アルツハイマー病の遺伝要因を東アジア人の視点から考察する

2022年06月09日

概要

本研究所の宮下哲典博士(准教授)、原範和博士(特任助教)、池内健博士(教授)は、東京大学大学院新領域創成科学研究科の菊地正隆博士(特任准教授)らと共に、東アジア人におけるアルツハイマー病の遺伝学に関する総説(英文)を発表しました。ADの強力な感受性遺伝子APOE、ゲノムワイド関連解析、レアバリアント、そして、今後の展望について日本人を含む東アジア人の研究をベースに言及し、考察しています。ヒトゲノムの完全参照配列が明らかにされた今(Science. 202241日号)、人種、地域、家族、個人の特異的バリアントを意識したアルツハイマー病のゲノム解析が、より一層進むものと期待されます。

なお、本総説は、202261日(水)に日本人類遺伝学会学会誌「Journal of Human Genetics」に掲載されました。

本研究論文のポイント

アルツハイマー病(AD)は、加齢に伴う多因子性の神経変性疾患です。次世代シーケンサーなどのゲノム解析技術の進歩により、コモン・レアな機能的バリアントが解析されるようになり、ADにおける複雑な遺伝的影響が明らかにされています。ADの発症機序は、単一の遺伝的要因によるものではなく、複数の遺伝的要素に影響されることを示唆する証拠が複数存在します。ADに関するこれまでの遺伝学的研究は、ヨーロッパ人を祖先とするコホートを中心に行われてきました。従って、ヨーロッパ人以外の集団は十分に研究されておらず、ADの遺伝学的研究における多様性の低下につながる可能性があります。さらに、民族の多様性により、ADにおける遺伝的決定要因の影響が異なる可能性があります。APOE遺伝型は、ADの遺伝的危険因子として確立されており、東アジア人はAPOE-ε4アリルと関連してADのリスクが高いことが分かっています。現在までに、東アジア人において7つのゲノムワイド関連研究(GWAS)が実施されており、合計26AD関連遺伝子座が報告されています。TREM2p.H157Y変異、SHARPINp.G186Rp.R274W変異など、いくつかのレアなバリアントは東アジア人のADリスクと関連することが示されています。東アジア人を含む多様な集団に遺伝学的研究を拡大することは必要であり、それによって、ADに関するより包括的な知見が得られる可能性があります。
本総説では、ADの遺伝的決定要因に関する最近の知見を東アジアの視点からレビューしています。

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用語解説

アルツハイマー病:
認知症全体のおよそ67割を占める神経変性疾患。認知機能障害を中核症状として、緩徐に不可逆的に進行し、発症のおよそ20年前には発症の原因とされるアミロイドベータタンパクが蓄積し始めると言われている。今のところ根本治療薬はない。

APOE
染色体19番長腕に位置するアポリポタンパクEをエンコードする遺伝子。4つのエクソンから構成される。エクソン4に位置する2つのアミノ酸置換を伴うバリアント(rs429358rs7412)の組み合わせによって、APOE-e2e3e43つのアリルが存在する。APOE-e3アリルは最も頻度が高く、中立な野生型アリルである。APOE-e3アリルに対して、APOE-e4アリルはアルツハイマー病の発症リスクを高め、APOE- e2アリルは防御的に作用する。

ゲノムワイド関連解析:
ゲノム全体に散在している数十万から数百万以上のバリアント(個人間で違うヌクレオチド)を用いて、疾患と関連するバリアントや座位を同定する遺伝統計学的手法。通常、アリル頻度が1%以上のコモンなバリアントが解析対象となり、疾患群とその対照群との間で、アリルや遺伝型の頻度の違いを調べる。

レアバリアント:
一般にアリル頻度が1%未満のバリアントを指す。上述したコモンバリアントに比べ、集団内の頻度は低いものの疾患感受性が強い、すなわち、疾患の発症・進行を左右する効果が強いことがある。ただし、頻度が低いことから、数十万人以上の検体数が解析に必要なことが多い。

論文情報

【掲載誌】 Journal of Human Genetics
【論文タイトル】 Genetics of Alzheimer's disease: an East Asian perspective
【著者】 Akinori Miyashita, Masataka Kikuchi, Norikazu Hara & Takeshi Ikeuchi
公開論文はこちら▶【doi】 https://doi.org/10.1038/s10038-022-01050-z

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