脳損傷後に神経回路が再構築する機序を発見
-機能回復をもたらす治療標的の解明へ-
2026年06月10日
本研究成果のポイント
- 脳梗塞後、残存した神経の軸索は脊髄内で新たな神経回路を構築する
- 再構築した神経回路は、運動機能の回復に寄与する
- 神経回路の再構築をうながす分泌タンパク質を同定した
概要
新潟大学脳研究所システム脳修復学分野の佐藤時春助教、中村由香特任助手、上野将紀教授らの共同研究グループは、脳損傷後に運動機能の回復をになう神経回路を同定し、この神経回路が再構築する細胞・分子メカニズムを明らかにしました。
Ⅰ.研究の背景
脳卒中や外傷などにより脳を損傷すると、神経機能に障害を引き起こします。中でも脳梗塞は、およそ130万人の患者数のいる疾患で、脳の血管が詰まり血流が途絶えることで神経細胞が損傷し、運動や感覚などに障害を引き起こします。例えば、脳から脊髄へ運動の指令を送る皮質脊髄路(注1)を損傷すると、手足を思い通りに動かすことが難しくなります。運動や感覚の後遺症が残るケースが多く、社会的課題となっています。しかし、一度損傷した神経はほとんど再生できないため、機能を回復する根本的な治療法は未だ確立されてないのが現状です。
一方、近年の研究から、損傷を免れた神経細胞は、局所的に新しい神経回路を作りなおし、一定程度の回復をもたらしうることが明らかになってきました。発症後に行われるリハビリテーションは、この神経回路の再編を促進する効果があると考えられています。しかし、実際にどのような神経回路が新たに作られ、またどのようなメカニズムで神経回路が再編し機能が回復するのか、その詳細はこれまで明らかになっていませんでした。
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究では、脳梗塞のモデルマウスを用いて、神経回路が再構築する過程とその機序の解明を目指しました。皮質脊髄路を対象に、まず、損傷後に残存した軸索を神経トレーサーで可視化し、その変化を解析したところ、損傷を免れた軸索が、脊髄内で新たな枝を伸ばし、運動に関わる神経細胞であるV2aニューロン(注2)と接続することを見出しました(図A-C)。このつながりは、実際に神経回路を可視化したり神経活動を測定する方法により、機能していることが確かめられました。次に、この回路が運動機能の回復に寄与するのかを調べました。再構築した神経回路を構成するV2aニューロンの活動を化学遺伝学(注3)の手法で抑制したところ、回復していた前肢の運動機能が再び低下することがわかりました。以上より、新たに作られた回路網が機能の回復に重要であることがわかりました(図D)。
次に、神経回路が再構築するメカニズムを明らかにすることを目指しました。まず、脳梗塞後の脊髄で起こる遺伝子発現の変化を、細胞の種類ごとに解析しました。その結果、アストロサイト(注4)やV2aニューロンにおいて、分泌タンパク質Scg2(Secretogranin II)の発現が増加することを見出しました(図E)。脊髄では、脳梗塞の損傷のシグナルによってATP(注5)の量が増加し、この刺激によりアストロサイトでScg2の発現が増加することがわかりました。また、V2aニューロンでは、運動のリハビリテーションによって神経活動が高まると、Scg2の発現が増加することがわかりました。最後に、Scg2の働きを調べたところ、皮質脊髄路の軸索の成長をうながし、再編を増加させることがわかりました(図F)。
これらの結果から、脳梗塞後、脊髄において皮質脊髄路の軸索の脱落やその後の神経活動の高まりが起こるとScg2の発現が増加し、神経回路の再構築がうながされることがわかりました(図A)。
図. 脳梗塞後における皮質脊髄路の再構築の機序
(A)本研究の概要。(B)残存した皮質脊髄路の軸索の増加。(C)皮質脊髄路の軸索とV2aニューロンの接続。(D)腕を伸ばし餌を掴む運動機能の回復とV2aニューロンの寄与。(E)アストロサイトとV2aニューロンのScg2発現。(F)Scg2による再編の促進。Sato et al., Nat Commun. (2026)を改変。Ⅲ.今後の展開
本研究により、脳梗塞後に再構築する神経回路の実体、さらには再構築をうながす細胞・分子メカニズムの一端が明らかになりました(図A)。現状、脳梗塞後の回復期における治療法は限られています。本成果は、Scg2を利用した薬剤開発やリハビリテーションとの併用など、神経回路の再構築を標的とした新たな治療法の開発につながる可能性があります。さらには、脊髄損傷や外傷性脳損傷など、神経回路の再構築を必要とする他の中枢神経疾患への応用も期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2026年6月9日(日本時間午後6時)、科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
| 論文タイトル | Scg2 drives corticospinal circuit reorganization with premotor interneurons and astrocytes for motor recovery after stroke in mice. |
| 著者 | Tokiharu Sato, Yuka Nakamura, Kana Hoshina, Ken-ichi Inoue, Masahiko Takada Masato Yano, Hitoshi Matsuzawa, Masaki Ueno |
| doi | 10.1038/s41467-026-73518-x |
Ⅴ.謝辞
本研究は、AMED-CREST(JP21gm1210005)、ムーンショット型研究開発事業 (JP21zf0127004)、科研費(17H04985, 17H05556, 17K19443, 19K23773, 21H02590, 21H05683, 21K07290, 22H05157, 23H04222, 24K02129, 25H02491, 26H00470, 26K10288, 22H04922 (AdAMS))、加藤記念バイオサイエンス振興財団、東京生化学研究会、成茂神経科学研究助成基金、UBE学術振興財団、武田科学振興財団、日本心臓財団、中冨健康科学振興財団などの支援を受けて行われました。
用語解説
- (注1)皮質脊髄路:大脳皮質から脊髄へ運動の指令を伝える主要な神経路。意図した手足の運動(随意運動)に重要である。
- (注2)V2aニューロン:脊髄内に存在する神経細胞の一種で、運動制御に関わる。歩行や腕を伸ばす動作など四肢運動の調節に重要とされる。
- (注3)化学遺伝学:化学物質を投与することで、神経活動を亢進、抑制することができる手法。
- (注4)アストロサイト:脳や脊髄に存在するグリア細胞の一種。神経細胞の働きを支え、損傷後の修復にも関わる。
- (注5)ATP:細胞内のエネルギー源として知られる物質。損傷時には細胞外へ放出され、周囲の細胞へ情報を伝えるシグナルとしても働く。

