小児悪性脳腫瘍(髄芽腫)において化学療法の効果を高める遺伝子を特定 -SLFN11(※1)を軸とした新規治療戦略の創生へ-

2022年11月04日

概要

 新潟大学脳研究所脳神経外科分野の棗田学助教、藤井幸彦教授らの研究グループは、同研究所病理学分野の柿田明美教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の村井純子特任准教授、Johns Hopkins大学病理学分野の中田聡医師、Charles Eberhart教授らとの多施設共同研究を実施し、小児悪性脳腫瘍である髄芽腫に対する化学療法の効果を高める遺伝子としてSLFN11Schlafen 11、シュラーフェン11)を特定しました。
 小児悪性脳腫瘍の最も多くを占める髄芽腫は、遺伝子変異の特徴などで 4 つのサブグループ(WNT群、 SHH群、Group 3 Group 4)に分類されています。Group 3 Group 4は化学療法の効果が低い一方で、WNT群とSHH群の一部は化学療法の効果が高く、予後良好であることが知られていましたが、その原因は不明でした。本研究では、患者サンプルやデータベース解析の結果から、WNT群とSHH群の一部でSLFN 11が高発現していることを突き止め、さらにSLFN11がシスプラチンなどの化学療法の効果を増大させることを実証しました。さらには、SLFN11の発現が低く、シスプラチンに抵抗性を示す場合に、SLFN11の発現を上昇させる薬剤と併用することで、シスプラチン抵抗性を打破できることを実証しました。本研究結果から、髄芽腫においてSLFN11の発現を評価することで、治療効果や予後予測が可能となること、さらにSLFN11を軸とした新規治療戦略の創生が期待できます。

研究成果のポイント

  • 小児悪性脳腫瘍である髄芽腫において、SLFN11の高発現が強力な予後良好規定因子であることを発見しました。 
  • 髄芽腫のサブグループの中で、WNT群のほぼ全例とSHH群の一部の症例でSLFN11が高発現しており、予後の良好さと相関することを示しました。
  • SLFN11の発現制御に関わる、プロモーターのメチル化領域を特定しました。
  • メチル化を解除する薬剤によって、SLFN11の発現を高めて、シスプラチン抵抗性の髄芽腫細胞を感受性に(効きやすく)することに成功しました。

Ⅰ.研究の背景

 髄芽腫は小児に多い悪性脳腫瘍であり、小脳から発生し、浸潤性(※2)に増殖し、髄膜播種(※3)をおこしやすい性質を持ち、世界保健機構(WHO)脳腫瘍病理分類ではグレード4と最も悪性度が高い脳腫瘍と定義されています。従来は極めて予後不良でしたが、近年、全脳全脊髄照射およびDNA障害型抗がん剤(※4)であるシスプラチンを含む多剤大量化学療法を行う治療法が確立し、5年生存率(※5)が8割を超えるようになり、治療成績は飛躍的に向上しています。新潟大学医歯学総合病院でも、手術を行う脳神経外科、病理診断を行う脳研究所病理学分野、放射線治療を行う放射線治療科、化学療法を行う小児腫瘍科で協力し、治療に当たっています。
 また網羅的遺伝子解析により、髄芽腫は分子学的にWNT群、SHH群、Group 3Group 44群に分けられることが判明しました。WNT群が最も予後良好であり、5年生存率は95%以上とされています。続いてSHH群、Group 4Group 3の順に予後不良とされていますが、なぜ、治療反応性に差がでるのかは解明されていません。
 本研究グループは、髄芽腫の予後を最も左右する因子として、またシスプラチンなどの化学療法の効果を飛躍的に高める因子としてSLFN11を同定しました。

Ⅱ.研究の概要・成果

研究成果発表_脳研脳神経外科_図_221101.jpg

 まず、はじめに髄芽腫の公開データベースを解析し、2万以上の遺伝子よりSLFN11は予後との相関がとても強い(上位1%)ことが解りました。続いて、高発現、中発現、低発現の3群に分けますと、今まで報告されている髄芽腫の予後因子34因子の中で、SLFN11で最も良く予後の3群が分かれることが解りました。次に髄芽腫の分子分類の4群でSLFN11mRNA発現を比較しますと、最も予後良好であるWNT群の多くの症例でSLFN11は高発現し、2番目に予後良好であるSHH群の一部の症例がSLFN11高発現、予後不良であるGroup 3 Group 4ではSLFN11が低発現であることが解りました(図1)。さらにWNT25例、SHH27例を含む合計98例の髄芽腫でSLFN11蛋白発現を免疫染色で評価したところ、mRNA発現と同様にWNT群およびSHH群の一部の症例で強く染色されましたが、Group3およびGroup 4の症例は殆どがSLFN11陰性でした。
 次に髄芽腫細胞株を用いてSLFN11発現およびシスプラチンに対する感受性を検証しました。SLFN11を発現する髄芽腫細胞株(SLFN11+)株)でSLFN11をノックアウト(※6)すると、シスプラチンに対する感受性が低下しました(図2左上)。反対に、SLFN11を発現しない髄芽腫細胞株(SLFN11-)株)でSLFN11を過剰発現させるとシスプラチンに対する感受性は上昇しました(図2右上)。さらに、本研究グループはSLFN11の発現はエピゲノム(※7)によって調整されており、SLFN11-)株にHDAC阻害剤を投与するとSLFN11発現を上昇させ(図2左下)、シスプラチンとの相乗効果(※8)を示すことを突き止めました。また、マウス頭蓋内移植モデルにおいても、SLFN11過剰発現細胞株ではSLFN11-)株と比べてシスプラチンへの感受性が高いことを証明しました(図2右下)。画像2.jpg

