく診断できていたのは6割に留まっていたと解釈できる。今後、Aβやタウを取り除く薬剤が認知症診療の現場に登場した際、臨床症状や除外診断によって「アルツハイマー病による認知症」と診断された症例にこれらの薬剤を投与しても、4割は「空振り」に終わる可能性があるのだ。そのため、Aβやタウを取り除く薬剤の使用に際しては、脳内のAβやタウの蓄積を検出する検査が必須となることが予想される。脳脊髄液は、患者さんから採取するために腰椎穿刺という特別な処置が必要である。そのため、より簡便な血液検査でAβやタウを検出する方法の開発が進められている6)
 アルツハイマー病の診断は案外難しいのである。森繁久彌もアンソニー・ホプキンスも実はアルツハイマー病ではなかったのかもしれない。

図2_https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/column/230104column_Dr.Kasuga_3.jpg図3:アルツハイマー型認知症と診断されていた人の約4割はアルツハイマー病ではなかった(新潟大学脳研究所ウェブサイトより)

参考文献
  1. Nosheny RL, ..., Kasuga K, et al. Alzheimers Dement (N Y) 2022;8(1):e12357.
    新潟大学脳研究所ウェブサイトリンク: https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/result/genetics/001810.html
  2. Kasuga K, et al. bioRxiv 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.07.18.210344
  3. 春日健作. 診断と治療 2022;110(5):599-604.
  4. Delaby C, ..., Kasuga K, et al. Alzheimers Dement 2022;18(10):1868-1879.
  5. Kasuga K, et al. BMJ Neurol Open 2022;4(2):e000321.
    新潟大学脳研究所ウェブサイトリンク: https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/result/genetics/001790.html
  6. 春日健作. 医学と薬学 2022;79(1):17-23.
研究分野

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脳研コラム
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