多様なタウオパチー病変を検出する新規リン酸化タウ(pT217)抗体を開発
2026年10月26日
血液中のリン酸化タウ217(pT217)は、アルツハイマー病(AD)を高精度に検出するバイオマーカーとして近年注目されています。pT217は、タウタンパク質の217番目のスレオニン(T217)がリン酸化されたもので、AD脳にみられる神経原線維変化などのタウ病変にも存在することが知られています。一方、AD以外のタウオパチーにおけるpT217の病理学的分布については、十分に明らかになっていませんでした。今回、新潟大学脳研究所 脳病態評価技術創生学分野の佐原成彦 特任准教授、病理学分野の柿田明美 教授、大阪公立大学工学部の立花太郎 教授、Mayo ClinicのDr. Dennis Dicksonらの研究グループは、pT217を特異的に認識する新規ウサギモノクローナル抗体を開発し、その性質を詳細に解析しました。その結果、この抗体はADだけでなく、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、ピック病(PiD)などの非ADタウオパチー、およびタウオパチーモデルマウスにみられる多様なタウ病変を検出しました。本研究により、T217のリン酸化はADに限らず複数の非ADタウオパチーにも認められることが示されました。また、今回開発したpT217抗体は、病的タウに対する高い検出感度と特異性、さらにリコンビナントモノクローナル抗体としての高い再現性を備えており、新たなタウ病理解析ツールとしての活用が期待されます。
本研究成果のポイント
- pT217は、アルツハイマー病だけでなく、PSP、CBD、PiDなど多様なタウオパチーの病変に存在することを明らかにした。
- 新たに開発したpT217ウサギモノクローナル抗体は、病的タウを高感度かつ特異的に検出した。
- 新規pT217抗体は、タウ病理解析に広く用いられているAT8抗体に匹敵する検出能を示し、再現性の高い新たな病理解析ツールとして期待される。
研究の背景
タウオパチーとは、異常にリン酸化・凝集したタウタンパク質が神経細胞やグリア細胞内に蓄積することを特徴とする神経変性疾患の総称です。タウ病変を構成するタウのアイソフォームは疾患ごとに異なり、3R型、4R型、3R+4R型に分類されます。PiDは3R型、PSPやCBDは4R型、ADは3R+4R型の代表的なタウオパチーです。タウ病変の重要な特徴の一つが、タウタンパク質の異常リン酸化です。近年、高感度測定技術の発展により、脳脊髄液や血液中のリン酸化タウを測定できるようになり、ADのバイオマーカーとしてp-tau181、p-tau217、p-tau231などの開発が進められています。なかでも血中pT217はADの診断に有用であり、脳内のアミロイド病理と強く関連することが報告されています。一方で、脳組織におけるpT217そのものの病理学的分布、特にAD以外のタウオパチーにおけるpT217については十分に検討されていませんでした。そこで本研究では、ADだけでなくPiD、PSP、CBDなどの非ADタウオパチーにも対象を広げ、pT217抗体による免疫組織化学的・生化学的解析を行いました。
研究の概要・成果
市販pT217抗体および今回新たに開発したpT217ウサギモノクローナル抗体を用いて、ヒト剖検脳ならびにタウオパチーモデルマウス(rTg4510マウス)の脳組織を免疫組織化学的・生化学的に解析しました。その結果、pT217抗体はADだけでなく、PiD、PSP、CBDに特徴的な多様なタウ病変を明瞭に検出しました。新規pT217抗体(p7204)は、PiDのPick bodies、PSPのtufted astrocytes、CBDのastrocytic plaquesなどを標識し、rTg4510マウスに蓄積する病的タウも明瞭に検出しました。また、生化学的解析においても、病態進行に伴って蓄積する異常リン酸化タウを選択的に認識しました。さらに、新規pT217抗体のタウ病変検出能は、タウ病理評価に広く用いられているAT8抗体と概ね同等でした。一方、正常マウス脳および神経病理学的に正常なヒト脳では、ほとんど免疫反応を示しませんでした。これらの結果から、新規pT217抗体は病的タウに対して高い感度と特異性を有することが示されました。本研究は、T217のリン酸化がADに限らず、多様なタウオパチーに共通して認められることを示しています。血中pT217はADのアミロイド病理と強く相関することが知られていますが、本研究では、アミロイド病理を認めないPiDおよびCBD症例でもpT217陽性タウ病変が確認されました。このことから、脳組織におけるT217リン酸化はアミロイド病理がなくても生じうることが示されました。
