雌雄同体の進化には確率的な性決定が重要だった -線⾍の多様性解析により性の進化の画期的発⾒-
2024年11月13日
概要
私たち人間は男と女という二つの生物学的性をもっていますが、動物全般には様々な性の在り方があります。線虫を含む一部の動物ではオスとメスだけの種から、メスが精子を作り出し自家受精をする雌雄同体への進化が度々起こっています。なぜそのような進化が何度も起こり得るのかは長年の大きな謎でした。新潟大学脳研究所システム脳病態学分野の吉田恒太特任教授らの研究グループは、雌雄同体を進化させた線虫の遺伝機構を解析し、一部の雌雄同体の種ではtra-1という遺伝子のON/OFFを介して、確率的にオスを発生させる確率的性決定を進化的に獲得することで、雌雄同体が進化してきたことを明らかにしました。生殖システム、性染色体、性決定システムの進化が相互に関係する進化ダイナミズムを世界ではじめて示しました。
本研究成果のポイント
- 動物の性の進化ダイナミズムの基礎を明らかにした画期的発見。
- 確率的性決定という新しく知られ始めた性決定が最近進化した生物種を複数発見。
- 確率的性決定の決定因子としてtra-1遺伝子を同定。
Ⅰ.研究の背景
私たちヒトでも「性の多様性」が重要視される昨今、線虫では生物学的性の多様性が次々と発見されています。線虫は地球上で最も種数の多い動物の一群ですが、性の多様性はその特徴的な多様性の一つで、多くはヒトのようにオスとメスにわかれていますが、メスが自前の精子をつくり、雌雄同体に進化した例が多く見られます。吉田特任教授が研究するプリスティオンクス線虫では一つの属で7回独立に雌雄同体が進化しており、なぜそこまで進化しやすいのか、その原因は不明でした。特に雌雄同体は自家受精で子供を増やすことができますが、自家受精だけでは遺伝的な多様性が失われるため、オスをつくり、他の個体と交雑しなければ進化的に絶滅してしまうと考えられます。しかしながら、雌雄同体を進化させた種がオスを作り出す機構は、一部の種でしか調べられていませんでした。そこで知られていたのは雌雄同体がX染色体を二つ持ち、オスがX染色体を一つもつXO型の性決定です。この場合、雌雄同体は子供に伝えるX染色体の数を変えることで、子供の性を変えることができます。このXO型の性決定が他の雌雄同体の種にも共通しているのかはわかっていませんでした。
Ⅱ.研究の概要・成果
吉田特任教授は、マックスプランク生物学研究所(ドイツ・テュービンゲン)のラルフ・J・ゾマー教授らと東京大学大学院新領域創生科学研究科の菊地泰生教授らとの共同研究により、プリスティオンクス線虫47種の染色体解析とゲノム解析を進め、この種で性染色体が常染色体と融合するなどして、性染色体が急速に多様化していることを発見しました。その結果、一部の雌雄同体の種の祖先では、XO型ではなく、ヒトと同じXY型の遺伝的性決定になっていたことがわかりました。XY型の場合、雌雄同体はY染色体をもたず、Y染色体がなければオスは成立しないので、雌雄同体はオスを産めないことが予想されます。しかし、本研究グループはさらに、これらの雌雄同体の線虫の性決定機構を調査し、これらの種が確率的性決定という最近提唱され始めた新しいタイプの性決定システムでオスを生み出していることを明らかにしました。このシステムではサイコロを振るように確率で性が決まります。Pristionchus mayeriという種では遺伝的解析により、tra-1という遺伝子が重要な役割を持ち、オスとメスを確率的にスイッチする役割を持っていることがわかりました。さらに、その確率は温度感受性もあり、Pristionchus mayeriでは高温になるほどPristionchus entomophagusでは低温になるほどオスが増えるということがわかりました。この二種は独立に雌雄同体に進化していますが、どちらの祖先も同じようにXY型の遺伝的性決定から確率的性決定を進化させていることがわかりました。これにより、雌雄同体がオスを産むことができ、そのオスが他の雌雄同体と交雑することで、種の遺伝的な多様性が保たれていると予想されます。
Ⅲ.今後の展開
プリスティオンクス線虫は様々な遺伝的な解析が可能で、本研究グループは、現在、確率的性決定のメカニズムがどのような遺伝子の進化で生じたのかを詳細に調べています。これにより、性の多様性を生み出す分子メカニズムの一端が明らかになるでしょう。吉田特任教授の進化脳病態学研究室では、さらにこのような線虫の進化を研究室で再現する実証的な進化研究を行なっています。また、線虫の基盤研究から明らかにした多様性の進化原理をもとに、解析対象を哺乳類に広げ、ヒトの病態にかかわる変異が生み出される進化的基盤の研究に応用する予定です。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2024年11月7日に科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
論文タイトル | Rapid chromosome evolution and acquisition of thermosensitive stochastic sex determination in nematode androdioecious hermaphrodites |
著者 | Kohta Yoshida, Hanh Witte, Ryo Hatashima, Simo Sun, Taisei Kikuchi, Waltraud Röseler & Ralf J. Sommer |
doi | 10.1038/s41467-024-53854-6 |
Ⅴ.謝辞
本研究は、科学技術振興機構CREST「ゲノムスケールのDNA 設計・合成による細胞制御技術の創出」(東北大学大学院生命科学研究科杉本亜砂子教授チーム、課題番号1041336)およびMax Planck Society(ドイツ)の支援を受けて行われました。