リアルワールドにおける認知症の診断に最適な脳脊髄液バイオマーカーの組み合わせを明らかにしました

2023年03月31日

概要

 本研究所遺伝子機能解析学分野の春日健作博士(助教)と池内健博士(教授)は、国内の複数の施設から収集された558名の脳脊髄液を解析し、診断に最適なバイオマーカーの組み合わせを発表しました。さらに、最適化されたバイオマーカーの組み合わせをもちいて、リアルワールドにおけるアルツハイマー病の有病率を明らかにしました。
 本研究成果は、2023317日、Neurobiology of Aging 誌に電子公開されました。

研究成果のポイント

・認知症性疾患の中からアルツハイマー病を診断するために最適な脳脊髄液バイオマーカーの組み合わせを明らかにしました。

・脳内のアミロイドβ(Aβ)沈着を検出するマーカーとしては「Aβ42/Aβ40比」が「Aβ42」単独よりも優れること、ならびに神経変性を検出するマーカーとしては「ニューロフィラメント軽鎖」が「総タウ」よりも優れることを報告しました。

・日常診療においてアルツハイマー病と臨床診断された症例の4割弱は、脳脊髄液バイオマーカーの解析結果からアルツハイマー病以外の病態が原因であることが示されました。

Ⅰ.研究の背景

 アルツハイマー病は臨床的には緩徐に進行する物忘れを特徴とし、病理学的にはAβの沈着、タウの蓄積、神経細胞の減少(神経変性)を特徴とします。しかし、臨床症状と病理変化の一致率は高くないため、臨床症状からアルツハイマー病の病理変化を検出するには限界があるとされてきました。
 同グループはこれまでアルツハイマー病診断における脳脊髄液バイオマーカーの有用性を研究コホートにおいて示してきました。特にAβ沈着マーカーとして「Aβ42」、タウ蓄積マーカーとして「リン酸化タウ」、神経変性マーカーとして「総タウ」を、それぞれ評価することで生前に脳内の病態を詳細に把握できることを報告してきました(Kasuga K, et al. BMJ Neurol Open 2022)。
 また、これまでにAβ沈着マーカーとして「Aβ42」単独ではなくAβ40を参照としたAβ42の相対量(Aβ42/Aβ40比)の有用性、および神経変性マーカーとして従来からの「総タウ」に代わり「ニューロフィラメント軽鎖」の有用性がそれぞれ報告されていました。
 しかし、これまで本邦の実臨床においてこれらバイオマーカーの組み合わせによる診断への有用性に関する報告はありませんでした。本研究では国内の複数の施設で、診断目的に採取された558名の脳脊髄液を用いて、これらバイオマーカーのリアルワールドにおける有用性を検証しました。

Ⅱ.研究の概要・成果

 201310月から20226月までの期間に診断目的に採取された558名の脳脊髄液を、臨床診断から「アルツハイマー症候群」と「非アルツハイマー症候群」に分け、脳脊髄液中の「Aβ42」、「Aβ42/Aβ40比」、「リン酸化タウ」、「総タウ」、「ニューロフィラメント軽鎖」を測定し、比較・解析しました。
 Aβ沈着マーカーに関し、アルツハイマー症候群では「Aβ42」と「Aβ42/Aβ40比」の一致率が高い一方、非アルツハイマー症候群では「Aβ42」が異常値を示すものの「Aβ42/Aβ40比」は正常な「見かけ上のAβ沈着」を示す症例が約1/4も存在していました。
 神経変性マーカーに関しては、アルツハイマー症候群・非アルツハイマー症候群ともに、「総タウ」より「ニューロフィラメント軽鎖」の方が異常値を示す頻度が高く、「ニューロフィラメント軽鎖」は「神経変性」をより高い感度で検出するマーカーと考えられました。
 これらを組み合わせたところ、アルツハイマー症候群の約60%のみが生物学的アルツハイマー病と考えられ、残る40%弱は脳内の病態は非アルツハイマー病ながら臨床的にアルツハイマー症候群と誤診されていると考えられました。また非アルツハイマー症候群の1/4は生物学的アルツハイマー病と考えられ、非典型的アルツハイマー病もしくは非アルツハイマー病にアルツハイマー病が合併している症例が少なからず存在していることが示唆されました。

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Ⅲ.今後の展開

 脳脊髄液バイオマーカーを日常診療に活用することで、軽度認知障害~認知症の方の原因がアルツハイマー病か否かを正確に診断し、適切な治療につなげられると期待されます。今後はより簡便に採取できる血液をもちいたバイオマーカーによる診断法の開発が望まれます。

Ⅳ.研究成果の公表

【論文タイトル】 The Clinical Application of Optimized AT(N) Classification in Alzheimer's Clinical Syndrome (ACS) and non-ACS Conditions
【著者】 Kensaku Kasuga, Tamao Tsukie, Masataka Kikuchi, Takayoshi Tokutake, Kazuo Washiyama, Soichiro Shimizu, Hiroshi Yoshizawa, Yasuko Kuroha, Ryuji Yajima, Hiroshi Mori, Yasuaki Arakawa, Kiyoshi Onda, Akinori Miyashita, Osamu Onodera, Takeshi Iwatsubo, the Japanese Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative, Takeshi Ikeuchi.
【doi】 10.1016/j.neurobiolaging.2023.03.007

用語解説

(*1)アルツハイマー病:アルツハイマー病は認知症の原因として最も多い疾患で、脳内のAβとリン酸化タウの蓄積、および神経細胞の消失に特徴づけられます。アルツハイマー病は、認知正常ながらすでに脳内にAβが沈着している状態にはじまり、徐々にリン酸化タウの蓄積をともない、病理変化の進行とともに軽度認知障害を経て認知症に至ると考えられています。
(*2)バイオマーカー:体内の変化や病態の程度を指し示す物差しのことで、脳脊髄液内の「Aβ42」および「Aβ42/Aβ40比」は脳内のAβ沈着、「リン酸化タウ」はタウ蓄積、「総タウ」と「ニューロフィラメント軽鎖」は神経細胞の減少(神経変性)をそれぞれ反映すると考えられています。
(*3)生物学的アルツハイマー病:臨床症状の内容・程度によらず、バイオマーカーの観点から脳内のAβ沈着とタウ蓄積を認める症例を生物学的アルツハイマー病と呼びます。脳脊髄液バイオマーカーをもちいると、「Aβ42」もしくは「Aβ42/Aβ40比」が異常を示し、かつ「リン酸化タウ」も異常を示す場合、生物学的アルツハイマー病と診断します。
(*4)アルツハイマー症候群臨床的に、緩徐に進行する健忘症状(あるいは他の認知障害)を呈し、かつ血管性認知障害、レビー小体型認知症、前頭側頭葉型認知症などが除外された軽度認知障害~認知症を包括した呼称です。従来、アルツハイマー型認知症あるいはアルツハイマー病による軽度認知障害と臨床診断された症例において、脳内病理がアルツハイマー病ではない症例も含まれていることが明らかとなり、生物学的アルツハイマー病と区別する目的でアルツハイマー症候群という呼称が提唱されました。

研究分野

研究成果・実績
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