生きたまま頭蓋骨を透明にする「シースルー法」を開発 -頭蓋骨を残したまま、簡便・非侵襲・高精度に脳内をライブイメージングできるようになった!-
2025年08月26日
概要
新潟大学脳研究所システム脳病態学分野の劉歆儀助教と田井中一貴教授、同研究所細胞病態学分野の内ヶ島基政准教授と三國貴康教授、ならびに理化学研究所脳神経科学研究センターの村山正宜チームディレクターらによる共同研究グループは、生きている動物の頭蓋骨を観察するときだけ高度に透明化して脳内を非侵襲的に観察するための頭蓋骨透明化技術「シースルー法」を開発しました。従来は、頭蓋骨を除去してガラスを埋め込むことで脳内の観察が行われてきましたが、この方法は脳に物理的なダメージを与えるリスクが高く、高度な手術技術も必要でした。本研究で開発されたシースルー法により、観察したいタイミングで、誰でも簡単に、安全かつ高精度にマウスの脳内をライブイメージングできるようになりました。ミクロからマクロのレベルまで、脳内をあるがままの状態でリアルタイムに観察できるようになるので、様々な行動や病態における脳内情報処理の理解が飛躍的に進むことが期待されます。
本研究成果のポイント
- 生きている動物に安全に適用できる頭蓋骨透明化技術「シースルー法」を開発した。
- マウスの頭蓋骨を簡便かつ高度に透明化でき、脳へのダメージは見られない。
- 神経細胞のミクロレベル、神経ネットワークのマクロレベルの観察に有用である。
Ⅰ.研究の背景
行動や疾患に伴い、脳内では何が起きているのでしょうか。この根源的な問いに迫るため、世界中の研究者が生きている動物の脳を顕微鏡で観察しようと試みています。しかし、脳は不透明な頭蓋骨に囲まれており、観察は容易ではありません。多くの場合では頭蓋骨を取り除き、代わりに透明なガラスを埋め込む手術が必要ですが、頭蓋骨の除去は脳圧の変動や炎症反応を引き起こしやすく、生理的とは言えない状態での観察につながります。また、手術には高度な技術と熟練を要し、成功率と安全性に限界があります。もし頭蓋骨を安全かつ簡便に透明化できればこれらの問題は一挙に解決しますが、頭蓋骨を高度に透明化でき、かつ生きている動物に安全に適用できる組織透明化技術(注1)はこれまでありませんでした。
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究では、1,600種類を超える化合物を理論的・実験的にスクリーニングすることで、生きている動物に安全に適用できる頭蓋骨透明化技術「シースルー法」の開発に成功しました。
シースルー法は、従来法を大きく上回る透明化効率および生体適合性を併せ持つ試薬を頭蓋骨に塗布するだけで適用できる極めてシンプルな手法であり、1時間以内にマウスの頭蓋骨を95%以上の高効率で透明化できます。本手法は、観察したいときだけ頭蓋骨を透明にし、観察後には元の状態に復元できる「可逆性」を特徴としています。実際、シースルー法は生きているマウスに簡便かつ安全に適用でき、脳内の細胞の形態・活動、さらには分子の動態をマイクロメートルレベルの精度で観察できることを示しました。さらに、大脳を覆う頭蓋骨の大部分を透明化して約3,000個の神経細胞の活動をミリ秒単位で観察することで、脳内の神経ネットワークの動態を大規模かつ詳細に観察することに成功しました。

(B)迅速かつ可逆的に頭蓋骨を透明化して脳内をライブイメージングできる。
(C)マウス頭蓋骨は高度に透明化される。
(D)頭蓋骨を広範囲に透明化して「ズームアウト・ズームイン」観察できる。
(E)様々な脳領域の数千個の神経細胞の活動をモニターし(左)神経間ネットワーク解析(右)をできる。
Ⅲ.今後の展開
誰もが簡便に頭蓋骨を高度に透明化できるようになったことで、脳イメージング研究の普及と発展が加速することが期待されます。従来の頭蓋骨除去法と対照的に、脳圧の変化や脳脊髄液の漏出、脳の炎症やダメージのリスクを大幅に抑えられるので、より生理的で「あるがままの」状態で脳を観察できるようになります。さらに、従来の方法と比べて、脳の広い範囲を観察しやすくなるので、脳内ネットワークの動態の理解が進むことが期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2025年8月26日(日本時間)、科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
論文タイトル | SeeThrough: a rationally designed skull clearing technique for in vivo brain imaging |
著者 | Xinyi Liu, Motokazu Uchigashima, Ikumi Oomoto, Yoshihito Saito, Hitoshi Uchida, Shinya Oginezawa, Keiko Masuda, Daisuke Satoh, Manabu Abe, Kenji Sakimura, Yoshihiro Shimizu, Masanori Murayama, Kazuki Tainaka, Takayasu Mikuni |
doi | 10.1038/s41467-025-62836-1 |
▶ プレスリリース
Ⅴ.謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム(課題名:汎用的頭蓋骨透明化技術の開発とライブイメージングへの応用、および、脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明)、AMED脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)(課題名:革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明(中核拠点))、AMEDムーンショット型研究開発事業(課題名:病気につながる血管周囲の微小炎症を標的とする量子技術、ニューロモデュレーション医療による未病時治療法の開発)、科学研究費助成事業(JP20H05914, JP20H05918, JP23K18160, JP24K02130, JP24H02313, JP20H05775, JP22H02937, JP22K19105, JP22K21353, JP23H04672, JP23H02574, JP23K27265, JP24H01229, JP24K22000, JP25H02490)、理化学研究所新領域開拓プログラムなどの支援を受けて行われました。
用語解説
- (注1) 組織透明化技術:生体組織内の脂質や色素などの光散乱・吸収要因を除去・制御することで、組織全体を透明化し、三次元構造を高解像度で可視化するための技術です。脳構築の三次元解析やがん組織の観察、発生生物学的研究など、幅広い分野での応用が進んでいます。しかし、従来の方法は主に固定組織に対して用いられており、高度な透明化を実現しつつ、かつ生体組織にも適用可能な技術の開発は困難とされてきました。