オーフス大学

中本 千尋 博士

インタビュー

〔経歴〕
2011年 沖縄工業高等専門学校生物資源工学科 専攻科卒業
2013年 新潟大学医歯学総合研究科 修士卒業
2017年 新潟大学医歯学総合研究科 博士卒業
2017-19年 新潟大学脳研究所 研究員
2019年- デンマークオーフス大学 研究員

サイエンスキャンプ参加時(左から2番目が﨑村先生、右から2番目が著者)

﨑村研大学院生時代

脳研究所ではどのような研究をしていましたか。

修士課程、博士課程、および2年間の博士後研究員の計8年間、新潟大学脳研究所の﨑村建司先生の研究室で、主に分子生物学、生化学、行動解析学等を学びました。
代表的な研究内容としては3つです。
1.グルタミン酸受容体デルタ1型サブユニット(GluD1)欠損マウスの解析から、GluD1欠損によりうつ病様行動が亢進し、さらにその亢進はセロトニン再取り込み阻害剤によって回復するという予想外の結果を得ました。
2.デルタ型グルタミン酸受容体には2種類のサブユニットがあり、その脳内における分布や細胞内局在は不明でした。そこでキメラタンパク質を使ったユニークなタンパク質定量方法により、その量的な関係を明らかにしました。
3.GluD1欠損マウスをはじめ数種類の遺伝子改変マウスやラットの作製に携わり、その動物による遺伝子の機能解析に加えて、分子生物学や発生工学の基礎を学びました。
このような研究を通して、﨑村建司先生の研究室において様々な方々にお世話になり、研究の考え方や実験方法、人間としての成長に繋がったと思います。この場をお借りして皆様に感謝申しあげます。
私と新潟大学脳研究所の出会いは18歳の時に参加したサイエンスキャンプまで遡ります。サイエンスキャンプは、高校生・高専生を対象とし、様々な研究機関の中から自分の興味ある分野を選択し、研究を体験するという34日のプログラムでした。私は脳研究に興味があり、新潟大学脳研究所のプログラムに応募しました。ヒトの脳を実際に見たり、マウスをモデル動物として、行動実験や遺伝子改変マウスによる遺伝子解析法などの脳機能解析法を学びました。研究者の方々に憧れ、初めて脳研究者になりたいと思いました。大学院の修士を選択するにあたり、新潟大学の医歯学総合研究科を受験し、サイエンスキャンプでお世話になった﨑村先生の研究室で学ぶことができました。

脳研究所最後の日(隣の研究室だった武井先生と)

竹内研究室での送別会ディナー

現在取り組んでいる研究について教えてください。

「晩ごはんにどこで何を食べたか」といったささいな日常の記憶は、海馬と呼ばれる脳の領域に形成され、その多くは1日のうちに忘れさられることが知られています。一方で「晩ごはんに行く途中に、学生時代に好きだった人に偶然出会った」など新奇で思いがけない出来事(新奇な体験)は、ささいな日常の記憶を長期間忘れない記憶(長期的な記憶)に変えることができます。竹内倫徳先生らは、新奇な体験をした時に「青斑核」と呼ばれる脳の領域から海馬に「ドーパミン」が放出されることで、通常忘れさられる日常の記憶から長期的な記憶が形成されることを発見しました。しかし、青斑核のノルエピネフリン作動性神経細胞から海馬へのドーパミンの放出は、全く新しい脳内化学物質の放出機構で、その放出の動態、および分子機構は不明です。
私は、竹内先生の研究室にて、新奇な体験をした時の青斑核から海馬へのドーパミンの放出の動態、およびその分子機構を明らかにすることを試みています。まず、ドーパミンを可視化するためにドーパミン蛍光バイオセンサーを作成しました(Nakamoto et al., Molecular Brain, 2021)。現在このようなドーパミン蛍光バイオセンサーと脳内リアルタイム光計測法を組み合わせて、新奇な体験をした時の青斑核から海馬へのドーパミンの放出の動態を調べています。さらに詳細に青斑核から海馬へのドーパミンの放出の動態を調べるために、ドーパミン蛍光バイオセンサーを発現させた海馬のスライス標本を作成し、青斑核の軸索を光遺伝学的に活性化させ、2光子顕微鏡での観察を試みています。日常の記憶や知識の記憶の神経回路基盤や分子機構の理解が進む事により、老化に伴う記憶障害等の治療に繋がると考え、ラボメンバーとともに、日々研究に励んでおります。

