嗅神経回路の形成に必要な RNA 制御因⼦を発⾒! ~匂いの認識を担う遺伝⼦制御のしくみ~

2023年04月26日

概要

 新潟大学脳研究所動物資源開発研究分野の福田七穂准教授、小田佳奈子助教、笹岡俊邦教授、腫瘍病態学分野の武井延之准教授、および同大学大学院医歯学総合研究科機能制御学分野の福田智行准教授らの研究グループは、理化学研究所脳神経科学研究センターの吉原良浩チームリーダー、東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授、ニューヨーク大学アブダビ校/ストックホルム大学のPiergiorgio Percipalle博士、アメリカ国立衛生研究所のKevin Czaplinski博士との国際共同研究を行い、匂いの認識を担う嗅神経回路の形成にRNA結合タンパク質hnRNP A/Bが重要な役割を担うことを明らかにしました。複雑な構造を持つ神経細胞では、メッセンジャーRNA(mRNA)からタンパク質が合成される場所や時期が厳密に制御されています。本研究結果は、こうした制御に関わる因子を新たに同定し、神経回路の形成や感覚機能を担う遺伝子制御のしくみを明らかにした重要な成果といえます。

研究成果のポイント

・RNA結合タンパク質hnRNP A/Bは嗅神経細胞の形成期に多く存在する。

・hnRNP A/BはmRNAの特異的な配列を認識して結合し、軸索末端でmRNAからタンパク質が合成されるよう制御する。

・hnRNP A/Bによる遺伝子発現制御は、嗅神経回路の形成と匂いの認識に重要である。

Ⅰ.研究の背景

 私たちの遺伝情報は、DNAから写しとったmRNAの情報をもとにタンパク質が合成され、これらタンパク質が適切な場所ではたらくことにより、細胞の活動へと反映されます。タンパク質を細胞内に配置する方法は主に2つあり、多くのタンパク質は、転写されたmRNAから速やかに合成された後、適切な場所へと輸送されます。一方、特定のタンパク質は、mRNAが予め目的の場所に運ばれた後、適切な時期にはじめて合成されます。後者の制御は「局所翻訳」とよばれ、神経軸索のような核から遠く離れた場所で迅速に、かつ限られた場所でタンパク質を発現することを可能にします(図1)。局所翻訳は軸索の形成や維持などに重要であることが知られていますが、そのしくみや生物個体での役割については不明でした 。

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図1.局所翻訳は、目的のタンパク質を場所と時間特異的に発現させる

Ⅱ.研究の概要・成果

 本研究グループはこれまでに、マウスの精子細胞やグリア細胞等で局所翻訳の制御を受ける一群のmRNAに、RNA結合タンパク質hnRNP A/Bが結合することを見出し、解析を行ってきました(Raju et al., 2008, Fukuda et al., 2013)。この研究の過程で、hnRNP A/Bは軸索が活発に伸長する時期の嗅神経細胞で多く発現していることを発見しました。そこで、hnRNP A/Bが嗅神経回路の形成過程で重要な働きを担う可能性を考え、嗅神経細胞におけるhnRNP A/Bの機能を解析しました。

 まず、hnRNP A/B遺伝子欠損マウスの嗅覚組織を観察すると、成熟な嗅神経細胞の数が減少し、軸索の投射様式に乱れが生じていることが分かりました。また、行動解析実験において、匂いを検知して識別する能力の低下が見られました。これらのことから、hnRNP A/Bは正常な嗅神経回路を形成し、匂いを高精度に検知するうえで必要な因子であることが分かりました。
 次に、嗅神経細胞でhnRNP A/Bが結合するmRNAを探索した結果、hnRNP A/Bは軸索投射や神経成熟に関連するmRNA群、特にPcdhaやNcam2等の神経細胞接着因子をコードするmRNA群と結合していることが明らかになりました。これらの遺伝子の発現様式を解析すると、hnRNP A/B遺伝子欠損マウスでは、PcdhaとNcam2のタンパク質の発現レベルが、軸索末端で局所的に低下していました。
 遺伝子配列解析から、Pcdha mRNAの3'側非翻訳領域(3'-UTR)に、RTS(RNA trafficking sequence)と呼ばれるhnRNP A/Bの認識配列が見つかりました。そこで、Pcdha遺伝子の3'-UTRからRTSを含む領域を欠失させたマウスをCRISPR/Cas9を用いて作製し、解析しました。その結果、Pcdha-UTR欠失マウスでは、嗅神経細胞の細胞体側におけるPCDHAタンパク質の発現に変化は見られないものの、軸索末端におけるPCDHAタンパク質の発現に有意な低下が見られました。この発現様式は、hnRNP A/B欠損マウスにおけるPCDHAタンパク質の発現様式と類似します(図2)。以上から、hnRNP A/Bは認識配列RTSを介して神経回路形成に関わる因子のmRNAに結合し、軸索末端における局所的なタンパク質合成を促進することにより、嗅神経回路の形成と匂いの認識に寄与していることが示されました(図3)。

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図2.hnRNP A/B 標的遺伝子産物の軸索末端における発現様式


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図3.研究の概要 (論文より改変)

Ⅲ.今後の展開

 hnRNP A/BやRTSを含むmRNA群は、嗅神経細胞以外の細胞にも発現しています。また、hnRNP A/B遺伝子の変異は、神経発達障害との関連性が示唆されています。今後、局所翻訳におけるhnRNP A/Bの作用機序や、他の細胞におけるhnRNP A/Bの役割を解析することで、神経の発達や機能に関わる遺伝子制御の理解が深まると期待されます。

Ⅳ.研究成果の公表

 本研究成果は、2023 年 5 ⽉ 30 ⽇、科学誌「Cell Reports」に掲載される予定です。(オンライン版は2023年4⽉20⽇公開)

【論文タイトル】 Axonal mRNA binding of hnRNP A/B is crucial for axon targeting and maturation of olfactory sensory neurons
【著者】

Nanaho Fukuda, Tomoyuki Fukuda, Piergiorgio Percipalle, Kanako Oda, Nobuyuki Takei, Kevin Czaplinski, Kazushige Touhara, Yoshihiro Yoshihara and Toshikuni Sasaoka

【doi】 https://doi.org/10.1016/j.celrep.2023.112398

Ⅴ.謝辞

 本研究は、科研費 基盤(C)22K06895、19K07363、17K17884、武田科学振興財団医学系研究助成などの支援を受けて行われました。また、hnRNP A/B遺伝子欠損マウスの解析の一部は、福田七穂准教授の前所属先である奈良先端科学技術大学院大学(川市正史教授(当時)、石田靖雅准教授)で実施されました。最後に、新潟大学脳研究所動物資源開発研究分野の佐々木綾音研究補佐員及び全職員に感謝申し上げます。

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