論文紹介:低血糖脳症における予後因子の検討

2013年07月12日

概要

当科の脳虚血・神経保護研究チームが, 低血糖脳症における予後因子についての解析結果を論文として報告いたしました.筆頭著者の池田哲彦先生の解説です.

「Predictors of outcome in hypoglycemic encephalopathy」

http://www.diabetesresearchclinicalpractice.com/article/S0168-8227(13)00212-X/abstract

低血糖脳症は血糖の低下による生じる脳障害であり、日本でも700万人を超えると言われる糖尿病患者が,年間0.3%の割合で低血糖のため受診をしており,臨床現場でよく遭遇する疾患です.また,低血糖症状が認知症の危険因子である(Whitmer et al. JAMA 2009)ことも知られており,一般内科に限らず神経内科医にとっても,今後重要性が増す疾患と言えます.しかし,グルコースを投与により下がった血糖を戻す以外に,神経保護薬などの治療方法が無いばかりか,ヒトでは何が危険因子で,予後を規定する因子かについては,研究されておりません。そこで,ラットなどの実験での知見をもとに,ヒトでの低血糖脳症の予後因子を検討しました.

具体的には,動物モデルなどで報告されている1)体温低下による予後の改善(Buchanan et al. Metabolism 1991, Shin et al. J Cereb Blood Flow Metab 2010),2)酸化的ストレスを引き起こす血糖補正後の高血糖(グルコース再灌流障害)による予後の増悪(Auer et al. Stroke 1986, Maran et al. Lancet 1994, Suh et al. J Clin Invest 2007),3)グルコースの代替エネルギー源となる血中乳酸の上昇による予後の改善(Schurr et al. Science 1988, Wyss et al. J Neurosci 2011)が認められるかを,後方視的に検討しました.2005-2011年に関連病院5施設で神経内科で加療を行った低血糖性脳症165名において,低血糖の原因・基礎疾患,来院時の血糖値,低血糖持続時間,補正後最高血糖値,来院時体温,来院時の血中乳酸値,発症1週間後のGlasgow outcome scale(GOS)を,予後良好群(GOS=5)と予後不良群(GOS=1-4)を比較しました.

結果ですが,年齢は 69.1 ± 15.5 歳(25-94歳),男女比は91:74,原因・基礎疾患は,糖尿病治療関連123名,下痢・食事量低下37名,アルコール依存症26名,その他13名(拒食症,ステロイド中断による急性副腎不全,インスリノーマ,自殺企図)でした(延べ人数).予後良好群は127名,予後不良群は38名でした.予後良好群の来院時の血糖は予後不良群に比べて有意に高く(25.3 ± 1.0 vs 19.5 ± 11.7 mg/dL; P=0.002),予後良好群の低血糖持続時間は予後不良群に比べて有意に短く(12.2 ± 10.3 vs 34.5 ± 20.9時間; P<0.001),一般的な内科の教科書と同じ結果でした.予後良好群の来院時体温は予後不良群に比べて有意に低く(35.5 ± 1.2 vs 37.0 ± 1.4 ℃; P<0.001),来院時の血中乳酸値は予後良好群が予後不良群より有意に高い(2.8 ± 2.2 vs 1.5 ± 1.0 mmol/L; P=0.032)など,動物実験などの予後因子と同じ結果を,ヒトでも認めました. 二群間で補正後血糖の最高値には有意差を認めませんでした.

来院時の血糖値,低血糖持続時間に加え,来院時体温,血中乳酸値は低血糖脳症の予後予測因子となる可能性があると考えました.補正後高血糖については,動物実験と異なり,長時間低血糖状態による重度の障害に曝された後に血糖補正された症例が加わっていることや,ワンポイントの血糖値での検討でしたので,有意差が出なかった可能性があります.現在,これらの結果をもとに,臨床現場での前向き検討による,更に詳細なデータの収集と解析に加え,実際の治療に結びつく治療薬の開発にも取り組んで行っております.

研究分野

研究成果・実績
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