難病「多発性硬化症・視神経脊髄炎」に生じる高次脳機能障害の発症の仕組みを解明
2012年09月28日
概要
難病「多発性硬化症・視神経脊髄炎」に生じる高次脳機能障害の発症の仕組みを解明
新潟大学脳研究所神経内科学分野の佐治越爾大学院生, 荒川武蔵 大学院生, 河内泉 病院講師ら神経免疫グループは, 視神経と脊髄に炎症を繰り返す難病である多発性硬化症 (multiplesclerosis; MS) と視神経脊髄炎 (neuromyelitis optica; NMO) に, 注意力低下をはじめとした高次脳機能障害を見出し, その特徴と発症の仕組みを解明しました。研究成果は臨床神経学分野で権威あるAnnals of Neurology誌のオンライン版に掲載されました。 MSとNMOは20〜40歳代に好発する神経難病であるため, 本研究で見出された注意力・判断力・記憶力の低下などの高次脳機能障害は,就学・就労・社会生活に影響を及ぼす場合があります。
まひ・痛み・視力低下などの身体機能障害だけではなく, 注意力を含めた高次脳機能を正確に評価し, 適切な治療法を早期に選択することにより, MSとNMOの患者さんと家族の生活の質が向上すると期待されます。 本研究は新潟大学脳研究所病理学分野, 医療情報部, 北海道大学と共同で行われました。
1. 研究の概要
MSとNMOは20〜40歳代の女性に好発する神経難病で, 日本には約1万4千人の患者さんがいます。
脊髄, 視神経, 大脳を含めた中枢神経に脱髄性の炎症を繰り返すために, 感覚障害・運動麻痺・視力低下などの神経症状を引き起こします。 最近, NMO患者さんには疾患特異的に,アクアポリン4水チャネル (aquaporin-4; AQP4) を標的とする自己抗体が認められることが明らかになり, これまではMSと診断されていた中から,NMOが分離されてきました。 MSに再発予防効果のあるインターフェロンベータ療法はNMOでは無効であること, NMO患者さんの血液だけにAQP4抗体が存在することから, MSとNMOは免疫病態や治療への反応性が異なる別の疾患と考えられます。
今回, 我々はMSとNMOの高次脳機能障害に着目しました。知的能力・注意力・判断力・記憶力・遂行機能などを高次脳機能といいますが,高次脳機能に問題が生じると, 物事に注意を向けられない, 集中できない, 計画を立てて行動することが難しい, 判断するのに時間がかかる, 仕事の効率が落ちる, 疲れやすいなどの症状が生じます。 障害が軽い場合には, 外からはわかりにくく, 周囲の理解が得られにくい「隠れた障害」ともいわれます。 MSとNMOは若年成人に多い神経難病であることから, MSとNMOの患者さんにとっては就労や就学に支障をきたすことがあります。
欧米で使用されている「Brief Repeatable Battery of Neuropsychological Tests in Multiple
Sclerosis (MSのための神経心理学的簡易反復検査)」の日本語版を用いて高次脳機能を解析すると, MSとNMOでは注意力を含めた高次脳機能が低下していました。 一方, 病理学的な解析からは, 大脳皮質に多くの脱髄病変を認めるMSとは対照的に, NMOの大脳皮質には脱髄はなく, AQP4水チャネル分子の異常と神経細胞の減少を認めました。 以上から, MSとNMOは異なる機序により大脳皮質病変が出現し, 高次脳機能変化を生じる可能性が示唆されました。 MSとNMOは, 再発を引き起こす免疫病態だけではなく, 神経を変性させる病態機序も異なる疾患であることが証明されました。
MSとNMOは若年成人で生活に支障をきたす神経難病の筆頭に挙げられています。 身体機能障害のみではなく, 高次脳機能に注目した今回の研究により, MSとNMOの患者さんが持つ「隠された」高次脳機能変化を客観的にアプローチすることが可能となりました。 身体機能障害と軽度の高次脳機能変化を早期から評価し, 適切な治療法を早期から選択することができれば, 高次脳機能と身体機能障害が重症化することを予防でき,患者さんと家族の生活の質が維持され, 就学や就労が可能になると期待されます。
2. 論文タイトルと著者
Etsuji Saji, Musashi Arakawa, Kaori Yanagawa, Yasuko Toyoshima, Akiko Yokoseki, Kouichirou Okamoto, Mika Otsuki, Kohei Akazawa, Akiyoshi Kakita, Hitoshi Takahashi, Masatoyo Nishizawa, and Izumi Kawachi. Cognitive impairment and cortical degeneration in neuromyelitis optica. Annals of Neurology. Accepted manuscript online: 8 AUG 2012. DOI: 10.1002/ana.23721.
図1 視神経脊髄炎と多発性硬化症では注意力低下をはじめとした高次脳機能が低下する

BRBN (多発性硬化症のための神経心理学的簡易反復検査の日本語版) を用いて高次脳機能を解析すると, 視神経脊髄炎と多発性硬化症では注意力をはじめとした高次脳機能が低下することを明らかにした
図2 視神経脊髄炎の大脳皮質ではアクアポリン4分子に異常がある

視神経脊髄炎では,大脳皮質第I層のアストロサイト (緑) ではアクアポリン4水チャネル (赤) が消失していること(矢頭),一方, 皮質第II層では保持されていること(矢印), を証明した