Ⅲ.今後の展開

 本研究の結果は髄芽腫の実臨床において大きなインパクトがあると考えます。まず、個々の症例でSLFN11の発現を免疫染色で評価することで、化学療法に対する感受性を術後早期に予測することができます。例えば、SLFN11発現の高い髄芽腫症例では、シスプラチンを含む化学療法の感受性が高いと予想できます。現在、標準リスクの髄芽腫に対する標準治療は、全脳全脊髄照射24グレイとされています。24グレイの放射線量を18グレイほどに減量することで、下垂体ホルモン異常(低身長、甲状腺機能低下症)や高次機能障害などの放射線治療による晩期障害の影響を最小限にとどめることができると期待されていますが、今のところ、放射線量を減少させることで残念ながら再発率が高くなることが知られています。しかしながら、本研究によってSLFN11発現が高く、化学療法に感受性の高いことが期待される症例に限っては放射線量を下げられる可能性が示されました。また、本研究の結果から、SLFN11の発現が低く予後不良のGroup 3等の症例では、通常の化学療法にHDAC阻害剤を追加することで予後を改善させることが期待されます。実臨床への貢献のために、今後、前向きな臨床試験を組んでの検証が必要だと考えています。

Ⅳ.研究成果の公表

 本研究成果は、20221023日、科学雑誌Neuro-Oncology誌(IF=13.0、腫瘍学で24/369誌中)に掲載されました。

【論文タイトル】 Epigenetic upregulation of Schlafen11 renders WNT- and SHH- activated medulloblastomas sensitive to cisplatin
【著者】 Satoshi Nakata, Junko Murai, Masayasu Okada, Haruhiko Takahashi, Tyler H. Findlay, Kristen Malebranche, Akhila Parthasarathy, Satoshi Miyashita, Ramil Gabdulkhaev, Ilan Benkimoun, Sabine Druillennec, Sara Chabi, Eleanor Hawkins, Hiroaki Miyahara, Kensuke Tateishi, Shinji Yamashita, Shiori Yamada, Taiki Saito, Jotaro On, Jun Watanabe, Yoshihiro Tsukamoto, Junichi Yoshimura, Makoto Oishi, Toshimichi Nakano , Masaru Imamura, Chihaya Imai, Tetsuya Yamamoto, Hideo Takeshima, Atsuo T. Sasaki, Fausto J Rodriguez, Sumihito Nobusawa, Pascale Varlet, Celio Pouponnot, Satoru Osuka, Yves Pommier, Akiyoshi Kakita, Yukihiko Fujii, Eric H. Raabe, Charles G Eberhart, and Manabu Natsumeda
【doi】 10.1093/neuonc/noac243

Ⅴ.謝辞

 本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業 国際共同研究強化(B)および基盤研究(C)、新潟大学脳研究所国際共同研究の支援を受けて行われました。

用語解説

1  SLFN11Schlafen 11、シュラーフェン11):
SLFNファミリーに属する遺伝子。2012年にシスプラチンなどのDNA障害型抗がん剤の感受性(効きやすさ)と発現の相関が報告されました。さまざまな分子細胞学的アプローチでもその重要性が実証されています。 

2 浸潤性:
腫瘍細胞が正常な脳に入り込み、広がる性質です。浸潤性の高い脳腫瘍の場合は手術だけでは抑え込めず、化学療法や放射線治療を行う必要があります。 

3 髄膜播種:
腫瘍細胞が脳脊髄液に混じり、脊髄や脳の他の箇所に病巣を作ることです。 

4 DNA障害型抗がん剤:
腫瘍細胞のDNAに傷をつけることで細胞死を促す抗がん剤です。シスプラチン、カルボプラチンなどの白金製剤に加え、PARP阻害剤等が該当します。 

5 5年生存率:
患者がある治療により5年間生存する割合のことです。

6 ノックアウト:
遺伝子組み換え技術を用いて遺伝子発現(この場合はSLFN11発現)を完全になくす方法です。 

7 エピゲノム:
DNAの塩基配列(ゲノム)を変えることなく、主に後天的に加えられた種々の修飾により遺伝子のはたらきを決めるしくみ、その情報の集まりを指します。髄芽腫ではSLFN11プロモーターのある特的の領域のメチル化がその発現を制御していること証明しました。 

8 相乗効果:
2つ以上の薬剤を投与されたときに,個々の作用よりもはるかに大きな作用を示す現象。

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研究分野

脳神経外科学分野
病理学分野
システム脳病態学分野上野研究室

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