マウス腎臓被膜下に移植した卵巣からマーモセット卵子の取得、胚生産に世界初の成功 -ヒト生殖補助医療に資する胚操作技術の開発-

2023年11月17日

概要

 新潟大学脳研究所モデル動物開発分野・大学院生の平山瑠那(現・富山大学大学院生命融合科学教育部 認知・情動脳科学専攻行動生理学講座・大学院生)と同大学脳研究所動物資源開発研究分野の竹鶴裕亮特任助教は、新潟大学名誉教授の﨑村建司博士、同大学脳研究所モデル動物開発分野の阿部学准教授、動物資源開発研究分野の笹岡俊邦教授、富山大学学術研究部医学系(大学院生命融合科学教育部 認知・情動脳科学専攻行動生理学講座)の高雄啓三教授らと共に、マーモセット卵巣をマウスの腎臓被膜下に移植する異種間卵巣移植(注1)を行い、マウス体内で発育させた卵胞(注2)からマーモセットの卵母細胞(注3)を採取することに成功しました。さらに、採取した卵母細胞を体外で成熟・受精させ、胚盤胞(注4)まで発生させることにも世界で初めて成功しました。本手法は動物実験における3R原則(注5)に配慮した、遺伝子改変マーモセット作製のために必要な卵子の新しい供給方法となることが期待できます。


研究成果のポイント

  • 異種間移植した霊長類卵巣から初めて卵子取得、胚(注6)生産に成功した。
  • これまで未利用なまま廃棄されてきたマーモセット卵巣を有効利用でき、小規模な施設でも比較的廉価にマーモセット卵子取得が可能となる。
  • 本手法により、遺伝子改変マーモセット作製の効率が飛躍的に高まることが期待される。


Ⅰ 研究の背景

 マーモセットは小型の霊長類で、一度の出産数が2−4頭と多く、他のサルと比較して妊娠期間が短いという特徴があります。これらのことから、マーモセットに遺伝子改変を施し、ヒト疾病等のモデル動物として用いようとする研究が医学薬学の各領域で進められています。遺伝子改変マーモセット作製のためには多くの卵子が必要となりますが、メスからの採卵は長期的なホルモン投与(注7)と外科的手術を組み合わせた方法が主流で、動物の負担が大きいばかりでなく、動物の飼育・維持のための広い施設や多くの費用と労力が必要です。

 そこで上記の課題を解決し、小規模な動物実験施設でも遺伝子改変マーモセット作製に取り組めることを目指して研究開発を行いました。本研究グループは、これまで実験死や病死により未利用なまま廃棄されてきたマーモセット卵巣をマウス腎臓に移植することで発育させ、胚生産可能な卵子を得ることに取り組みました(図1)。


図1

図1:本研究の概念図

全国の研究施設から分与された廃棄予定だったマーモセット卵巣を細かく切り分け(1)、卵巣除去した免疫不全マウスの腎臓被膜下へ移植する(2)。次にホルモン投与により、移植したマーモセット卵巣内の卵胞を発育させ(3)、マウス腎臓から採取した卵母細胞を体外で成熟、受精させて胚を発生させる(4)。


Ⅱ 研究の概要・成果

 本研究では、全国のマーモセット研究施設から廃棄予定だったマーモセット卵巣(図2左)の分与を受け、卵巣保存から胚培養までの諸条件を検討することで、マーモセット卵子取得、胚盤胞獲得に成功しました。特に、霊長類では、異種動物体内で卵子を成熟させて胚を取得できたことは、世界で初めての成果です。

