通常化学療法が無効な脳幹部神経膠腫において放射線化学療法が著効し聴力が改善する症例を確認-治療感受性を遺伝子変異より予測-
2025年07月17日
概要
新潟大学脳研究所脳神経外科学分野の岡田拓也医員、大石誠教授、同研究所腫瘍病態学分野の棗田学准教授らの研究グループは、同研究所病理学分野の柿田明美教授、清水宏准教授、同大学医学部耳鼻咽喉科学分野の堀井新教授らとの共同研究で、通常化学療法が無効で極めて予後不良である脳幹部神経膠腫(生命を維持する中枢である脳幹部にできる小児に多い神経膠腫)に対して、放射線化学療法により腫瘍の縮小とともに、症状であった聴力低下を改善させることに成功しました。小児に発生する脳幹部神経膠腫の多くはヒストンH3K27M遺伝子変異を有し、通常テモゾロミド(※1)が無効であることが知られていますが、本症例は成人例であり、生検組織からテモゾロミド感受性を示すIDH遺伝子変異(イソクエン酸脱水素酵素をコードする遺伝子)を同定することができました。脳幹部は大脳と脊髄を橋渡しするとても大切な脳の部位であり、脳幹部神経膠腫に対して生検を行うことは躊躇されます。しかしながら、本症例では生検を行うことでドライバー遺伝子変異を同定して化学療法感受性について予測ができ、治療方針の決定に有用でした。
本研究成果のポイント
- 脳幹部神経膠腫は通常化学療法(テモゾロミド)が無効とされる。
- 今回、聴力低下で発症した脳幹部神経膠腫症例に対して放射線化学療法が著効し、腫瘍の縮小とともに聴力の改善が認められた。
- 術前の磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)(※2)によりIDH変異が予想され、その後、開頭生検術によりIDH変異が確認された。
Ⅰ.研究の背景
脳幹部神経膠腫は多くの場合小児期に発生し、ヒストンH3K27M遺伝子変異を有することが多いです。ヒストン変異を有する症例は、殆ど全ての症例でテモゾロミドに対する抵抗性を示すMGMT(※3)が発現していることが知られています。放射線治療が一時的に効果的な症例は見受けられますが、一般的に予後は極めて不良であり、生存期間中央値も1年未満です。 一方で、成人脳幹部神経膠腫の一部には、IDH変異を有することが知られています。IDH変異を有する星細胞腫では約7割でMGMTが低発現であり、それらの症例はテモゾロミドへの感受性を示すことが知られています。IDH変異を有する神経膠腫では2-ヒドロキシグルタル酸(2HG)という代謝物が蓄積するため、磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)でIDH変異の有無が判定可能です。
Ⅱ.研究の概要
症例は30代男性。2年前より徐々に進行する左聴力低下を自覚したために頭部MRIを施行され、脳幹部に腫瘍性病変を認め(図1左)、医歯学総合病院脳神経外科に紹介されました。聴力低下は、脳幹における左聴神経の出口に腫瘍が及んでいたために生じたと考えられました。通常の脳幹部神経膠腫に比べて病変の局在が橋正中部ではなく外側に偏在していたこと、また、症状の進行が緩やかであったことより、ヒストン変異を有する脳幹部神経膠腫ではない可能性が考えられました。
そこでまず、MRSを施行したところ2HGが検出され(図1右)、IDH変異型星細胞腫の可能性が示唆されました。さらに開頭生検術を施行し、病理診断はIDH変異型星細胞腫(WHOグレード3)でした。

Ⅲ.研究の成果
病理診断を踏まえて、テモゾロミド併用放射線治療54グレイ(30分割)、続いてテモゾロミド維持療法を施行したところ、腫瘍は徐々に縮小しました(図2上段)。テモゾロミド維持療法を1年間続けたところで有効性を示したために一旦中止としました。その頃より自覚的には殆ど聞こえていなかった左聴力が回復していることを自覚されたため、改めて耳鼻科で聴力検査を行ったところ、殆ど左右差がない範囲まで左聴力が回復していました。(図2下段)

Ⅳ.今後の展開
脳幹部神経膠腫でも予後不良のヒストンH3K27M変異ではなく、比較的予後良好であるIDH変異を有する神経膠腫が含まれることがわかりました。これらの症例ではテモゾロミドが効くことが予想されるため、積極的にMRSでスクリーニングを行い、さらに安全に生検可能な場合は治療方針決定のために生検が肝心であることが示されました。本症例では、驚くべきことに聴力低下の症状が改善したため、成人例の脳幹部神経膠腫全例で、IDH変異の有無についての検討が必要と考えられました。さらなる症例の蓄積や前向きの検証が期待されます。
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2025年7月8日、科学誌「Frontiers in Oncology」誌にオンライン掲載されました。
論文タイトル | Case Report- Improved hearing in a rare, adult IDH2-mutant brainstem astrocytoma successfully treated with radiation and temozolomide |
著者 | Takuya Okada, Manabu Natsumeda, Hidemoto Fujiwara, Nayuta Higa, Toshiaki Akahane, Yuki Watabe, Kaoru Tomikawa, Kyoka Nishita, Yoshihiro Tsukamoto, Shinsuke Ohshima, Arata Horii, Akihide Tanimoto, Ryosuke Hanaya, Hiroshi Shimizu, Akiyoshi Kakita, Makoto Oishi |
doi | 10.3389/fonc.2025.1555986 |
▶ プレスリリース
Ⅵ.謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(24K12238, 21KK0156, 22K16679)による助成金の支援を受けて行われました。また、NSGグループからの支援も受けて行われました。
用語解説
- (注1) テモゾロミド:成人大脳膠芽腫或いはIDH変異型星細胞腫に対して有効性を示す経口のアルキル化剤。一方で、ヒストン変異を有する脳幹部神経膠腫に対しては無効とされています。
- (注2) 磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS):脳の代謝物を測定できるMRIの特殊な撮像法です。IDH変異型神経膠腫では2HGという代謝物が蓄積することが知られていますが、2HGはMRSで測定可能です。つまり、MRSによりIDH変異神経膠腫の診断が可能です。
- (注3) MGMT:O6-methylguanine-DNA-methyltransferaseの略。テモゾロミドが腫瘍細胞DNAのグアニンのO6位に負荷したメチル基を外し、テモゾロミドの効果を中和する役割があります。つまり、MGMTが高発現している腫瘍では、テモゾロミドは効きにくいとされています。