D1ドーパミン受容体を介する神経情報伝達が文脈的恐怖条件付けの遠隔記憶の形成に重要な働きをすることを解明

2022年03月16日

概要

 「脳のごほうび物質」と呼ばれるドーパミン(*1)は、報酬に反応するとともに嫌悪刺激に対する反応にも働くと考えられています。ドーパミンの特異的受容体であるD1受容体(D1R)を介する情報伝達は、報酬学習に重要と考えられてきましたが、近年、嫌悪刺激に対する回避学習にも寄与すると報告されています。
 そこで、当研究所 動物資源開発研究分野の 齊藤 奈英 技術職員 及び 笹岡 俊邦 教授 は、北里大学医学部の 板倉 誠 准教授 との共同研究により、D1Rを介した神経伝達が、回避学習において学習後数週間保持される遠隔記憶(*2)の形成に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

本研究成果のポイント

 当研究グループは、D1Rノックダウン(D1RKD)マウスを用いて、文脈的恐怖条件付け試験(*3)と聴覚的手がかりの恐怖記憶試験(*4)の2つの回避学習試験を行いました。D1RKDマウスは、薬物(ドキシサイクリン)の投与によりD1Rが欠損状態となり、 D1Rを介する情報伝達が遮断されます。薬物投与を止めるとD1Rの発現が回復し、D1Rを介する情報伝達が回復する性質を持つマウスです。
 D1R欠損マウスを小箱 (文脈) に入れ、音を提示して弱い電気刺激により条件付けをすると、海馬依存と言われている文脈的恐怖条件付け試験において遠隔記憶形成が障害されましたが、D1R発現マウスでは、遠隔記憶形成が保たれていました。一方、海馬依存ではない聴覚的手がかりの恐怖記憶試験では、D1Rの発現に関わらず遠隔記憶形成、近時記憶形成ともに保たれていました。
 この記憶形成に関わる脳部位について、条件付け後の神経活動を最初期遺伝子c-Fosの発現上昇で観察すると、D1R発現マウスでは、条件付け後に、海馬、線条体、扁桃体、内側前頭前野で、c-Fosの発現上昇が見られますが、D1R欠損マウスでは、海馬と線条体のc-Fosの発現上昇が見られませんでした。
 これらから、海馬と線条体のD1Rを介するドーパミン神経伝達が文脈的恐怖条件付けの遠隔記憶形成に重要であることが明らかになりました。
 本研究に関連する有用な遺伝子改変マウスの作製には、AdAMS(先端モデル作製支援プラットフォーム)の支援を受けました。220315.seika_pic.jpg

今後の展開

 D1Rを経由する情報伝達が、文脈的恐怖条件付けの遠隔記憶形成に寄与する仕組みを解析すること、また、D2ドーパミン受容体(D2R)の働きも明らかにするため、D2R遺伝子改変マウスを用いて、D1RおよびD2Rそれぞれを介する情報伝達が、記憶形成に果たす役割を明らかにしてゆくことを計画しています。

研究成果の公表

 本研究成果は、2022年2月17日(日本時間)、 Frontiers in Behavioral Neuroscience|Pathological Condition 誌に掲載されました。

【論文タイトル】 D1 receptor mediated dopaminergic neurotransmission facilitates remote memory of contextual fear conditioning
【著者】 Nae Saito, Makoto Itakura and Toshikuni Sasaoka
【doi】 10.3389/fnbeh.2022.751053

本研究の支援

 本研究は、JSPS科研費 16H01606, 18H02540, 18H04937, 16H06276(AdAMS)、BRAIN/MINDS、生理学研究所共同利用研究事業、新潟大学脳研究所共同利用共同研究事業の助成を受けて実施されました。

用語解説

(*1)ドーパミンとドーパミン受容体:ドーパミンを神経伝達物質とするドーパミン神経は、中枢では4つの経路 (黒質-線条体路、中脳-皮質路、中脳-辺縁系路、隆起漏斗路) に分類されます。ドーパミン神経は、運動機能調節・認知機能・報酬学習・神経内分泌・視覚に働き、パーキンソン病・統合失調症などの神経精神疾患にも深く関わります。ドーパミンが作用する特異受容体は、D1RからD5Rの5つのサブタイプが存在し、働きの違いなどによりD1様受容体(D1R, D5R)とD2様受容体(D2R, D3R, D4R)に分類されます。

(*2)遠隔記憶:一般に、記憶形成後の保持時間により分類され、短期記憶(数分〜数時間)と長期記憶(数時間以上)に分けられます。長期記憶は、さらに近時記憶(数時間〜数日)と遠隔記憶(数週間以上)に分けられます。

(*3)文脈的恐怖条件付け試験:床に電線のある小箱(文脈)の中で、軽い電気ショックをマウスに与える。この場合は場所を含めた状況(文脈)を条件刺激、電気ショックによる恐怖を非条件刺激とする文脈的恐怖条件付けが行われる。条件付けの成立は、電気ショックを与えた小箱にマウスを再び戻して、マウスの恐怖反応である、「すくみ(恐怖)反応」を測定して評価します (脳科学辞典から改変して引用)。

(*4)聴覚的手がかりの恐怖記憶試験:小箱の中で軽い電気ショックを与える際に、大きな音量のブザー音を30秒程度鳴らして、ブサー音の終了間際に短時間の電気ショックを与えれば、ブザー音を条件刺激とする聴覚的手がかりの恐怖条件付けとなる。この場合、電気ショックを与えた時とは異なる小箱にマウスを入れ、条件刺激であるブザー音を提示した時のすくみ反応を測定する(脳科学辞典から改変して引用)。


研究分野

研究成果・実績
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