論文紹介;「眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発型失調症」の遺伝子型と臨床型の相関

2011年06月03日

概要

当科で原因遺伝子が発見された脊髄小脳変性症である「眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発型失調症(Early onset Ataxia with Ocular motor apraxia and Hypoalbuminemia:EAOH)」の遺伝子型と臨床型の相関についての報告です.横関明男先生による解説です.どうぞご一読ください.

Genotype-phenotype correlations in early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminaemia.
Yokoseki A, Ishihara T, Koyama A, Shiga A, Yamada M, Suzuki C, Sekijima Y, Maruta K, Tsuchiya M, Date H, Sato T, Tada M, Ikeuchi T, Tsuji S, Nishizawa M, Onodera O.
Brain. 2011 May;134(Pt 5):1387-99. Epub 2011 Apr 12.
PubMedへのリンク

今回,「眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発型失調症(Early onset Ataxia with Ocular motor apraxia and Hypoalbuminemia:EAOH)」の遺伝子型と臨床型の相関についての報告をしました.あまりなじみのない病気かと思いますが,本疾患の疾患概念の確立,原因遺伝子の発見,原因遺伝子の機能解析など多くの点で新潟大学脳研究所神経内科の諸先輩が関わってきた疾患ですので,それらの背景を説明させていただいた上で,今回の報告の概要を紹介させていただきます.

1.疾患概念の確立

EAOHは,常染色体劣性遺伝の脊髄小脳変性症です.世界的には,劣性遺伝の脊髄小脳変性症で最も頻度が高いのがFriedreich失調症です.Friedreich失調症は,Frataxinという遺伝子のGAAリピートの異常伸長により発症する疾患です.Friedreich失調症は,若年発症,深部感覚障害,末梢神経障害を伴う失調症で,本邦でも類似の表現形を示す疾患が報告されてきましたが,田中一先生(現信楽園病院)らの連鎖解析により本邦の症例はFrataxinと遺伝子座が異なること,遺伝子検査をした全症例(19例)でFrataxinのGAAリピートの異常伸長変異はないことを報告し,本邦で従来までFriedreich失調症と考えていた症例は,いずれもFriedreich失調症でないことが分かってきました.
本邦でFriedreich失調症と診断してきた症例は,Friedreich失調症の症状に加え低アルブミン血症,高コレステロール血症,四肢に浮腫を伴うなど身体症状が伴っておりました.そのため,当科ではこの疾患をEarly Onset Ataxia associated with Hypoalbuminemia:EOAHAと命名し,原因遺伝子の解析を進めました(小池亮子ら,神経内科,48:237-242,1998).

2.原因遺伝子の解明

 2001年,当時当科で研究されていた伊達英俊先生(現東京大学神経内科)らが原因遺伝子を同定しました.また原因遺伝子が同定されるまでEOAHAと異同が議論され,主に小児科領域で報告されていた眼球運動失行を伴う若年発症の失調症(Ataxia-oculomotor apraxia 1:AOA1)でも同遺伝子に異常があることが分かり,疾患名をEarly onset Ataxia with Ocular motor apraxia and Hypoalbuminemiaと命名しなおし,原因遺伝子をAprataxinとして報告しました(Date et al, Nat Genet,:29,184-188,2001).

3.Aprataxinの機能

 このAprataxinは,核内に局在する蛋白質であり,EAOHで認める疾患変異は非常に不安定であることが分かりました.またDNAの修復に関係する蛋白質と相互作用し(Sano et al, Ann Neurol,55: 241-249, 2004),主に1本鎖DNA損傷修復に役割を果たしていることも当科から報告しています(Takahashi et al,Nucleic Acids Res,35:3797-3809,2007).

4.今回の論文の概要

 当施設では,全国からAprataxinの遺伝子検索の依頼を受けてきました.その中でAprataxinの遺伝子変異を確認した39家系58人の患者さんの臨床症状と遺伝子変異の関係についてまとめました.変異の頻度は,c.689_690insT(cDNAの開始コドンATGのAを1としてかぞえ,689番目と690番目の塩基の間にTが挿入される変異を意味します)のホモ接合(2本の染色体のうち,両方とも変異が存在する)が29家系40人と最も頻度が高く,その他p.Pro206Leu(mRNAからアミノ酸に翻訳された時,アミノ基の末端のアミノ酸を1としてかぞえ,206番目のアミノ酸プロリン(Pro)がLeu(ロイシン)へ置換する変異),p.Val263Gly(263番目のアミノ酸バリン(Val)がグリシン(Gly)へ置換する変異)などが認められました..
 c.689_690insTの変異は,塩基が挿入されるため,挿入部位から翻訳されるアミノ酸が著しく変化し,かつ最終的には途中で未成熟終止コドンとなります.このような変異はフレームシフト変異と呼ばれます.一方,p.Pro206Leuやp.Val263Glyは蛋白質の中の1カ所のアミノ酸だけが変化する変異であり,ミスセンス変異と呼ばれます.今回の検討では,c.689_690insTのホモ接合を有する症例は,ミスセンス変異症例と比較して,より早期発症で,かつ臨床症状が重症になることが分かりました.また,c.689_690insT変異症例が重症となる理由として,変異蛋白質の不安定性のみならずこの変異はmRNAのレベルで分解されるためであることも分かりました.

5.本報告の意義

 EAOHのような頻度が極めて少ない疾患について,39家系58人という人数をまとめて解析できたということは,とても有意義であると考えています.またEAOHに関わるAprataxinは,1本鎖DNA損傷修復に関わる蛋白質であることから,Aprataxinの研究はEAOHの研究のみならず,他のDNA損傷に関わる神経変性疾患にまで研究成果を還元できる可能性があります.
 今回解析させていただいた症例の中には,当科初代教授である椿忠雄先生がご在職の昭和50年代に大学病院に検査入院された方が3名おられました.そのうち2名は原山尋実先生(現新潟県立がんセンター新潟病院)主治医でした.教授回診では,1名はFriedreich失調症の変異型,もう1名はataxia telangiectasia(劣性遺伝の神経,免疫,毛細管が障害される疾患)と診断でしたが,カルテには2名は同じ病気であると原山先生により記載されていました.当時の神経内科医の鋭い観察眼に尊敬の念を抱くと同時に昭和50年代のカルテの記載が30年以上経過した今日にも大きな影響を与えるという神経内科の醍醐味も感じることができました.
このような研究は,神経内科ならではと思いますし,当科の伝統があって可能であったと考えています.学生さんや若い先生方も興味のあるかたは是非参加いただければと思います.

研究分野

研究成果・実績
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