タウの「量」だけでは神経変性は決まらない ─ 異なるタウ凝集体が引き起こす病態の違いをマウスモデルで解明

2026年09月29日

 アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患では、脳内にタウタンパク質が異常に蓄積することが知られています。しかし、タウの蓄積そのものが、どのように病変の広がりや神経細胞の脱落につながるのかは十分に分かっていません。新潟大学脳研究所 脳病態評価技術創生学分野の佐原成彦 特任准教授、量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所の下條雅文グループリーダー、矢内凜研究員、理化学研究所CBSの田中元雅チームディレクターらの研究グループは、性質の異なる2種類のタウ線維を独自のタウオパチーマウスモデルに導入し、その後の病態を比較しました。その結果、タウが多量に蓄積しても神経変性が強く起こるとは限らず、タウ凝集体の性質によって、病変の広がり、ミクログリアの反応、神経細胞の脱落が大きく異なることを明らかにしました。本研究は、神経変性疾患の進行を理解するうえで、タウの「蓄積量」だけでなく、「どのような性質をもつタウ凝集体が形成されるか?」を考えることの重要性を示す成果です。

本研究成果のポイント

  • 性質の異なる2種類のタウ線維を独自のタウオパチーマウスモデルに接種し、タウ病理の形成と伝播、神経炎症、そして神経変性を比較した。
  • タウの蓄積量だけでは、その後の病態の広がりや神経変性の程度を説明できないことを実験的に示した。

研究の背景

 アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患では、脳内に特定のタンパク質が異常に凝集・蓄積することが知られています。なかでもタウタンパク質の蓄積は、アルツハイマー病や進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症など「タウオパチー」と呼ばれる疾患に共通して認められる重要な病理学的特徴です。ヒト脳の病理学的研究や近年のPET画像研究から、タウ病理の広がりは認知機能低下や神経変性と密接に関連することが示されています。一方で、タウが凝集すること自体が神経細胞を障害するのか、それとも特定の性質をもったタウ凝集体が病変の伝播や神経炎症を引き起こし、その結果として神経変性につながるのかについては、いまだ十分に分かっていません。実際、神経原線維変化の量だけでは神経細胞死を説明できないことや、タウ凝集体にはさまざまな中間体や線維構造が存在することが報告されています。そこで本研究では、構造的性質の異なる2種類の組換えタウ線維を作製し、これらを独自に開発したタウオパチーマウスモデル「rTKhomoマウス」に接種することで、タウ凝集体の違いが、タウ病理の形成と伝播、神経炎症、そして神経変性にどのような違いをもたらすのかを検討しました。rTKhomoマウスは通常、約12か月齢からタウ病理が出現するため、それ以前にタウ線維を接種することで、外部から導入した「シード」によって誘導された病理を比較的明確に追跡できることが本研究の特徴です。

研究成果

 研究グループは、性質の異なる2種類の組換えタウ線維(preformed fibrils: PFFs)を作製しました。一つは、実験的なタウ凝集研究で広く用いられているK18 P301L PFFs、もう一つは、アルツハイマー病でみられるpaired helical filament(PHF)に類似した特徴をもつ、比較的均一なG3 WT PFFsです。原子間力顕微鏡による解析では、前者は不均一な短い線維や凝集体を含むのに対し、後者はより均一でねじれをもった線維構造を示しました。この2種類のタウ線維をrTKhomoマウスの海馬に接種したところ、いずれもタウ病理を誘導しました。しかし、その後に生じる病態には大きな違いが認められました。K18 P301L PFFsを接種したマウスでは、接種部位である海馬から、反対側の海馬、梨状皮質・嗅内皮質、脳梁膨大後部皮質などへタウ病理が広がりました。これに対してG3 WT PFFsでは、接種部位の海馬に多量のタウが蓄積したにもかかわらず、他の脳領域への広がりは限定的でした。

 さらに興味深いことに、G3 WT PFFsによって形成されたタウ凝集体は、βシート構造に富むタウ凝集体を認識するPM-PBB3で強く検出されました。つまり、「大量の、βシート構造に富むタウ凝集体が形成されること」が、そのまま「病変が広がること」を意味するわけではないことが示されました。神経細胞への影響にも明確な違いがみられました。K18 P301L PFFsを接種したマウスでは海馬CA1領域の神経細胞層が薄くなり、神経細胞の脱落を示す所見が認められました。一方、G3 WT PFFsを接種したマウスでは、タウが多量に蓄積しているにもかかわらず、神経細胞層は比較的保たれていました。また、脳内の免疫細胞であるミクログリアの反応にも違いが認められました。K18 P301L PFFsを接種したマウスでは、恒常性ミクログリアの指標であるP2RY12の発現が大きく低下しました。一方、G3 WT PFFsではタウが蓄積していてもP2RY12発現は比較的保たれていました。これは、タウ凝集体の形成、ミクログリアの状態変化、神経変性が必ずしも一様に進行するわけではないことを示しています。