今後の展開
新規pT217抗体は、リコンビナント技術により作製されたウサギモノクローナル抗体です。ポリクローナル抗体などと比較してロット間差を抑えることができ、安定した品質と高い再現性が期待されます。今後、ADをはじめとするさまざまなタウオパチーの病理学的研究において、汎用性の高いタウ病理解析ツールとして活用されることが期待されます。
研究成果の公表
本研究成果は、2026年10月21日、「Journal of Neuropathology and Experimental Neurology」に掲載されました。
| 論文タイトル | Comparative Neuropathological Evaluation of pT217 immunoreactivity in Human and Transgenic mouse Tauopathies. |
| 著者 | Higashiizumi E, Shimizu H, Nishikawa T, Koyama K, Nakagawa H, Nakatani N, Tachibana T, Murray ME, Dickson DW, Kakita A, Shimada H, Sahara N. |
| doi | 10.1093/jnen/nlag103 |
用語解説
- 1.タウタンパク質/タウオパチー
タウタンパク質は、主に神経細胞に存在し、細胞内の骨格構造である微小管の安定化などに関わるタンパク質です。アルツハイマー病などの神経変性疾患では、タウが異常にリン酸化され、凝集して神経細胞やグリア細胞内に蓄積します。このようなタウの異常蓄積を特徴とする疾患群を「タウオパチー」と呼びます。本研究で解析したアルツハイマー病(AD)、ピック病(PiD)、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)は、いずれも代表的なタウオパチーです。 - 2.リン酸化タウ217(pT217)
タウタンパク質を構成するアミノ酸のうち、217番目のスレオニン(T217)がリン酸化されたものをpT217と呼びます。近年、血液中のpT217はアルツハイマー病を高精度に検出するバイオマーカーとして注目されています。本研究では、脳組織に存在するpT217を解析し、アルツハイマー病だけでなく、複数の非アルツハイマー病タウオパチーにもpT217が存在することを明らかにしました。 - 3.リン酸化
タンパク質にリン酸基が付加される反応です。タンパク質の機能や細胞内での局在などを調節する重要な仕組みですが、タウオパチーでは、タウタンパク質の様々な部位に異常なリン酸化が認められ、凝集・蓄積した病的タウには多くのリン酸化部位が存在します。本研究では、その一つであるT217に着目しました。 - 4.モノクローナル抗体/リコンビナント抗体
モノクローナル抗体は、特定の分子構造を選択的に認識する均一な抗体です。本研究では、pT217を特異的に認識するウサギモノクローナル抗体を開発しました。さらに、抗体遺伝子の情報を用いてリコンビナント抗体として作製することで、ロット間のばらつきが少なく、安定した品質と高い再現性が期待できます。 - 5.免疫組織化学
抗体を用いて、組織中に存在する特定のタンパク質やその変化を可視化する方法です。本研究ではpT217抗体を用いてヒト剖検脳およびモデルマウス脳を染色し、各種タウオパチーに特徴的なタウ病変を解析しました。 - 6.AT8抗体
異常にリン酸化されたタウを認識する抗体で、アルツハイマー病をはじめとするタウオパチーの病理学的評価に世界的に広く使用されています。本研究で開発したpT217抗体(p7204)は、AT8抗体と概ね同等のタウ病変検出能を示しました。