オフィスにて(DANDRITE研究所でクリスマス期間中に開催される研究室ドアのデコレーション)

今後どのような研究をしていきたいですか。

今後の目標としては、in vivoイメージングや顕微鏡イメージングにおいて、最適な画像処理およびデータ解析をおこなうために、プログラミングも含めたデータ解析を学んでいきたいです。また、日夜開発が進むバイオセンサーやオプシン等、数多くの科学技術について、専門家とすぐにコラボレーションできる瞬発力を鍛えたいと思います。将来的には、動物の行動解析に加えて、脳内の神経活動をフォトメトリーやイメージングなどによりモニタリングすることで、神経回路・分子レベルでの記憶の形成機構を明らかにできるindependent researcherを目指したいです。そしてその研究成果を論文等で発表することで、日本および世界の科学コミュニティに貢献したいと考えます。
また、研究成果を論文にまとめることや、研究費を取ることはもちろん重要ですが、バックグラウンドの異なる人達とチームとして一緒に研究を進めるために、コミュニケーション力の重要性を実感しています。デンマークで研究員をするにあたり、学生のSupervisionや授業に携わる機会が増え、教育に関しても考えることが多くなってきました。大変ありがたいことにオーフス大学では、Pedagogical course(教育学のコース)を始め、Supervise、リーダーシップ、研究費、CVの書き方などのワークショップが充実しており、英語で開催されます。そのような機会を活用しながら、海外にいるならではの経験を積みながら、日々精進したいと思います。

Interview03.・・・2023年1月時の所属とインタビュー内容を掲載しています

公立小松大学 保健医療学部 臨床工学科

北浦 弘樹 教授

インタビュー

北浦教授は2005年に本学医歯学総合研究科(システム脳生理学)を修了の後、2008年に本研究所病理学分野の助教、2019年に同分野特任准教授を経て、2022年より現在は公立小松大学保健医療学部臨床工学科教授としてご活躍中です。本研究所と関わりの深い北浦教授のこれまで・現在・今後のご研究についてお話を伺います。

脳研時代

脳研究所ではどのような研究をしていましたか。

大学院生として初めて脳研に入ったころは、システム脳生理学分野の澁木克栄先生のご指導の下、脳機能イメージングや電気生理学の研究を行っていました。具体的には、ラットの大脳皮質における神経回路網の可塑性について、パッチクランプ法を用いて電気生理学的に解析して博士論文としました。その後フラビン蛍光イメージング法を用いてin vivoでマウス体性感覚野における経験異存的な脳機能マップの再編について研究を進めました。大学院修了後は統合脳機能研究センターの五十嵐博中先生にご指導いただきマウスでのMRIを用いた脳機能イメージングに携わらせていただいたのちに、病理学分野の柿田明美先生のもとで、手術標本を用いたてんかん原性のイメージング解析を行いました。
これは脳研究所脳神経外科の藤井幸彦先生や大石誠先生、西新潟中央病院の福多真史先生のお力添えをいただきながら、世界初となるヒト脳組織におけるてんかん病態の光学的イメージング実験系を柿田先生はじめとする病理学分野の先生方の全面的なバックアップをいただいて立ち上げるというプロジェクトでした。脳神経外科との連携のもとに、切除されたばかりの脳組織から急性脳スライス標本を作製し、incubateすることで生体外においても詳細な神経活動記録を実際のてんかん焦点組織から取ることができます。それにより、てんかん焦点組織の病理学的な組織変化によって異なる機能的てんかんメカニズムがあることを明らかにし、報告することができました。
ヒトから動物、形態から機能、生理から病理、基礎から臨床まで広く脳に関する統合的な知識・技術を多方面に得られる環境は新潟大学脳研究所以外になく、これらを融合した研究を行うことができたことは私の中でかけがえのない財産になっています。