 以上の結果から、本研究は、脳内に存在するタウ凝集体の「量」だけでは、その後の病変の広がりや神経変性の程度を説明できないことを実験的に示しました。タウ凝集体がもつ何らかの性質が、病理の伝播、神経炎症、神経変性といった下流の病態を左右している可能性があります。

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今後の展開

 本研究から、タウオパチーの病態を理解するためには、単に「タウがどれだけ蓄積しているか」を評価するだけではなく、「どのようなタウ凝集体が形成され、それに対して神経細胞やミクログリアがどのように応答するのか」を明らかにする必要があることが示されました。一方、今回比較した2種類のタウ線維は、立体構造だけでなくアミノ酸配列や長さなども異なっています。そのため、今回観察された病態の違いをタウ線維の「構造」の違いだけで説明することはできません。今後、同一のアミノ酸配列から異なる構造をもつタウ線維を作製して比較することや、マウス脳内に形成されたタウ凝集体そのものの構造を解析することが重要になります。

 また本研究では、タウ病理が広く伝播して神経細胞の脱落が認められる条件では、ミクログリアのP2RY12発現低下が伴うことが明らかになりました。ただし、現時点では、このミクログリアの変化が神経変性を引き起こす原因なのか、神経変性に伴って生じる結果なのかは分かっていません。今後、ミクログリアの機能を実験的に操作することで、タウ凝集体―ミクログリア―神経変性の因果関係を明らかにする必要があります。

 こうした研究を進めることで、将来的にはタウの蓄積量だけではなく、病気を進行させる性質をもったタウ凝集体や、それに対する脳内環境の応答を標的とした診断・治療法の開発につながることが期待されます。

研究成果の公表

 本研究成果は、2026年9月10日、「Acta Neuropathologica Communications」に掲載されました。

論文タイトル Distinct recombinant tau fibril conformations induce divergent propagation and neurodegenerative phenotypes in a model mouse
著者 Rin Yanai, Shingo Tamai, Gen Matsumoto, Takeharu Minamihisamatsu, Shoko Uchida, Zhiwei Yao, Hiroshi Mizuma, Ming-Rong Zhang, Makoto Higuchi, Masafumi Shimojo, Motomasa Tanaka & Naruhiko Sahara
doi 10.1186/s40478-026-02429-1

用語解説

  • 1.タウタンパク質/タウオパチー
    タウは神経細胞に多く存在するタンパク質です。アルツハイマー病をはじめとする一部の神経変性疾患では、タウが異常に凝集して神経細胞内に蓄積します。このようなタウ病理を主要な特徴とする疾患群を「タウオパチー」と呼びます。アルツハイマー病のほか、進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症、Pick病などが含まれます。
  • 2.タウ線維(PFFs:preformed fibrils)
    試験管内で人工的に作製した線維状のタウ凝集体です。これを動物の脳内に接種すると、脳内に存在するタウタンパク質の凝集を誘導できるため、タウ病理がどのように形成され、広がるのかを研究する実験モデルとして利用されています。
  • 3.シード(seed)/シーディング
    すでに形成されたタンパク質凝集体が「種」となり、正常なタンパク質を新たな凝集体へ取り込む現象です。本研究では、外部から接種したタウPFFsをシードとして、マウス脳内のヒトタウが凝集する現象を利用しています。
  • 4.ミクログリア
    脳内に存在する免疫担当細胞で、神経細胞を取り巻く環境の維持や、損傷した細胞・不要物の除去などに関与します。神経変性疾患ではその性質が変化することが知られています。本研究ではP2RY12を指標として、タウ病理に伴うミクログリアの状態変化を解析しました。
  • 5.P2RY12
    脳内の恒常性を維持しているミクログリアに発現する分子の一つです。病的な環境でミクログリアの状態が変化すると発現が低下することがあります。本研究では、タウ病理の伝播と神経変性が強い条件でP2RY12の低下が認められました。
  • 6.PM-PBB3 (florzolotau(18F))
    βシート構造に富むタウ凝集体を認識する化合物です。本研究ではPM-PBB3を用いた組織染色に加え、放射性同位元素で標識した[¹⁸F]PM-PBB3 (正式名称florzolotau(18F))を用いたPETによって、生きたマウス脳内のタウ病理も評価しました。

研究分野

研究成果・実績
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