iPad®で小脳の症状を数値化するアプリ「iPatax」を開発 -小脳性運動失調の診察を補助する客観的な評価法として発展に期待-
2026年06月12日
本研究成果のポイント
- iPad®を用いて、小脳性運動失調を定量評価するアプリ「iPatax」を開発しました。
- 画面上を動く目標を指で追いかけることで、指の動きの速さのばらつきや、目標の軌道からのずれを数値化しました。
- 小脳性運動失調の患者さんでは、健常な方に比べて、指の動きのばらつきやずれが大きく、これらの数値は既存の小脳性運動失調の評価尺度であるSARAとも相関しました。
- iPataxは、iPad®で簡便に実施でき、小脳性運動失調の診察を補助する客観的な評価法として発展が期待されます。
概要
小脳は、体の動きをなめらかにし、運動のタイミングや正確さを調整する脳の一部です。小脳の障害はふらつきや手足の動きのぎこちなさなど小脳性運動失調と呼ばれる症状を引き起こします。その重症度や変化を正確に捉えることは、診療や治療開発において重要であり、客観的に数値化する評価法が求められています。
新潟大学脳研究所脳神経内科学分野の永井貴大特任助教、小出眞悟病院専任助教、石原智彦准教授、小野寺理教授らの研究グループは、iPad®の画面上を動く目標を指で追いかけることで、指の動きのばらつきやずれを数値化するアプリケーション「iPatax」を開発しました。
iPataxにより、指の動く速さのばらつきや、目標の軌道からのずれが、小脳性運動失調のある患者さんと健常な方を区別する指標となることが分かりました。これらの指標は、現在広く使われている小脳性運動失調の評価尺度であるSARA(注1)とも相関しました。
本研究成果は、2026年6月9日、The Cerebellumに掲載されました。
Ⅰ.研究の背景
小脳は、体の動きをなめらかにし、動作のタイミングや正確さを調整する脳の一部です。小脳の働きが低下すると、歩くときのふらつき、手足の動きのぎこちなさ、言葉の不明瞭さなどが生じます。このように、体を思ったとおりに調整しにくくなる症状を小脳性運動失調と呼びます。
小脳性運動失調は、脊髄小脳変性症、多系統萎縮症、傍腫瘍性小脳変性症など、小脳に障害をきたすさまざまな疾患でみられます。これらの疾患では、症状の進行や治療効果を正確に評価することが、診療や研究を進めるうえで重要です。
現在、臨床現場では、SARAなどの診察に基づく評価尺度が広く用いられています。これらは実用性が高い一方で、点数が段階的であるため、わずかな変化を捉えにくい場合があります。また、診察に基づく評価であるため、評価者の判断に左右される部分もあります。
そのため、今後の治療開発や臨床試験では、症状を連続的かつ客観的に数値化できる評価法が求められています。
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究グループは、iPad®上で動く目標を指で追いかける課題を用いて、小脳の働きに関わる指の動きを数値化するアプリケーション「iPatax」を開発しました。
iPataxでは、画面上を直線状または円状に動く目標を指で追跡します。アプリは、そのときの指の位置を記録し、指の動く速さのばらつきや、指が目標の軌道からどれだけずれたかを数値として算出します。
まず健常な方で課題への慣れに伴う指標の変化を確認しました。その結果、非連続的な直線運動課題における指の速さのばらつきと、非連続的な円運動課題における目標の軌道からのずれに注目しました。
次に、健常な方27名と小脳性運動失調の患者さん28名を比較しました。その結果、これらの指標はいずれも患者さんで大きく、患者さんと健常な方の違いを捉える指標となることが示されました。
また、非連続的な直線運動課題における指の速さのばらつきは、SARAの総スコアに加え、腕の動きを評価する項目とも相関しました。円運動課題における目標軌道からのずれも、SARAの総スコアと相関しました。これらの結果から、iPataxは従来の診察評価を補完し、上肢の動きにみられる時間的なばらつきや空間的なずれを客観的に評価できる可能性が示されました。
Ⅲ.今後の展開
iPataxは、iPad®を用いて簡便に実施できる点に特徴があり、外来診療やベッドサイドでの応用が期待されます。従来の診察評価に加えて、指の動きのばらつきやずれを数値として記録できるため、症状の変化をより客観的に把握する手段となる可能性があります。
一方で、本研究は単施設で行われた比較的小規模な研究であり、評価対象も主に上肢の運動に限られます。今後は、多施設での検証や、同じ患者さんを長期間追跡する研究を通じて、iPataxが疾患の進行や治療への反応をどの程度鋭敏に捉えられるかを検証する必要があります。
将来的には、このような簡便なデジタル評価法により、小脳性運動失調の病態把握、進行評価、治療効果判定がより客観的に行えるようになることが期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2026年6月9日、科学誌「The Cerebellum」に掲載されました。
| 論文タイトル | iPatax: A Tablet-Based Tool for Quantitative Assessment of Cerebellar Ataxia |
| 著者 | Takahiro Nagai, Shingo Koide, Tomohiko Ishihara, Masayoshi Tada, Masatoyo Nishizawa, Osamu Onodera. |
| doi | 10.1007/s12311-026-02028-9 |
Ⅴ.謝辞
本研究にご参加いただきました患者さんならびに健常対照者の皆様に深く感謝申し上げます。また、データ収集にご協力いただいた関係者の皆様に御礼申し上げます。
本研究は、厚生労働科学研究費補助金(JPMH20FC1041、JPMH23FC1010、JPMH26FC1012)の支援を受けて実施されました。
用語解説
- (注1)SARA:Scale for the Assessment and Rating of Ataxiaの略で、小脳性運動失調の重症度を評価するために広く用いられている診察評価尺度です。

