論文紹介;多系統萎縮症におけるCPAP療法の禁忌 ―floppy epiglottis(喉頭軟化症)―
2011年05月26日
概要
多系統萎縮症(MSA)の睡眠呼吸障害に一般的な治療として行われるCPAP療法の禁忌についての報告です.下畑享良先生に解説していただきました.
Shimohata T, Tomita M, Nakayama H, Aizawa N, Ozawa T, Nishizawa M. Floppy epiglottis as a contraindication of CPAP in patients with multiple system atrophy. Neurology. 2011 May 24;76(21):1841-2.
最も頻度の高い脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(MSA)では,高率に睡眠中の呼吸障害がみられます.その結果,夜間の低酸素血症を合併するような場合には,非侵襲的陽圧管理療法(CPAP)による無呼吸・低呼吸の治療が必要です.私ども新潟大学では,神経内科,呼吸器内科,耳鼻咽喉科,循環器科,摂食嚥下科がチームを作り,MSA症例の治療・ケアに取り組んでおります.研究の過程で,MSAの睡眠呼吸障害は,よく知られている声帯レベルの狭窄のみならず,舌・軟口蓋・喉頭蓋レベルにおける閉塞・狭窄によっても生じうることを報告してきました(Arch Neurol 2007).とくに喉頭蓋レベルの閉塞・狭窄はfloppy epiglottis(喉頭軟化症・ぐにゃぐにゃ喉頭蓋)と呼ばれています.喉頭蓋が吸気時に奥に引きこまれて気道を閉塞・狭窄させるため生じます.これは小児では先天的な軟骨の形成異常などで生じることが知られていますが,MSAにおける機序についてはよくわかっていません.われわれは成人型アレキサンダー病でfloppy epiglottisを来した症例を経験していますが(Mov Disord 2010),両者とも脳幹の萎縮を呈する疾患であり,脳幹の神経変性が関与しているものと考えられます.
さてこのfloppy epiglottisの臨床上の問題は,この合併をみとめた場合,CPAPを行っても大丈夫なのかということです.つまり,陽圧をかけて,さらに喉頭蓋が気道の奥に押し込まれ,窒息が起こらないかという心配です.われわれのチームはこの問題に取り組むため,睡眠呼吸障害を認める患者さんに対し,プロポフォール鎮静下での声帯や喉頭蓋の観察を行なってきました.実際にマスクをつけて陽圧をかけ,声帯や喉頭蓋にどのような変化が生じるかを確認しました.今回,17名の患者さん(probable MSAの診断)に関する検討をまとめNeurology誌に報告いたしました.
罹病期間は平均54ヶ月,重症度はUMSARSで平均43点(中等症が多い).病型は,14名が小脳型,3名がパーキンソン型でしたた.ポリグラフ検査では無呼吸・低呼吸指数は39.5と高く,16名に睡眠呼吸障害の合併を認めました.喉頭内視鏡では覚醒時には1名もfloppy epiglottisは見られませんでしたが,プロポフォール鎮静後に観察すると12名(71%)に軽度のfloppy epiglottisが出現しました(他の神経疾患・喉頭疾患でも多数の検査を行なっていますが,前述のアレキサンダー病を除き経験はありません).3名が重度(ほぼ気道を覆うタイプ),9名が軽度と分類されました.重度例では,CPAPによる陽圧で気道狭窄が明らかに改善したといえる症例はありません.9名の軽度例のうち,2名はCPAPにより喉頭蓋が奥に押し込まれてしまい,気道狭窄が悪化,酸素飽和度も低下しました.残り7名では気道狭窄は改善しました.軽度例のうち3名で検査の1年後に再検査を行ないましたが, 1名で重度化がみられました.
以上より,3点のことが分かりました.①MSA,とくにprobable MSAの診断がつく症例では,軽度のfloppy epiglottisは稀ではないこと,②floppy epiglottisは進行しうる病態であり,定期的な鎮静下喉頭内視鏡による観察が必要であること,③従来から有効と考えられ行われてきたCPAPが,floppy epiglottis合併例では,かえって睡眠呼吸障害を悪化しうること,です.③は特に重要で,MSAではCPAPを行っても経過中に突然死が生じうることを経験しており(J Neurol 2008),そのような症例の一部にはfloppy epiglottisによる窒息が含まれていた可能性もあるのかもしれません.今後,MSAの睡眠呼吸障害に対するCPAPは,耳鼻咽喉科医との連携の上,鎮静下の喉頭内視鏡検査を行い,floppy epiglottisの有無に注意しながら行う必要が示唆されました.