論文紹介;若年性パーキンソニズムにおける妊娠・出産の経験
2011年06月19日
概要
パーキンソン病患者さんの妊娠というまれな出来事に関するケースレポートです.当院産婦人科,西新潟中央病院神経内科と共同して作成いたしました.下畑享良先生に解説していただきました.
Takehiro Serikawa, Takayoshi Shimohata, Mami Akash, Akio Yokoseki, Miwa Tsuchiya, Arika Hasegawa, Kazufumi Haino, Ryoko Koike, Koichi Takakuwa, Keiko Tanaka, Kenichi Tanaka, Masatoyo Nishizawa.
Successful twin pregnancy in a patient with parkin-associated autosomal recessive juvenile parkinsonism
BMC Neurology 2011, 11:72
パーキンソン病は通常,中年以降に発症し,高齢ほど発症率・有病率が増加する疾患です.40歳以下で発症した場合を「若年性パーキンソニズム」と呼びますが,20歳代に発症することは稀です.よってパーキンソン病における妊娠・出産は珍しいことと考えられます.
一方,現在,判明している若年性パーキンソニズムの最も頻度の高い原因は,Parkinという蛋白質をコードするparkin遺伝子の突然変異によって生じます(PARK2と呼びます).通常のパーキンソン病と似て,筋強剛,寡動,安静時振戦を呈しますが,下肢にジストニアを認めたり,levodopa治療によりジスキネジアが生じやすいという特徴があります.常染色体劣性遺伝形式で,20歳未満で発症する若年性パーキンソニズムにおいて,parkin遺伝子の突然変異は約80%と高頻度に認められます.よってパーキンソン病患者さんが妊娠・出産するとすれば,PARK2である可能性が高いことになります.しかしながら,調べた範囲では遺伝子解析にてPARK2と診断された患者さんにおける妊娠・出産の報告はありません.よって,妊娠・出産時の治療をどのように行えば,母子ともに安全であるか十分に分かっていない現状です.
わたしどもはPARK2遺伝子変異を有する常染色体劣性遺伝性パーキンソン病患者さん(ARJP/PARK2)の妊娠・出産を経験しました.患者さんは20歳代後半の女性で,双胎妊娠でした(二重絨毛膜・二重羊膜双胎妊娠).妊娠前,不思議なことにパーキンソン症状は排卵と月経のあいだに増悪を認め,さらに妊娠後にも増悪がみられました.
治療としては,妊娠前はwearing offが強く,levodopa/carbidopa (450mg/day),エンタカポン(400mg/day),セレギリン (7.5mg/day),ロピニロール (1.5mg/day)による治療が行われていました.しかし,妊娠後の器官形成期においては,levodopa/carbidopaを除く抗パーキンソン剤を減量・中止しました.当然,これに伴いパーキンソン症状は増悪し,ADLも低下しましたが,この期間は入院しケアを行うことで対処しました.器官形成期後は十分量の抗パーキンソン剤を使用し,治療を行いました.幸い,元気な双子の男児が誕生し,2歳までの経過観察で精神・運動発達は良好です.授乳については母乳を介した抗パーキンソン剤が児に与える影響についてエビデンスが乏しく,人工乳を用いました.
今回の経験で,以下のことを学びました.
1) ARJP/PARK2のパーキンソン症状は,性ホルモンにより影響を受ける可能性があること.エストロゲンは基底核におけるドパミン神経伝達に影響を及ぼすことが知られており,このことが影響したのかもしれません.一方で,妊娠に伴う薬物代謝の変動が関与した可能性もあります.
2)児の奇形を防ぐためには計画妊娠を勧めたほうが望ましいこと.抗パーキンソン剤の児への影響は十分な情報がなく,比較的安全なlevodopa/carbidopaのみにより治療を行うことが望ましいと思われます.これに伴う症状の増悪に対しては,入院してのケアを行うなど,十分な身体的・精神的サポートを行う必要があります.
3)器官形成期以後,すなわち妊娠の継続,出産,育児においては,十分量の抗パーキンソン剤を使用し,対処していただく必要があります.
以上のように,ご本人と十分にコミュニケーションをとりながら,時期に応じた細やかな治療を行うことがとても大切であるものと考えられます.