日本における筋萎縮性側索硬化症ALSの病態関連遺伝子としてSMN2遺伝子を同定しました
2024年11月06日
概要
筋萎縮性側索硬化症(ALS)(注1)は代表的な神経難病です。さまざまな遺伝的因子(注2)がALS発症、発症年齢、重症度などに影響することが知られています。これらの遺伝的因子を明らかにすることで、ALSの治療や進行度の予測に役立てることができる可能性があります。新潟大学脳研究所 脳神経疾患先端治療研究部門の石原智彦特任准教授および同研究所 脳神経内科学分野の小野寺理教授らの研究グループは、日本人におけるALSの関連遺伝子として、SMN2遺伝子(注3)のコピー数変異(注4)を見出しました。
本研究成果のポイント
- SMN2遺伝子はALSの関連遺伝子である。
- SMN2遺伝子コピー数は運動神経疾患に広く影響する可能性がある。
- ALS関連遺伝子には国・地域による差がみられる。
Ⅰ.研究の背景
筋萎縮性側索硬化症(ALS)(注1)は代表的な神経難病です。ALSは遺伝的要素の関与が知られています。その遺伝子の変異によってALSが引き起こされる「原因遺伝子」が、30種類以上知られています。さらに、ALSを発症させる影響力はないものの、発症年齢や重症度に影響を与える「関連遺伝子」も複数知られています。そのうちの一つにSMN遺伝子(注3)のコピー数変異があります。SMN遺伝子はALSと同じく運動神経が障害される脊髄性筋萎縮症(SMA)(注5)の原因遺伝子で、ALSの関連遺伝子としても研究がされていました。しかし近年、2021年に報告された大規模な研究では、SMN遺伝子コピー数とALSの関連は否定されていました。
一方でALSの遺伝的背景には地域差があることも知られています。例えば、c9orf72遺伝子変異は欧米人で最も多くみられるALS原因遺伝子変異ですが、日本人ではごくまれです。さらにALSとSMN遺伝子の関連を否定した研究は、主にヨーロッパの患者さんを対象としたものでした。このことから日本人における、ALSとSMN遺伝子の関係を明らかにする必要があると考え、研究を行いました。
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究グループは、日本人ALS患者さん487例と非ALS患者さん399例の遺伝子を解析し、SMN遺伝子コピー数を解析しました。解析した遺伝子は、当科ALSデータベースJaCALS (注6)、脳研究所 脳神経内科学分野、病理学分野を通じて集めたものです。遺伝子コピー数の解析には、droplet digital PCR (ddPCR) 法を用いました。
解析の結果、1) ALS患者さんではSMN2遺伝子を1コピーのみ持つ患者さんが多くみられること、2)SMN2遺伝子を1つも持たない患者さんではALSの進行が早いこと、が明らかになりました(図)。
Ⅲ.今後の展開
SMN2遺伝子コピー数は日本人ALSの関連遺伝子であることが示されました。ALSの予後予測および将来の治療法開発に応用されることが期待されます。また、この結果はヨーロッパでの結果とは異なるものです。SMN遺伝子以外にも地域により異なる遺伝的背景があることが予想され、ALSの治療法を考える上でも重要な要素となります。より大規模な、また異なる地域での研究が期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2024年11月6日、科学誌「BMC Medical Genomics(IF 2.1, 2023)」に掲載されました。
論文タイトル | SMN2 gene copy number affects the incidence and prognosis of motor neuron diseases in Japan |
著者 | Tomohiko Ishihara, Akihide Koyama, Naoki Atsuta, Mari Tada, Saori Toyoda, Kenta Kashiwagi, Sachiko Hirokawa, Yuya Hatano, Akio Yokoseki, Ryoichi Nakamura, Genki Tohnai, Yuishin Izumi, Ryuji Kaji, Mitsuya Morita, Asako Tamura, Osamu Kano, Masashi Aoki, Satoshi Kuwabara, Akiyoshi Kakita, Gen Sobue, and Osamu Onodera |
doi | 10.1186/s12920-024-02026-y |
用語解説
- (注1)筋萎縮性側索硬化症(ALS:amyotrophic lateral sclerosis):主に中年以降で発症する難治性の運動神経疾患です。大脳に存在する"上位運動神経"と脊髄に存在する"下位運動神経"が障害されることにより、手足の動きや呼吸に必要な筋肉が萎縮(やせていく)します。
- (注2)遺伝的因子:遺伝子やその変異によって決まる要素で、体質や特定の病気に影響します。このうち変異によりほぼ確実に病気を引き起こす遺伝子を"原因遺伝子"と呼びます。一方で、それ自体は病気の直接の原因にはならないものの、発症のしやすさ、発症年齢、重症度などに影響を与えるものを、"関連遺伝子"と呼びます。
- (注3)SMN遺伝子:SMN(survival motor neuron)遺伝子は脊髄性筋萎縮症(SMA)(注5)の原因遺伝子です。とても良く似たSMN1、SMN2遺伝子が存在します。SMN1が欠損することでSMAが発症し、SMN2のコピー数(注4)により重症度が変化します。
- (注4)コピー数変異:ヒトの遺伝子は1細胞あたり、通常は2つ(2コピー)ずつ存在します。しかしSMN1,2などの遺伝子では細胞当たりの遺伝子数が0から4、あるいはそれ以上に変化していることがあります。この現象をコピー数変異と言います。
- (注5)脊髄性筋萎縮症(SMA):主に出生直後から小児期に発症する運動神経疾患です。脊髄に存在する"下位運動神経"が障害されることにより、手足の動きや呼吸に必要な筋肉が萎縮(やせていく)します。近年、複数の治療法が開発されています。
- (注6)JaCALS:Japanese Consortium for ALS Research(JaCALS)は、患者様の臨床・遺伝情報の解析を通じて、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の病態解明と治療法の開発を目指す研究組織です(同HPより引用。https://www.jacals.jp/)。