論文紹介-tPA治療の合併症の脳出血を抑制するVEGF抑制療法-

2011年02月15日

概要

脳梗塞に対する血栓溶解療法の合併症を抑制する新しい治療戦略についての論文です.第一著者で,現在,シアトルのワシントン大学に留学中の金澤 雅人 先生に論文について解説していただきました.どうぞご一読ください.

Inhibition of VEGF signaling pathway attenuates hemorrhage after tPA treatment.
Kanazawa M, Igarashi H, Kawamura K, Takahashi T, Kakita A, Takahashi H, Nakada T, Nishizawa M, Shimohata T.
J Cereb Blood Flow Metab. 2011 Feb 9. [Epub ahead of print]

脳梗塞に対する血栓溶解薬「組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t-PA)」は,発症から3~4.5時間までの静脈投与で極めて良好な効果が示されています.しかし,t-PAによる血栓溶解療法には問題点が存在します.虚血による血管内皮細胞・血液脳関門(BBB)の障害により,出血性梗塞を合併し,治療可能時間(therapeutic window)が3時間と極めて短いことがその一つにあります.このt-PAの欠点を補い,治療可能時間を延ばすことはt-PAによる血栓溶解療法の実施数を増加し,副作用である脳出血を起こす患者数の減少による予後の改善につながる可能性があります.我々は,血管内皮細胞・BBBの破綻に関与する可能性が示唆されている血管内皮細胞増殖因子VEGFを治療標的分子とし,VEGF阻害の効果を検証しました.

t-PAによる再還流に類似したモデルを使うため,ラットの自家血血栓による中大脳動脈閉塞モデルを用いました.脳梗塞1,4時間後にt-PAを投与する群と投与しない群に分けました.脳梗塞4時間後にt-PAを投与した群(t-PA4h群)は,出血を合併し,機能予後がtPAを脳梗塞1時間後に投与した群より有意に悪いことから,人の脳梗塞同様,脳梗塞後4時間はtherapeutic windowを超えていました.

免疫組織学的解析では,sham手術群で発現を認めなかったVEGFは,t-PA4h群でより強く脳梗塞周辺部に発現し,BBBを構成する血管内皮細胞,周皮細胞,星状細胞に一致していました.ウエスタンブロットでも分泌型VEGFがt-PA4h群で他群より有意に増加していました.VEGFシグナル下流に位置するマトリックスメタロプロテアーゼ‐9(MMP-9)もt-PA4h群で有意に増加し,BBB構成蛋白質の分解も有意に高度でした.VEGF中和抗体投与で,虚血後のVEGF増加,MMP-9の活性化,BBB構成蛋白質の分解は有意に抑制しました.さらに,脳出血の有意な抑制と機能予後を有意に改善させました.また,VEGF受容体リン酸化阻害剤の投与でも脳出血の有意な抑制と機能予後を改善させました.

以上の結果より,therapeutic windowを超えたt-PA投与による脳出血合併にVEGFが関与する可能性を示し,VEGF阻害によりt-PAのtherapeutic windowを延長するかもしれません.ただし,人の脳梗塞治療に応用するためには,さらなる解明が必要と考え,研究を継続しています.

研究分野

研究成果・実績
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