 本手法の確立にあたって特に重要だった条件は、マウス腎臓へ移植するマーモセット卵巣組織片の大きさと、マウスに移植した卵巣から採取した卵母細胞の体外受精前の成熟培養時間の至適化でした。冷蔵輸送で分与されたマーモセット卵巣(注8)は、細切した組織片の状態で移植に用いますが、この組織片の大きさを調整することで組織片の腎臓への生着(注9)を促すことができました。移植後は卵巣を移植したマウスにホルモン投与を行いマーモセットの卵胞発育を誘導します。その後マウス腎臓で発育した卵胞から卵母細胞を採取し、体外で成熟させてから体外受精を行います。このとき、異種間移植ではない通常の動物個体から卵母細胞を採取したときよりも培養する時間を長くすることで受精率を向上させることができました。本手法において卵巣保存から胚培養までの条件を細かく整えることで、異種間卵巣移植由来の卵子を着床が可能な段階である胚盤胞(図2右)まで発生させることができるようになりました。このアプローチは、霊長類モデルの使用を通じて、遺伝子組換え研究や疾患モデルの進歩に貢献する可能性があり、ヒト以外の霊長類を用いたバイオテクノロジーの進展や、動物実験における3R原則の遵守に貢献します。


図2

図2.(左)マウスの腎臓に移植したマーモセット卵巣の組織像(HE染色)。卵胞内の卵母細胞(▲)と未発育の卵母細胞(↑)を示す。(右)異種間卵巣移植由来の卵子から体外受精後に得られた胚盤胞の顕微鏡写真

Ⅲ 今後の展開

 本手法を用いることで、小規模な研究施設でも比較的廉価に遺伝子改変マーモセット作製に着手しやすくなり、ヒト疾患研究の発展が加速されることが期待できます。また、本手法により卵子を取得するマーモセットの負荷を減らすことができ、実験動物の福祉の向上にも貢献することが期待できます。そのためにも、今回生産に成功した胚が実際に産仔になることを確認し、遺伝子改変マーモセット作製への有用性を確かなものにする必要があります。一方、本研究で得られた胚盤胞は、いまだ樹立が難しいナイーブ化ES細胞、すなわち身体全ての細胞に分化できる細胞の樹立にも応用可能です。さらに、本研究で開発した胚操作技術は、ヒトの生殖補助医療の発展に貢献することも期待されます。


Ⅳ 研究成果の公表

 本研究成果は、2023年10月24日、科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

論文タイトル

Production of marmoset eggs and embryos from xenotransplanted ovary tissues

著者 Runa Hirayama†, Hiroaki Taketsuru†, Ena Nakatsukasa, Rie Natsume, Nae Saito, Shuko Adachi, Sayaka Kuwabara, Jun Miyamoto, Shiori Miura, Nobuyoshi Fujisawa, Yoshitaka Maeda, Keizo Takao, Manabu Abe, Toshikuni Sasaoka* & Kenji Sakimura* †equally contributed, *co-corresponding author
doi 10.1038/s41598-023-45224-x

プレスリリース(PDF)


Ⅴ 謝辞

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)(JP23dm0207091h0005)、文部科学省科学研究費助成事業(JP16H06276(AdAMS)、JP18K19375)、京都大学霊長類研究所共同利用研究事業、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2145)などの支援を受けて行われました。


用語解説

(注1)異種間卵巣移植:異種動物に卵巣を移植することです。本研究では、細胞性免疫によって移植組織が排除されない免疫不全マウスの腎臓被膜下にマーモセットの卵巣組織片を移植し、ホルモン投与によって卵子を成熟させています。

(注2)卵胞:卵母細胞を取り囲む細胞および膜のことです。

(注3)卵母細胞:未成熟な卵子のことです。体内では卵胞に包まれた状態で成熟していきます。

(注4)胚盤胞:子宮に着床することが可能になった胚のことです。

(注5)3R原則:動物実験適正化の国際原則で、Replacement(代替法の利用)、Reduction(使用動物数の削減)、Refinement(苦痛軽減を中心とする動物実験の洗練)の頭のRをとって3R原則と呼ばれています。

(注6):個体発生の初期段階であり、受精卵のことです。

(注7)ホルモン投与:卵巣内の卵胞を発育させるため、動物種にあった性ホルモンを投与します。

(注8)卵巣の冷蔵輸送:全国のマーモセット研究施設から分与される卵巣は、各研究施設で組織を摘出後4℃保存で1-2日間かけて輸送されます。

(注9)生着した組織片:ホルモン投与後卵巣組織の回収時に、マウス腎臓に接着し血液の供給や発育卵胞がみられる組織片のことです。


研究分野

研究成果・実績
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