脳研時代

現在取り組んでいる研究について教えてください。

これまでのヒト脳組織を用いた研究成果と経験を生かして、発作原性の解析について研究を進めているところです。てんかんは病理学的に多様な組織変化を基盤とした「てんかん原性」を獲得した焦点組織に、さらになんらかの 内的・外的要因による「発作原性」が加わることで、「てんかん発作」が生じると一般に考えられています。すなわち、脳の器質的病変である「てんかん原性」を駆動するための、内的要因による「発作原性」メカニズムを明確にすることにより、なぜ突然てんかん発作が始まりどのように終息するのかという命題に挑んでいます。そのために動物モデルで個体を用いた新たな実験系を立ち上げているところです。新潟脳研でしかできない実際の焦点組織を用いたてんかんのgeneratorとしての機能解明と動物モデルでのAmplifier, Triggerとしての個体レベルでの発作原性解明を同時に進めることにより、確実なてんかん病態の理解と制御に繋がると考えています。

小松大にて

今後どのような研究をしていきたいですか。

てんかん患者では次いつ発作が来るかわからないため、社会参加に自ら制限を課してしまうことも多くあります。そのため様々な「てんかん原性」を有する患者に対して、的確に個々の「発作原性」を評価してそのリスクを把握しておくことは重要です。そこで患者自身の主観だけではなく、客観的見地からも発作リスクを評価することができれば、社会参加への障壁も低くなると考えられます。現在は臨床工学科という医学と電子工学の両方に携わることができる環境にあるため、研究を通じて将来的に発作リスクを簡便に評価できるウェアラブルデバイスの開発に繋げることを目指しています。

Interview02.・・・2022年11月時の所属とインタビュー内容を掲載しています

ヴァージニア大学

任海 学 博士

インタビュー

任海博士は脳研那波宏之教授の研究室で博士号を取得後、脳研究所渋木研究室で視覚野の研究を進められ、その後、ドイツのミュンヘン工科大学、そしてアメリカ合衆国のヴァージニア大学で高次視覚の研究を続けています。今回は任海博士に脳研究所でのご経験と最近のご活躍についてお話を伺います。

澁木先生(左)と学会会場で。

脳研究所ではどのようなお仕事をされましたか。

「獣医学部生だった時、動物の行動に興味を持ち、その行動を生み出す脳を研究したいと思うようになり、大学院生として新潟大学脳研究所の那波宏之教授の研究室に入りました。そこでは主に、感染症などによって放出される炎症性のサイトカインが胎児・幼児期の脳に影響を与え、青年期後の統合失調症の発症につながるという、統合失調症サイトカイン仮説に基づく動物モデルの研究を行なっていました。幼少期のラットやマウスに様々なサイトカインの末梢投与を行い、成熟後の行動を解析したところ、統合失調症と関わりがあるとされる行動に異常が観察され、また関連すると考えられる脳部位において、様々な分子の発現の変化が見られました。研究を通じて分子生物学や行動薬理学を学びましたが、脳研では他にも神経科学を学ぶ機会が沢山ありました。研究室内では様々なレベルの勉強会や論文の抄読会がありました。また、脳研だけでなく医学部にも多くの脳神経研究者がいて交流があり、大変勉強になりました。
脳研システム脳生理学分野と医学部第一生理学分野と共同で行なっていた、神経生理学の抄読会に参加したことがきっかけで、学位取得後、システム脳生理学分野の澁木克栄教授の下で、ポスドクそして後に助教として研究することになりました。そこで澁木教授が開発した脳表の神経活動を可視化するフラビン蛍光イメージング法という測定法を用いて、マウスの大脳皮質にある視覚の情報処理を行なっている視覚野の研究を始めました。研究室には他に視覚の研究者はおらず、私も経験が無かったのですが、かえって常識にとらわれる事なく興味持ったことを研究でき、また研究室も自由な発想を楽しむ雰囲気もあり、世界で初めてマウスの高次視覚野を機能的に可視化することに成功しました。高次視覚野はいくつかの機能的に異なる視覚応答特性を示す領野から構成されています。当時、それぞれの領野の異なる応答特性は、第一次視覚野からの階層的な入力に基づくと考えられていました。しかし高次視覚の各領野の速度応答特性の違いが、第一次視覚野を経由しない、進化的に古い視覚中枢である上丘を経由する視覚経路からの入力に基づいている事を明らかにしました。

