(2019年11月6日公開)

担当:棗田 学 先生
所属:脳神経外科学分野

はじめに

 近年,脳腫瘍の網羅的な遺伝子解析から,腫瘍化,細胞増殖に関わるドライバー遺伝子変異の同定が重要であると解って来た。2016年に世界保健機関 (WHO) 脳腫瘍病理分類が改訂され,はじめて脳腫瘍の病理診断に遺伝子変異や染色体異常の解析が取り入れられたさらに,癌ゲノムパネルによって個別化治療を図る「プレシジョンメディシン」の概念が,我が国でも普及しつつあり,当科でも悪性脳腫瘍の治療にいち早く取り入れている

1.癌ゲノムパネルの普及

 今年度よりNCC OncopanelR及びFoundation OneRCDxの2つの癌ゲノムパネルが保険収載され,実臨床に導入されたFoundation OneRCDxはコンパニオン診断として,EGFR L858R変異を有する非小細胞肺癌に対してチロシンキナーゼ阻害剤,BRAF V600変異を有する悪性黒色腫に対してBRAF阻害剤及びMEK阻害剤,HER2増幅乳癌に対するトラスツズマブ(ハーセプチンR)等の治療が紐付けされている当院では消化器外科を中心にCANCERPLEXR癌ゲノムパネルを運用しているが,2019年現在,保険適応には至っていない癌ゲノムの普及につれ,治療標的可能な遺伝子変異が見つかってもその阻害剤が癌種によって保険適応になっていないケースがあり,問題となっている

2.プレシジョンメディシンが奏効した実例

 2016年WHO脳腫瘍病理分類の際にIDH野生型glioblastomaの新しい亜型として,epithelioid glioblastomaが定義されたEpithelioid glioblastomaの特徴として,類円形で胞体がplumpで核が偏在したepithelioid細胞からなり,高率に髄膜播種を来たし,生存期間中央値が約6ヶ月と極めて予後不良であることが挙げられる約50%でBRAF V600E変異を認めることが知られている 
 当科では,左前頭葉epithelioid glioblastomaに対して亜全摘出後,放射線治療中に脊髄に広範な髄膜播種及び脊髄空洞症を来した症例を経験した病理組織診断はepithelioid glioblastomaで,Sanger法でBRAF V600E変異が確認されたまた,CANCERPLEXR癌ゲノムパネル検査から,BRAF V600E変異に加え,TERTプロモーター変異,CDKN2A/2B欠失も同定された全脊髄照射中に意識障害,対麻痺の悪化を来たし,院内倫理委員会で迅速審査後,校費制度に則ってBRAF阻害剤,MEK阻害剤の併用療法を行ったわずか4週間の治療で劇的な効果が得られた(図1)

図1 BRAF阻害剤,MEK阻害剤が著効したBRAF V600E変異型epithelioid glioblastomaの一例

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3.培養細胞株,脳腫瘍移植モデル確立の試み

図2 頭蓋内移植モデルの確立.ムチンを産生し(✱),髄膜播種やVirchow-Robin腔に
浸潤(arrow)する特徴を有し,剖検時の頸髄病変の特徴を維持した

1911column_pic2.jpg 保険適応外の治療を行う際に培養細胞株やxenograftを樹立し,予め治療効果を検証することが重要と考えられる上記epithelioid glioblastomaの症例では病理解剖時の腫瘍から培養細胞株NGT41を樹立し,皮下腫瘍や脳内腫瘍を形成することを確認した頭蓋内移植モデルでは境界が比較的明瞭な腫瘍を形成し,髄膜播種やVirchow-Robin腔に浸潤する特徴を有し,もともとの腫瘍の特徴を維持した(図2)脳内NGT41 xenograft modelに対するBRAF阻害剤,MEK阻害剤の有効性をin vitro及びin vivoで証明した(図3)このような患者由来腫瘍細胞モデルを作成することで治療有効性の予測のみならず,治療による耐性獲得メカニズムの解明も可能と考えている

図3 NGT41に対するBRAF阻害剤,MEK阻害剤併用療法のin vitro及びin vivoでの有効性の検証

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プレシジョンメディシン実現に向けた体制作り 

 前述した通り,プレシジョンメディシンの実現には幾つかの課題が残り,体制作りが急務である当院は,2019年9月に癌ゲノム医療拠点病院に選定された東北大学などの癌ゲノム医療中核拠点病院と連携を取りつつ,癌ゲノム医療エキスパートパネルを立ち上げ,ゲノム医療を受けられる患者一例一例の検討を行っているさらには近い将来,患者申出療養制度が開始となり,標的薬の保険適応外使用が国内で可能となる見通しである

文献

1. Kanemaru Y, Natsumeda M, Okada M, Saito R, Kobayashi D, Eda T, Watanabe J, Saito S, Tsukamoto Y, Oishi M, Saito H, Nagahashi M, Sasaki T, Hashizume R, Aoyama H, Wakai T, Kakita A, Fujii Y (2019) Dramatic response of BRAF V600E-mutant epithelioid glioblastoma to combination therapy with BRAF and MEK inhibitor: establishment and xenograft of a cell line to predict clinical efficacy. Acta Neuropathol Commun. 7(1):119
2. 平石哲也,棗田学,岡田正康,大石誠,藤井幸彦(2019)悪性髄膜腫における個別化医療の可能性.Precision Medicine. 2(1): 54-58

研究分野

脳研コラム
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