2型糖尿病を伴う脳小血管病に対するメトホルミンによる神経保護効果 -機能予後改善治療として期待-

2023年12月08日

概要

 新潟大学脳研究所脳神経内科学分野の秋山夏葵(大学院生)、金澤雅人(准教授)、小野寺理(教授)らの研究グループは、国立循環器病研究センター脳神経内科の山城貴之(医師/研究当時)、服部頼都(医長)、猪原匡史(部長)との共同研究を行い、経口糖尿病薬メトホルミンによる脳小血管病に対する神経保護効果を明らかにしました。

 脳小血管病は、脳梗塞の中でも細い血管の閉塞によるもので、一般的に血管内治療の適応にならず内服でも予防をするのは難しいのが現状です。そのため脳小血管病の機能予後を改善する治療が望まれていました。本研究では、特に細い血管が障害される脳梗塞(脳小血管病)患者さんにおいて、脳梗塞発症前のメトホルミン内服が神経症状の重症度の軽減と退院時の症状改善に関係することを明らかにしました。本研究結果により、メトホルミンが血管内治療の適応にならない脳小血管病患者さんの予後を改善する治療となりうるものと期待されます。


研究成果のポイント

  • 糖尿病患者において、脳梗塞発症前からメトホルミンを内服していると、細い血管が障害される脳梗塞(脳小血管病)を発症した際に、入院時の神経症状の重症度を軽減する。
  • 脳梗塞発症前からのメトホルミン内服は、脳小血管病患者の退院時の機能予後を改善する。
  • 本研究で明らかになったメトホルミンによる神経保護作用は、血管内治療の適応とならない脳小血管病患者の予後を改善する薬剤として有用であることを示した。


Ⅰ. 研究の背景

 脳梗塞は、死亡や身体障害の主要な原因疾患であることから重要な社会問題です。機械的血栓除去術などの血管内治療により、脳梗塞患者さんの機能的転帰は以前より改善しました。しかし、血管内治療の適応となる脳梗塞の病型(病気の分類、サブタイプ)は限られています。脳梗塞は、主に太い血管(大血管)が障害されるタイプ、心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞、分枝粥腫病(BAD)のサブタイプに分類されます。ラクナ梗塞とBADは、脳の太い血管の閉塞ではなく、より細い血管の閉塞による脳梗塞で、脳小血管病と総称されます。一般的に血管内治療の適応となるのは大血管の脳梗塞であり、脳小血管病は血管内治療の適応にはなりません。また、内服でも脳小血管病を予防するのは難しいのが現状です。そのため脳小血管病の機能的転帰を改善する治療が望まれていました。

 近年、2型糖尿病の治療に広く使用される経口糖尿病治療薬であるメトホルミンが、血糖調整作用に加えて脳神経に対する保護作用を有し、脳血管障害のみならず、Long-COVID(注1)の予防や認知症のリスク軽減に有効であることが示されています。脳梗塞に対するこれまでの研究では、メトホルミンが脳梗塞患者さんの神経症状の重症度や血栓溶解療法後の予後を改善することが明らかになっています。しかし、血管内治療の適応がない脳梗塞患者さんにおけるメトホルミンの影響や、異なる脳梗塞サブタイプにおけるメトホルミンの効果は明らかになっていませんでした。


Ⅱ. 研究の概要・成果

 本研究グループは、血管内治療の適応がない2型糖尿病の脳梗塞患者さんにおいて、脳梗塞発症前のメトホルミン治療が神経症状の重症度と退院時の症状改善に関連するか、また脳梗塞のサブタイプごとにメトホルミンの影響が異なるかを明らかにするために、新潟大学医歯学総合病院脳神経内科と国立循環器病研究センター脳神経内科に入院した血管内治療の適応とならなかった脳梗塞患者さんで、入院前からメトホルミンを含めた何らかの糖尿病薬を内服していた160人の臨床情報、画像データを収集し、解析を行いました。

 その結果、脳梗塞発症前のメトホルミン治療が、特に細い血管が障害される脳梗塞(脳小血管病)のタイプの患者さんにおいて、神経症状の重症度軽減と退院時の症状改善に関係することを明らかにしました(図1、2)。実際に、メトホルミンを内服している患者さんとそうでない患者さんを比べると、血液中の炎症を反映する指標(好中球/リンパ球比や炎症性サイトカインIL-6値)が、メトホルミンを内服している患者さんの方が低く、炎症が抑えられていることが関係していると考えられます。


図1

図1:メトホルミンによる脳小血管病に対する神経保護効果

脳梗塞発症前からのメトホルミン治療が、脳梗塞発症時の神経症状の重症度を軽減し、機能予後を改善することを明らかにしました。


図2

図2:退院時の神経症状

メトホルミン内服群では、非内服群より退院時に日常生活が自立している割合が多い(*P値=0.037(注2))。


 脳梗塞発症前のメトホルミン治療が、特に細い血管が障害される脳梗塞(脳小血管病)患者さんにおいて、神経症状の重症度の軽減と退院時の症状改善に関係することを明らかにしました。このことにより、血管内治療の適応にならない脳小血管病患者さんの予後を改善する薬剤として、メトホルミンが有用であることが示されました。


Ⅲ. 今後の展開

 脳梗塞発症前の具体的なメトホルミンの投与量や投与期間を検討することが、実際の治療のためには必要と考えられます。メトホルミンの投与期間と投与量に関する前向き検証研究(注3)が今後の課題です。

 本研究は糖尿病を合併している脳梗塞患者さんの結果であり、糖尿病を有さない患者さんには当てはまりません。また、糖尿病の治療は、心臓、腎臓の状態によっても治療の選択は異なります。すべての患者さんにおいて有効ではないことは注意が必要です。


Ⅳ. 研究成果の公表

 本研究成果は、2023年12月2日、世界神経学会機関紙「Journal of the Neurological Sciences」に掲載されました。

論文タイトル

Neuroprotective effects of oral metformin before stroke on cerebral small-vessel disease

著者 Natsuki Akiyama, Takayuki Yamashiro, Itaru Ninomiya, Masahiro Uemura, Yorito Hattori, Masafumi Ihara, Osamu Onodera, Masato Kanazawa
doi 10.1016/j.jns.2023.122812

プレスリリース(PDF)


Ⅴ. 謝辞

 本研究は、科研費(基盤(B)22H03183)、公益社団法人日本脳神経財団森山賞などの支援を受けて行われました。
 本研究に関わったすべての脳神経内科医の皆様、この研究を可能にしてくれた患者さんとその家族の方々に心より感謝申し上げます。


用語解説

(注1)Long-COVID:post COVID-19 condition(long-COVID)とは、COVID-19罹患後症状(後遺症)などと訳され、COVID-19を発症した後に経験する長期的な症状を指す。咳、頭痛、不眠症、痛み、疲労などが症状である。WHOは、「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に罹患した人にみられ、少なくとも2ヶ月以上持続し、他の疾患による症状として説明がつかないもの」と定義している。

(注2)P値:統計学において確率を表す。比較するグループでの差が、偶然生じるのかもしくはそうではないかを表すもの。一般的にP値が0.05を下回っている時には、偶然ではなく意味があるとされる。

(注3)前向き検証研究:これから生じる現象を観察して検証する研究方法を前向き研究という。一方、過去や現在の現象を遡って検証する研究方法を後ろ向き研究という。前向き研究では、結果がわかっていないためより信頼性のある結果が得られるとされている。


研究分野

研究成果・実績
このページの先頭へ戻る