2025年8月19日公開
担当:木村 篤史 先生
所属:臨床機能脳神経学分野
脳アミロイドアンギオパチー(CAA)は、脳の血管の壁にアミロイドβ蛋白が異常に蓄積する病気です[1]。この蓄積により脳出血や認知症などの症状を引き起こすことがあります[2]。過去の研究から、幼少期にヒト乾燥硬膜(ドナーから採取し乾燥処理した硬膜)移植を受けた患者が成人後にCAAを発症することが報告されており、移植した硬膜を介してアミロイドβ蛋白が脳内へ伝播する可能性が指摘されていました[3]。
アミロイドβ蛋白は、認知症の原因として最も多いアルツハイマー病の脳内にも蓄積しています。さらにアルツハイマー病では、アミロイドβ蛋白とともにタウ蛋白という異常蛋白も蓄積しています。これらの異常蛋白は、病初期には限られた脳部位のみに出現し、そののちに脳内の広い範囲に広がっていくと想定されています。一方、CAAにおいてもタウ蛋白が蓄積しているのか否か、さらにCAAやアルツハイマー病患者の脳内でこれらの異常蛋白がどのような経路を通って広がっていくのかは、臨床的観察の場ではこれまで明らかにされていませんでした。この点を明らかにすることが、CAAやアルツハイマー病に代表される他の神経変性疾患の病態解明に向けた大きな課題となっていました。
ヒト乾燥硬膜は、かつて脳外科手術で硬膜という脳を包む膜が外傷や手術などで損傷した場合に使用されていたもので、以前は死体から採取されたものを凍結乾燥・滅菌処理して使用していました。しかし1987年以降、ヒト乾燥硬膜移植歴がある患者で、脳に異常なプリオン蛋白が蓄積することで発症するクロイツフェルト・ヤコブ病や、CAAなどの脳疾患を発症する事例が報告されるようになりました。その後の研究で、一部のヒト乾燥硬膜が異常プリオン蛋白やアミロイドβ蛋白などによって汚染されていることが、ヒト乾燥硬膜移植後に起きる脳疾患発症の原因であることが明らかになり、1997年以降はヒト乾燥硬膜の使用が禁止されました[4]。こうした背景を踏まえ、感染症リスクに加え、プリオン、アミロイドβ、タウといった異常蛋白質が移植ヒト乾燥硬膜を介して脳内にどのように伝播するのかを明らかにすることが、医療安全と疾患理解の両面で重要な研究テーマとなっています。
最新の画像技術でアミロイドとタウを"見える化"する私たちの研究グループは、PET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影法)と専用のPET用薬剤(PETトレーサー)を用いた脳研究を行っています。PETは微量の放射線を発するように細工をした薬剤を体内に投与し、体内に分布した薬剤から放出される微量の放射線をPET装置で測定することで、薬剤の分布を画像として描き出す検査で、検査目的に応じた薬剤を用いることで、脳のさまざまな機能や異常蛋白の脳内蓄積などを調べることが出来ます。最近、アルツハイマー病患者の脳内に蓄積するアミロイドβ蛋白を除去する画期的な新薬が登場し、新たな治療選択肢が増えましたが、この新薬の開発においても、PET検査が大きな貢献を果たしました。
今回私たちの研究グループは、幼少期にヒト乾燥硬膜の移植手術を受け、成人してから脳出血を起こしたCAA患者さんを対象に、アミロイドPET(11C-PiBというトレーサーを使用)とタウPET(Florzolotau (18F)というトレーサーを使用)を行い、脳内のアミロイドβ蛋白とタウ蛋白の蓄積分布を詳しく調べました。
今回使用されたFlorzolotau(18F)は日本で開発された新しいタウPET薬剤で、アルツハイマー病はもちろんのこと、それ以外にも多様な認知症患者の脳内タウ蓄積を高精度に画像化できる世界初のトレーサーです。この先端的なPETイメージング技術により、移植硬膜に関連したCAA患者の脳内でアミロイドβとタウがどのように蓄積しているかを観察することが可能になりました。
アミロイドとタウ、脳のどこにたまる?
