マウスの体を借りて成熟させたラット卵子から産仔作製に成功
-免疫不全マウスへの卵巣移植法は様々な動物の産仔作製に応用可能-

2024年11月15日

概要

 新潟大学脳研究所動物資源開発研究分野の竹鶴裕亮特任助教(現・東京大学医科学研究所実験動物研究施設先進動物ゲノム研究分野・特任研究員)と同研究所モデル動物開発分野・大学院生の平山瑠那(現・富山大学大学院生命融合科学教育部 認知・情動脳科学専攻行動生理学講座・大学院生)は、新潟大学の﨑村建司名誉教授、同大学脳研究所モデル動物開発分野の阿部学准教授、富山大学学術研究部医学系(同大学院生命融合科学教育部 認知・情動脳科学専攻行動生理学講座)の高雄啓三教授らと共に、ラットの卵巣を免疫不全マウス腎臓被膜下に移植する異種動物間卵巣移植法(注1)により、マウス体内で発育させたラットの卵胞(注2)から卵子のもととなる卵母細胞(注3)を採取し、体外で成熟、受精させました。その受精卵を仮親のラットに移植することで、ラットの産仔を得ることに成功しました。さらに、この産仔から次世代の個体を得ることにも成功しました。本手法は遺伝子組み換えラットの作製・維持の一助となるだけでなく、病気や事故で死亡した動物卵巣から卵子を取得するなど、生殖医療を含めたあらゆる動物の個体作製への応用が期待できます。

本研究成果のポイント

  • 異種間移植したラット卵巣から初めてラット産仔作製に成功した。
  • 本手法による産仔作製は、絶滅危惧種の保存や生殖医療への応用が期待される。

Ⅰ.研究の背景

 卵巣内の卵母細胞を採取して卵子や子を得る試みは、畜産における優良形質の維持や絶滅危惧種の保存、ヒトの妊孕性(注4)温存などを目的に行われてきました。その一つの方法である卵巣の自家移植法(注5)は、卵巣・卵胞の体外培養よりも卵子を得るための処置が比較的簡単であり広く実施されています。さらに、卵巣の移植先であるレシピエント(注6)に細胞性免疫を欠損した異種動物を使えば稀少動物の卵子取得にも使えます。また、大きな動物の卵巣でもマウスのような小動物を使用することで省スペース・低コスト化が実現できるという利点もあります。しかし、異種移植後の卵巣は通常の卵巣に比べて、卵巣の代謝と機能に関与する遺伝子発現が異なっているという報告や、異種移植卵巣由来の卵子は成熟できず個体にならないという指摘もあり、異種間での卵巣移植法を用いた産仔作製は難しいのが現状です。絶滅危惧種の保存やヒトの妊孕性温存のために採取卵母細胞から産仔を得る技術は需要が増しており、異種間卵巣移植法による産仔作製はその可能性を広げる技術のひとつとして注目されています。

 そこで本研究では、異種間移植卵巣由来の卵子が個体になりうるのかどうかをラット卵巣とマウスを用いて検討しました。マウスに移植したラット卵巣を用いて産仔作製ができれば、異なる種に卵巣を移植して産仔が得られることになり、絶滅危惧種を含め様々な動物への応用が期待されます。

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図1. 異種間卵巣移植法を用いたラット作製法

①摘出したラット卵巣を切り分け、卵巣を除去した免疫不全マウスの腎臓被膜下に移植する。②続いて移植卵巣内卵胞を発育させるためにホルモン投与をし、③採取した卵母細胞・卵子を成熟、体外受精させる。④そして受精卵を仮親のラットに移植し産仔を得る。

Ⅱ.研究の概要

 本研究では、図1に示すとおり、ラット卵巣を移植したマウスにホルモン投与(注7)をして成熟卵子を取得することで、ラット産仔の作製に成功しました。さらに、得られたラット産仔が次世代を産み出せることも明らかにしました。レシピエントにマウスを使った研究としては、異種動物体内から得た卵子を受精させ、産仔を得ることに成功したのは、世界で初めての成果です。

