アルツハイマー病関連タンパク質APPの「細胞を守る」新機能を発見 -アルツハイマー病の原因の新しい仮説を提唱-

2026年06月15日

本研究成果のポイント

  • APP(注1)が、損傷した細胞核に由来するDNAやヒストンなどの「核のごみ」を細胞外へ排出する新しい役割を発見。
  • この排出は、リソソームが細胞膜と融合して内容物を外へ出す「リソソーム開口分泌」に依存することを解明。
  • APPの低下や家族性アルツハイマー病関連変異では核のごみの排出がうまく働かず、炎症反応や細胞死が起こりやすくなる可能性を提示。
  • アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の病態理解や新たな治療標的の探索につながることを期待。

概要

 新潟大学脳研究所脳病態解析分野のGodfried Dougnon助教、松井秀彰教授らの研究グループは、アルツハイマー病に関わるタンパク質として知られるアミロイド前駆体タンパク質(APP)が、損傷した細胞核から漏れ出すDNAや核タンパク質などの「核のごみ」(注2)を、リソソーム開口分泌という仕組みで細胞外へ排出し、細胞を保護することを明らかにしました。培養細胞、マウス脳、ヒトアルツハイマー病患者脳の解析により、APPが失われたり家族性アルツハイマー病関連変異を持っていたりすると、この排出機能が低下し、炎症や細胞死が起こりやすくなることが示されました。本成果は、アルツハイマー病を「アミロイドβ(注3)の蓄積」ではなく、核の損傷や細胞内廃棄物処理の破綻から捉える新たな視点を提供します。

Ⅰ.研究の背景

 アルツハイマー病では、APPが切断されて生じるアミロイドβ(Aβ)が蓄積することがよく知られており、APPは長くAβの材料として研究されてきました。一方で、切断される前の全長APPが細胞内でどのような生理機能を持つのかについては、まだ十分に解明されていませんでした。また、加齢や酸化ストレス、DNA損傷などにより細胞核が傷つくと、核の中にあるDNAや核タンパク質が細胞質へ漏れ出し、炎症や細胞死を引き起こす可能性があります。しかし、細胞がこうした核由来の不要物をどのように処理しているのか、特に神経細胞での仕組みは不明な点が多く残されていました。

Ⅱ.研究の概要

 本研究グループは、培養細胞、ヒトiPS細胞由来神経細胞、マウス脳、ヒト死後脳を用いて、APPが核損傷時の細胞防御に関わるかを調べました。核が傷つく条件を作ると、野生型APPは核由来の不要物とともにリソソーム関連分子の近くに集まり、核のごみの細胞外への排出を助けることが分かりました。一方、APPを欠損または低下させた細胞や、家族性アルツハイマー病に関連するAPP変異を持つ細胞(注4)では、核のごみが細胞内や細胞表面に蓄積しやすくなり、炎症関連分子や細胞死マーカーが増加しました。

Ⅲ.研究の成果

1.APPは核損傷から細胞を守る
 LMNAノックダウンやエトポシド処理により核損傷を誘導した細胞で、野生型APPを増やすと細胞生存率が改善し、DNA損傷、炎症、細胞死の指標が低下しました。家族性アルツハイマー病関連APP変異では、この保護効果は十分に認められませんでした。

2.APPは「核のごみ」をリソソーム開口分泌で排出する
 核損傷時、APPはヒストン(注5)を含む核由来物質と共局在し、リソソーム開口分泌(注6)に関わる分子と関係することが示されました。リソソーム機能や開口分泌に関わる分子を阻害すると、APPの細胞保護効果は失われました。

3.マウス脳とヒト脳でも病態との関連を確認
 マウス脳では、APPを低下させると核損傷に対して神経細胞が傷つきやすくなり、野生型APPを増やすとDNA損傷が軽減しました。一方、変異APPでは同様の保護効果はみられませんでした。さらに、ヒトアルツハイマー病脳では、神経細胞内の核由来物質の蓄積、核形態の異常、神経細胞あたりのAPP量の低下が観察されました。

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図:APPによる核由来不要物の排出

APPは、核損傷で生じた不要物をリソソームを介して細胞外へ排出し、DNA損傷や細胞障害を抑える。APPの機能が低下すると不要物が蓄積し、細胞傷害が増加する。

Ⅳ.今後の展開

 本研究は、APPをAβ産生の前駆体としてだけでなく、核損傷に対する細胞防御因子として捉え直すものです。今後は、APPによる核のごみ排出機構とAβ蓄積との関係、加齢や神経変性疾患でこの機構がどの段階で破綻するのかを詳しく調べる必要があります。リソソーム開口分泌、核損傷応答、核のごみ蓄積に伴う炎症反応を制御する方法を明らかにできれば、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の病態理解や新たな治療標的の探索につながることが期待されます。

Ⅴ.研究成果の公表

 本研究成果は、2026年6月11日、科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」に掲載されました。

論文タイトル A protective role for APP in nuclear waste clearance via lysosomal exocytosis.
著者 Godfried Dougnon, Takayoshi Otsuka, Yuka Nakamura, Akiko Sakai, Tomoyuki Yamanaka, Noriko Matsui, Asa Nakahara, Ai Ito, Atsushi Hatano, Masaki Matsumoto, Hironaka Igarashi, Akiyoshi Kakita, Masaki Ueno, Hideaki Matsui.
doi 10.1073/pnas.2524190123
プレスリリース

Ⅵ.謝辞

 

 本研究は、武田科学振興財団、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP23790744、JP22484842、JP18955907)、日本医療研究開発機構(AMED;JP23gm1710010、JP22gm6110028、JP20dm0107154、JP24wm0625506)、東京生化学研究会、公益財団法人中外創薬科学財団、上原記念生命科学財団、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2024)などの支援を受けて行われました。

用語解説

  • (注1)APP(アミロイド前駆体タンパク質):脳を含む多くの細胞で発現する膜タンパク質です。切断されるとアミロイドβ(Aβ)が生じるため、アルツハイマー病研究でよく知られています。
  • (注2)核のごみ:本研究で分かりやすく説明するための表現で、細胞核が傷ついた際に細胞質へ漏れ出したDNA、クロマチン断片、ヒストンなどの核由来物質を指します。
  • (注3)アミロイドβ(Aβ):APPが酵素によって切断されてできる短いタンパク質断片です。アルツハイマー病脳にみられるアミロイド斑の主成分として知られています。
  • (注4)家族性アルツハイマー病関連APP変異:遺伝的に受け継がれる一部のアルツハイマー病に関係するAPPの変異です。本研究では、こうした変異APPでは核のごみ排出を助ける機能が低下することが示されました。
  • (注5)ヒストン:細胞の核の中でDNAを整理し、まとめる役割を持つタンパク質。
  • (注6)リソソーム開口分泌:細胞内の小器官であるリソソームが細胞膜と融合し、内容物を細胞外へ放出する仕組みです。

研究分野

研究成果・実績
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