脊髄損傷において皮質脊髄路の再編をうながす分子標的を解明

2021年12月08日

概要

 本研究所 システム脳病態学分野の 中村 由香 特任助手、上野 将紀 教授らは、Burke Neurological Instituteの 吉田 富 博士らとの共同研究により、脊髄損傷において、再生を阻害している分子群の制御によって、皮質脊髄路の再編を促進できることを明らかにしました。

 脊髄損傷は、皮質脊髄路(*1)など運動をになう神経回路をしばしば障害し、運動機能の低下をもたらします。運動機能を回復するには、障害された皮質脊髄路の再生や再編(*2)が必要ですが、通常、切断された神経の軸索は、脳・脊髄内で再生せず、治療へ向けた大きな壁となっています。軸索の再生が困難な理由として、軸索の周囲において伸長を阻害する分子や環境が存在するという外的要因と、神経細胞自身が軸索を伸長する能力を失っている、という内的要因がこれまで挙げられてきました。しかしこれらの要因を全て取り除くことで、実際どこまで再生や再編が進むのか、その有効性は試されていないのが現状でした。
 本研究グループは、外的・内的要因の双方を最大限取り除くことで、どこまで再生や再編を促せるのか、その実証を試みました。これまでの研究から、外的要因では、多様に存在する再生阻害分子が、最終的にsmall GTPaseであるRhoのシグナルを動かし軸索の伸長を阻害すること、内的要因では、軸索の伸長に重要なmTORシグナルをホスファターゼであるPtenが阻害していることがわかっていました。そこで、外的・内的要因を可能な限り取り除くため、RhoPtenをノックアウトする遺伝子改変マウスを6種類作製し、どこまで再生や再編を促進できるのか、という課題に取り組みました。神経トレーサー(*3)を用いて皮質脊髄路を可視化し、脊髄損傷後に切断された軸索の再生と再編を詳細に解析しました。まず、外的・内的要因のどちらかを取り除くと、内的要因を除去した場合、軸索の再生を促進できることがわかりました。しかしその再生は、損傷部を越えて元の姿に戻るには至りませんでした。また、外的・内的要因を同時に取り除いても、再生の相乗効果は認められませんでした。一方、この両要因を除去した場合には、損傷後に残存した皮質脊髄路において、大脳皮質、脊髄、筋肉をつなぐ代償性のネットワークが形成され、神経回路の再編が顕著に促進されることがわかりました。
 これらの結果から、外的・内的要因の分子制御は、運動回路を再建するための有用な標的となることが示されました。一方、本研究では、これまでに知られる再生の阻害要因を最大限除いたとしても、再生や運動機能を回復する効果は依然弱いという問題を提示しました。再生を促す環境を損傷部に作る、機能回復につながる適切な接続をもった回路網を作る、などさらなるアプローチの必要性を浮き彫りにし、細胞移植やリハビリテーションとの融合治療の検討が今後必要と考えられます。本成果で見出した分子シグナルの制御は、運動回路の修復と再建へ向け、重要な治療アプローチの1つをになうと期待されます。

 本研究成果は、「Journal of Neuroscience」誌に20211110日付で掲載されました。

211206._seika_pic.jpg

用語解説

(*1)皮質脊髄路:大脳皮質と脊髄をつなぐ神経回路であり、手足を意図して巧みに動作させる機能がある。

(*2)再生と再編:切断された神経軸索の末端から新たに軸索が伸びることを再生、障害後に残存した神経軸索が新たに枝を伸ばし、代償性の回路網を作り出すことを再編、という。

(*3)神経トレーサー:神経細胞に取り込まれ、細胞体、樹状突起や軸索を可視化できる物質

論文情報

【掲載誌】 Journal of Neuroscience
【論文タイトル】 Modulation of both intrinsic and extrinsic factors additively promotes rewiring of corticospinal circuits after spinal cord injury.
【著者】 Yuka Nakamura, *Masaki Ueno, Jesse K Niehaus, Richard A Lang, Yi Zheng, *Yutaka Yoshida

▶公開論文はこちら


研究分野

研究成果・実績
このページの先頭へ戻る