Ⅲ.研究の成果

 本手法により産仔を作製するにあたって特に重要だったポイントは、移植卵巣から成熟卵子を得たことです。卵巣移植したマウスにホルモン投与後、移植卵巣からは成熟卵子と未成熟な卵母細胞の両方が得られました。成熟卵子は取得後すぐ受精が可能ですが、未成熟な卵母細胞は受精の前に成熟させてから卵子を得る必要があります。本研究により、未成熟な卵母細胞を体外で成熟培養して得られた卵子は受精後の産仔率(注8)が非常に低く、卵巣から得られた時点で卵子が成熟していることが産仔率を上げるために重要であることがわかりました。

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図2. 異種間移植卵巣由来の子孫

異種間移植卵巣から得た卵子由来の産仔(父親)とその産仔の自然交配で産まれた次世代の個体(子ども)。

 本研究では、①異種間移植卵巣から得た成熟卵子を使用することで産仔を作製し、②その産仔が自然交配により次世代を産み出すことができることも明らかにしました(図2)。本研究で用いた卵巣は遺伝子組換えラットから採取しており、得られた次世代個体でも遺伝子組換えが見られたことで異種間移植したドナー(注9)卵巣由来の卵から産仔が得られたことが確認されました。さらに、凍結融解したラット卵巣についても本手法を用いて卵母細胞を採取、受精卵作製にも成功したため、遠隔地で死亡して保管された動物の卵巣からでも産仔を得ることができる可能性を示しました。

Ⅳ.今後の展開

 本研究成果は、遺伝子組み換えラットの保存・維持にも活用できるため、遺伝子組み換えラットを利用した研究の促進にも貢献が期待されます。また、著者らのグループは2023年10月に同手法で非ヒト霊長類であるマーモセットの卵巣から胚盤胞(注10)の取得に成功しています(注11)。将来的には、本成果を活用することで、ラットやマーモセットだけでなく、様々な哺乳類で卵巣内の卵母細胞を用いて成熟卵子、産仔を作製できることが期待されます。本手法の確立は実験動物の生殖技術、畜産の繁殖技術、希少種の育種、生殖医療の発展に貢献することも期待されます。

Ⅴ.研究成果の公表

本研究成果は、2024年8月29日、科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

論文タイトル Generation of rat offspring from ovarian oocytes by xenotransplantation
著者 Hiroaki Taketsuru†, Runa Hirayama†, Ena Nakatsukasa, Rie Natsume, Keizo Takao, Manabu Abe* & Kenji Sakimura* †equally contributed, *co-corresponding author
doi 10.1038/s41598-024-71030-0

プレスリリース

Ⅵ.謝辞

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)(JP23dm0207091h0005)、文部科学省科学研究費助成事業(JP16H06276(AdAMS)、18KK0458)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2145)などの支援を受けて行われました。

用語解説

  • (注1)異種間卵巣移植:異種動物に卵巣を移植することです。本研究では、細胞性免疫によって移植組織が排除されない免疫不全マウスの腎臓被膜下にラットの卵巣組織片を移植し、ホルモン投与によって卵胞を成熟させています。
  • (注2)卵胞:卵母細胞を取り囲む細胞および膜のことです。
  • (注3)卵母細胞:未成熟な卵子のことです。通常では卵母細胞は卵胞に包まれた状態で成熟していきます。
  • (注4)妊孕性:ここでは、女性が妊娠するために必要な能力のことを指しています。たとえば、がん治療の際には治療後に子どもを望む患者さんが、妊孕性温存のためにあらかじめ卵巣を摘出し保存しておくことがあります。
  • (注5)自家移植法:摘出した自身の卵巣を自分の体の同じ場所、あるいは別の場所に移植することです。
  • (注6)レシピエント:移植を受ける側の動物のことです。
  • (注7)ホルモン投与:卵巣内の卵胞を発育させるため、動物種にあった性ホルモンを投与します。
  • (注8)産仔率:移植した胚に対して得られた産仔の割合のことです。
  • (注9)ドナー:移植のために臓器を提供する動物。ここでは、移植用の卵巣を提供するラットのことを指します。
  • (注10)胚盤胞:子宮に着床することが可能になった胚のことです。
  • (注11)著者らのグループは2023年10月に異種間移植卵巣法を用いてマーモセット胚盤胞の取得に成功したことを発表しました。
    2023年11月17日プレスリリース

研究分野

研究成果・実績
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