上の図(Fig.1)は本症例におけるアミロイドPETとタウPET画像の比較です。上段がアミロイドPET([11C]PiB)の画像で、白い矢印の先に示すように手術で硬膜を移植した部位の反対側の大脳皮質にアミロイドβ蛋白の蓄積が認められます。下段のタウPET(Florzolotau)の画像では、黄色の矢印の先、硬膜移植を行った部位と同じ側の大脳皮質領域にタウ蛋白の顕著な蓄積が確認できます。両PET画像を見比べると、アミロイドβは脳の移植部位の反対側に、タウは移植部位と同じ側に、それぞれ特徴的な蓄積を示していることが分かります。これらの結果により、次のような2つの知見が得られました。
アミロイドPETでは、硬膜を移植した位置の反対側にある大脳皮質の限られた領域にアミロイドβ蛋白の沈着が見られました。これは過去に報告されていた所見[5]と一致しており、アミロイドβ蛋白が血液や脳脊髄液の流れに乗って離れた場所まで広がった可能性を示唆しています。実際、幼少期の手術から数十年を経て対側の脳にアミロイド病変が生じたことから、移植硬膜由来のアミロイドβが体液を介して遠隔部位に伝播したと考えられます。
タウPETでは、硬膜移植を行った同じ側の大脳皮質にタウ蛋白の強い蓄積が確認されました。移植部位近傍の皮質に沿うようにタウが広がっており、このようなタウ蛋白の蓄積パターンをCAAのヒト生体脳内で示したのは世界で初めての発見です。これまでタウの脳内伝播は患者さんが亡くなった後の病理検査でしか確認されておらず、PETによって生きた脳内で直接その広がりを捉えた点で画期的な成果となりました。
広がり方が違う? 2つの蛋白質の伝播ルート
構造図はRCSB PDB(PDB ID: 2MZ7, 1IYT)より作成。データはRCSB PDB (https://www.rcsb.org/) から取得。[9][10]
上の模式図(Fig.2)は、アミロイドβ蛋白(青色)とタウ蛋白(桃色)の脳内伝播経路の違いを示しています[6, 7]。左側では、アミロイドβ蛋白が血管や脳脊髄液の流れを介して移植部位から遠く離れた反対側の領域まで運ばれ、沈着している様子が描かれています。一方右側では、タウ蛋白は移植部位周辺の脳組織に直接広がっていく様子が示唆されています。今回明らかになった異なる蓄積パターンから、アミロイドβ蛋白とタウ蛋白では脳内を広がるメカニズムが異なる可能性が示されました。アミロイドβは血流や脳脊髄液によって遠隔の組織に運ばれて蓄積するのに対し、タウ蛋白は移植した硬膜から周囲の脳組織へと直接伝播していったと考えられます。生体脳内でこのようなタウ蛋白の伝播過程を直接画像として確認したのは今回が初めてであり、硬膜移植部位からの直接的な拡散を示す重要な証拠となりました。この発見は、プリオン病で知られる「異常蛋白質の伝播現象」がアルツハイマー病関連の蛋白質でも起こりうることを裏付けるものでもあります。言い換えれば、移植硬膜に付着していた微量の病的蛋白質が種(シード)となり、長年を経て脳内で広範な病変を引き起こした可能性が示されました。
なぜこの研究が重要なのか ― 脳研究へのインパクト今回の研究により、ヒト乾燥硬膜移植後CAAにおけるアミロイドβ蛋白とタウ蛋白の伝播メカニズム解明に大きな前進をもたらすことができました。得られた知見はCAAのみならず、タウ蛋白が病因となるさまざまな神経変性疾患(例えばアルツハイマー病やほかのタウオパチー)の病態を理解し、新たな治療法を開発する手がかりにも繋がる可能性があります。また今回の症例は、過去に硬膜移植を受けた人々の長期的な脳健康を継続して観察する重要性も示唆しています。
実際、PETなど高度な画像診断技術を用いることで、生体内で進行中の異常蛋白質蓄積を可視化し、従来は見逃されていた病的変化を早期に発見できるようになってきました。PETイメージング技術の発達とこれを用いた臨床研究は、このような難解な疾患の解明に大きく貢献しており、将来的には早期診断や治療法の評価にも役立つと期待されます。
私たちは今後、さらに多くの患者さんで調査を行い、長期に経過を追うことで病気の仕組みを一層明らかにし、効果的な治療法の開発に繋げていきたいと考えています。引き続き蓄積されたデータをもとに、病態の全貌解明と患者さんへの還元(予防・治療)に向けた研究を進めます。
※本コラムの内容は、新潟大学脳研究所の研究グループによる症例報告[8](European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, 2024年12月公開)に基づいています。
文献
- Glenner, G.G. and C.W. Wong, Alzheimer's disease: initial report of the purification and characterization of a novel cerebrovascular amyloid protein. Biochem Biophys Res Commun, 1984. 120(3): p. 885-90.
- Viswanathan, A. and S.M. Greenberg, Cerebral amyloid angiopathy in the elderly. Ann Neurol, 2011. 70(6): p. 871-80.
- Jaunmuktane, Z., et al., Evidence of amyloid-β cerebral amyloid angiopathy transmission through neurosurgery. Acta Neuropathol, 2018. 135(5): p. 671-679.
- Creutzfeldt-Jakob Disease Associated With Cadaveric Dura Mater Grafts--Japan, January 1979-May 1996. JAMA, 1998. 279(1): p. 11-12.
- Raposo, N., et al., Amyloid-β transmission through cardiac surgery using cadaveric dura mater patch. Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry, 2020. 91(4): p. 440.
- Crescenzi, O., et al., Solution structure of the Alzheimer amyloid beta-peptide (1-42) in an apolar microenvironment. Similarity with a virus fusion domain. Eur J Biochem, 2002. 269(22): p. 5642-8.
- Kadavath, H., et al., Folding of the Tau Protein on Microtubules. Angew Chem Int Ed Engl, 2015. 54(35): p. 10347-51.
- Hatakeyama, Y., Kimura, A.M., et al., A case of cerebral amyloid angiopathy with ipsilateral tau and contralateral amyloid PET uptake related to cadaveric dura mater implanted in childhood. European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, 2025. 52(8): p. 2737-2739.
- Kadavath, H., Jaremko, M., Jaremko, Ł., Biernat, J., Mandelkow, E., & Zweckstetter, M. (2015). Folding of the Tau Protein on Microtubules. Angew Chem Int Ed Engl, 54(35), 10347-10351. doi:10.1002/anie.201501714
- Crescenzi, O., Tomaselli, S., Guerrini, R., Salvadori, S., D'Ursi, A. M., Temussi, P. A., & Picone, D. (2002). Solution structure of the Alzheimer amyloid beta-peptide (1-42) in an apolar microenvironment. Similarity with a virus fusion domain. Eur J Biochem, 269(22), 5642-5648. doi:10.1046/j.1432-1033.2002.03271.x