神経皮膚黒色症における腫瘍形成と悪性化に関連する責任遺伝子を同定 -稀少難病の克服に向けた多領域ゲノム解析-

2024年02月09日

概要

 新潟大学脳研究所脳神経外科分野の高橋陽彦非常勤講師、大石誠教授、同研究所脳神経疾患先端治療研究部門の棗田学特任准教授らの研究グループは、同研究所病理学分野の柿田明美教授、同研究所遺伝子機能解析学分野の池内健教授、同大学大学院医歯学総合研究科法医学分野の小山哲秀助教、同研究科皮膚科学分野の結城明彦助教らとの共同研究を行い、稀な難病である神経皮膚黒色症の腫瘍形成と悪性化に関連する責任遺伝子(ドライバー変異(※1))を同定することに成功しました。

 神経皮膚黒色症は皮膚色素性母斑(※2)と髄膜色素細胞(メラノサイト)の異常増殖を特徴とする稀な先天性神経皮膚症候群です。母斑は組織学的に良性ですが、脳病変は高率に腫瘍化し急速に進行する極めて予後不良な疾患です。胎児期に、色素細胞前駆細胞に遺伝子変異を生じることが原因とされますが、脳病変のみが腫瘍化する機序は解明されておらず、現在有効な治療法はありません。本研究では神経皮膚黒色症剖検例における腫瘍、母斑、正常部位(非腫瘍部位)を含めた多領域ゲノム(※3)解析を行い、腫瘍形成と悪性化に関連するドライバー変異を同定しました。

 本研究結果から腫瘍、母斑、非腫瘍部位を含む複数部位に対して網羅的遺伝子解析を行うことで腫瘍形成と悪性化に関連する真のドライバー変異が明らかとなり、神経皮膚黒色症の病態解明および新規治療の開発が期待されます。

研究成果のポイント

  • 神経皮膚黒色症剖検例に対して初めて多領域ゲノム解析を行い、腫瘍形成と悪性化に関連するドライバー変異を同定しました。
  • 腫瘍、母斑、非腫瘍部位を含めた多領域ゲノム解析は稀少難病である神経皮膚黒色症の病態解明および新規治療開発につながる可能性があります。
  • 各分野の専門家が集結した新潟大学脳研究所から世界へ発信する研究です。

Ⅰ 研究の背景

 神経皮膚黒色症は皮膚色素性母斑と脳の髄膜色素細胞の異常増殖を特徴とする先天性神経皮膚症候群です。母斑は組織学的に良性ですが、脳病変は小児期もしくは20-30歳代で高率に腫瘍化し、その後は急速に進行する極めて予後不良な疾患です。皮膚組織と脳組織の発生起源は同じ外胚葉(※4)に由来します。胎児期に遺伝子変異を生じた色素細胞前駆細胞が皮膚や脳脊髄周囲の髄膜へ分布することが原因として推測されています。母斑と腫瘍で共通の遺伝子変異を有することが報告されていますが、脳病変のみが腫瘍化に至る機序は解明されておらず有効な治療法は皆無です。

 本研究では脳神経外科学教室で経験した神経皮膚黒色症剖検例に対して、腫瘍、母斑、その他の正常部位を含めて多領域ゲノム解析を行い、腫瘍形成と悪性化に関連したドライバー変異を同定しました。

Ⅱ 研究の概要・成果

 水頭症(※5)で発症し、脳室-腹腔シャント(※6)を介した広範な腹腔内播種(※7)が原因となり腫瘍死した神経皮膚黒色症剖検例に対して、腫瘍、母斑、非腫瘍部位を含めた多領域ゲノム解析を行いました。その結果、剖検時腹腔内臓器の表面に多量の腫瘍細胞を認めました。臨床経過および剖検所見から腹腔へ播種した少量の腫瘍細胞が腹腔内で急速に増殖し、発症から6ヶ月後に腫瘍死した原因と考えられます。

 手術および剖検時に採取した脳腫瘍、腹部腫瘍、母斑、大脳皮質、大脳白質、正常皮膚、腎臓髄質からDNAを抽出し、全エキソームシーケンス解析(WES)(※8)による網羅的遺伝子解析を行いました。腹腔内臓器の表面に多量の腫瘍細胞を認めましたが、腎臓髄質には腫瘍細胞の浸潤を認めず、腎臓を正常コントロールとして体細胞変異を解析しました。WES結果をドロップレットデジタル PCR(ddPCR)解析(※9)で検証し、WESで得られたデータに対して対立遺伝子特異的コピー数解析(※10)を行いました。WES同様、腎臓を正常コントロールとしてエクソン(※11)領域のコピー数を解析しました。