澁木研時代の北米神経科学学会でのポスター発表。隣で聞いているのが、現在のボスのJianhua Cang氏。

最近のご研究内容についてお聞かせください。

脳研で15年研究した後、ドイツのミュンヘン工科大学、そして現在アメリカ合衆国のヴァージニア大学で高次視覚の研究を続けています。マウスの高次視覚野の研究は始まったばかりであり、その基本的な性質を知る必要があります。視覚野の神経は、特定の視野内の特定の傾きを持つ線に選択的に応答することが知られています。また特定の方向の動きに対しても選択性を示します。そこで私達は、高次視覚野の神経の先の傾きと運動方向に対する選択性の関係を明らかにしようとしました。その過程で高速で動く物体の残像が作り出す線(motion streak)に対する応答する細胞が見つかりました。
私達はドットと格子状パターン視覚刺激に対する高次視覚野の神経応答を、2光子励起カルシウムイメージング法という数百もの神経の活動を測定する方法を用いて観察しました。するとある特定の傾きの線に選択的に応答する神経が、その傾きと平行に高速で動く刺激に同様に強く応答しました。この事はこれらの神経が、motion streakに応答していることを示しています。また高次視覚領野間でmotion streakに対する応答を示す速度が異なることが分かりました。またmotion streak のみに応答する神経も見つかりました。人間の心理学実験で、motion streakの情報が、動きの認知に重要な働きをしていることが示されています。マウスの高次視覚野の神経のmotion streakに対する応答は、どの様に脳が動きを認知するのかを解明する重要な手がかりになります。

脳研夏期セミナーでの実習の風景。参加者にフラビン蛍光イメージングを教えている。

今後はどのようなことをお考えでしょうか。

高次視覚野がどの様に機能が形成されるのか、という事が私にとっての大きな研究テーマの一つです。マウスが使われるようになる前は、高次視覚野の研究は主にサルを用いて行われてきました。サルを用いた研究は様々な制約があるため、発達の研究は困難でした。私達は現在、視覚経験を持たない開眼直後のマウスの高次視覚野の個々の神経の応答特性を世界で初めて測定しています。高次視覚野の神経は、選択性は低いながらも視覚経験なしにすでに、特定の傾きの線や動きの方向性に応答しました。この知見は、高次視覚野の機能形成過程を知る上で重要なことです。
また引き続き高次視覚野と上丘の機能的関連の研究を続けていくつもりです。しかし広く研究に用いられているマウスなどのげっ歯類の視覚機能を、改めて見直す必要があると感じています。高度な測定技術を用いた研究は一旦置いて、げっ歯類のこれまで注目されてこなかった視覚認知機能を評価する行動実験の確立を目指そうと考えています。遠回りながらも、脳の情報処理の仕組みを明らかにするために重要なことではないかと考えています。

Interview01.・・・2021年2月時の所属とインタビュー内容を掲載しています

このページの先頭へ戻る