図1
図1.全エキソームシーケンシングで検出された遺伝子変異の分布

 WESでは6領域で合計71遺伝子、87個の体細胞変異(※12)が検出され、とくに腫瘍部で多数検出されました(図1)。母斑で検出された遺伝子変異はわずかであり、他の部位と共通する遺伝子変異は認めませんでした。腫瘍化に関連する遺伝子変異としてGNAQ R183QS1PR3 G89SNRAS G12Vの3つが検出されました。GNAQ変異は眼ブドウ膜悪性黒色腫(※13)、NRAS変異は小児神経皮膚黒色症と関連した髄膜黒色腫症のドライバー変異として報告されています。S1PR3変異は肺がんや腎臓がんとの関連が報告されていますが、悪性黒色腫では報告されていません。GNAQ R183QS1PR3 G89Sは腹部腫瘍、脳腫瘍、大脳皮質、正常皮膚の4部位で検出され、変異アレル頻度(MAF)(※14)は腫瘍部位で高値でした。一方、NRAS G12Vは腹部腫瘍でのみ検出され、本症例の悪性化に関連するドライバー変異と考えられました。

 ddPCRではGNAQ R183Q, S1PR3 G89S変異は、脳腫瘍、腹部腫瘍でMAFが高値でした。大脳皮質、大脳白質、正常皮膚からも低頻度で遺伝子変異が検出されましたが、母斑、腎臓からは検出されませんでした。NRAS G12V変異は腹部腫瘍でのみ検出され、これらの結果はWESの結果と一致していました。

 対立遺伝子特異的コピー数解析では腹部腫瘍、脳腫瘍で1番染色体(NRAS)、9番染色体(GNAQ・S1PR3)にコピー中立的なヘテロ接合喪失(Copy-neutral loss of heterozygosity; CN-LOH)(※15)が検出されました。

 本研究では神経皮膚黒色症剖検例に対する多領域ゲノム解析を行い、本症例における腫瘍形成と悪性化に関連するドライバー変異(図2)およびコピー数異常を明らかにしました。母斑からはドライバー変異が検出されませんでしたが、検体採取のタイミング(母斑のみ手術、他は剖検時に採取)、母斑部の細胞密度が低かったことなどが影響したと考えられます。腫瘍、母斑、非腫瘍部位を含めた多領域ゲノム解析は、神経皮膚黒色症の病態解明と新規治療法の開発につながる解析方法であり、稀少難病克服に向けた重要な第一歩として期待されます。

図2
図2.ドライバー変異の分布と変異アレル頻度

Ⅲ 今後の展開

 本研究は1例に対する症例報告ですが、神経皮膚黒色症の病態解明に向けた解析アプローチを示したことは大きな前進です。10~20万人に1人と極めて稀少疾患ですが、今後も同様の解析を行っていく必要があります。さらに治療ターゲットとして選択可能な遺伝子変異であるかどうか検証していく必要があります。

Ⅳ 研究成果の公表

 本研究成果は、2024年1月22日、科学誌「Acta Neuropathologica Communications」(IF2022 7.1)に掲載されました。

論文タイトル

Missense mutation of NRAS is associated with malignant progression in neurocutaneous melanosis

著者 Haruhiko Takahashi, Manabu Natsumeda, Norikazu Hara, Akihide Koyama, Hiroshi Shimizu, Akinori Miyashita, Daiken Satake, Yoshihiro Mouri, Jun Tsukano, Keita Kawabe, Yoshihiro Tsukamoto, Masayasu Okada, Ryosuke Ogura, Akihiko Yuki, Hajime Umezu, Akiyoshi Kakita, Takeshi Ikeuchi and Makoto Oishi
doi 10.1186/s40478-024-01723-0

プレスリリース(PDF)

Ⅴ 謝辞

 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。

用語解説

  • (注1) ドライバー変異:がんの発生・進展において重要な役割を果たす遺伝子。
  • (注2) 色素性母斑:いわゆるほくろ。
  • (注3) ゲノム:生物のもつ遺伝情報の全体を指す。
  • (注4) 外胚葉:分割を始めた受精卵の事を胚というが、外・中・内胚葉から成る。外胚葉から皮膚組織や脳が分化する。
  • (注5) 水頭症:脳脊髄液は脳室の中で作られるが、その流れや吸収が悪くなると脳室内に脳脊髄液がたまり様々な症状を来す状態。
  • (注6) 脳室-腹腔シャント:たまった脳室内の脳脊髄液を腹腔内に流し、水頭症を治療する管。
  • (注7) 腹腔内播種:癌細胞が腹腔内に移動し、腹膜に巣を作ること。
  • (注8) 全エキソームシーケンス解析(WES):遺伝子配列のうち、その役割が明らかとなっているエクソン領域の遺伝子配列を同定する検査。
  • (注9) ドロップレットデジタル PCR(ddPCR)解析:油滴(ドロップレット)の中に遺伝子を増幅させるPCR反応を行う高感度のPCR解析法。
  • (注10)対立遺伝子特異的コピー数解析:遺伝子は父親由来と母親由来の2本があり対立遺伝子という。癌細胞では遺伝子のコピー数が増幅したり、欠損したりするがそのコピー数の変化を遺伝子1本ずつ解析できる新しい遺伝子コピー数解析方法。
  • (注11)エクソン:遺伝子配列のうち上で遺伝情報がコードされている部分。これに対して、エクソン間に介在し遺伝情報がコードされていない部分をイントロンという。
  • (注12)体細胞変異:生殖細胞以外の細胞を体細胞と言い、正常な体細胞に後天的に遺伝子変異が生じること。
  • (注13)悪性黒色腫:色素細胞(メラノサイト)が癌化した悪性腫瘍で、メラノーマともいう。
  • (注14)変異アレル頻度(MAF):遺伝子変異を持つ異常細胞(腫瘍細胞)の割合を表す。
  • (注15)コピー中立的なヘテロ接合喪失:染色体の一部もしくは全体が2本とも片親由来となる状態。コピー数の変化は認めず、対立遺伝子特異的コピー数解析を行うことで初めて検出できる。

研究分野

研究成果・実績
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