論文紹介:C9ORF72変異を有する本邦ALSの臨床・病理・遺伝学的検討
2012年12月11日
概要
当科の今野卓哉先生らがC9ORF72変異を有する家族性ALSについての検討を論文として報告いたしました.今野先生に解説していただきました.
ALSとFTDは,中核症状が異なる疾患でありながら両者の合併例が存在し,ともにTDP-43陽性の細胞質内封入体を認めることから,TDP-43プロテイノパチーとして同一スペクトラム上の疾患と考えられております.これまで,欧米人において家族性および孤発性のALSとFTDの両疾患が,ゲノムワイド関連解析から第9染色体短腕に連鎖することが分かっていました.昨年,この原因遺伝子としてC9ORF72遺伝子が同定され,同遺伝子の非翻訳領域にあるGGGGCCリピートの異常伸長が見出されました.C9ORF72変異の頻度は,欧米人の家族性ALSの約40%と最も高く,世界中で注目されております.ただし,非欧米人では同遺伝子変異の頻度は十分に検討されておりませでした.
そこで私たちは,当研究所に保存されている家族性ALS 58例,孤発性ALS 110例,正常コントロール 180例のゲノムDNAを用いて,本邦のALSにおけるC9ORF72変異の有無をスクリーニング致しました.結果は,家族性ALSで変異を有する症例を2例発見し,その頻度は3.4%でした.孤発性ALSと正常コントロールには変異はありませんでした.2例とも親の発症は明らかでなく,同胞にALSがありました.どちらも60歳代に,1例は手の脱力で,もう1例は構音障害で発症し,発症から3年以内に呼吸不全で亡くなりました.認知症の合併はありませんでした.病理学的検討を行った1例では,変性は上位・下位を含めて運動神経領域に限局し,残存神経細胞内にBunina小体とTDP-43陽性細胞質内封入体を認めました.欧米例と同様に,C9ORF72変異例の特徴とされる小脳顆粒細胞,海馬顆粒細胞および海馬CA4-2領域の錐体細胞にp62陽性,TDP-43陰性の細胞質内封入体を認めました.欧米例と異なり,本例ではTDP-43陽性封入体のほとんどがリン酸化TDP-43抗体では陰性でしたが,1例のみの検討でありこの意義については今後の検討が必要です.
欧米人では,C9ORF72遺伝子が位置する染色体領域に,20個の一塩基多型(single nucleotide polymorphism, SNP)からなる約140kbにわたるリスクハプロタイプの存在が知られており,このハプロタイプ上でC9ORF72遺伝子のリピート異常伸長が生じると考えられております.私たちが発見した2例について検討した結果,2例とも欧米人と同様のリスクハプロタイプを有していると推測されました.C9ORF72変異の頻度が日本人で欧米人より低いのは,ハプロタイプを構成するリスクアレルの保有率が欧米人より低いことによると考えられます.さらに,正常リピート群において,リスクハプロタイプのタグSNPであるrs3849942のAアレルを有すると,有意にリピート数が多い結果でした.このことから,リピートが伸びやすいハプロタイプが存在し,そのハプロタイプ上で新たにリピートの異常伸長が生じる可能性もあると考えられました.
C9ORF72変異は,FTDとALSの2つのTDP-43プロテイノパチーをつなげる鍵となる発見です.非翻訳領域の繰り返し配列の伸長が病態に関与し,TDP-43がRNA結合蛋白であることから,RNAとRNA結合蛋白の病態への寄与が推察されます.これを手掛かりに, TDP-43プロテイノパチーをきたす機序を解明し,その治療法を開発することが今後の課題です.
Konno T, Shiga A, Tsujino A, Sugai A, Kato T, Kanai K, Yokoseki A, Eguchi H, Kuwabara S, Nishizawa M, Takahashi H, Onodera O
Japanese amyotrophic lateral sclerosis patients with GGGGCC hexanucleotide repeat expansion in C9ORF72.
J Neurol Neurosurg Psychiatry Published Online First: 25 September 2012 doi:10.1136/jnnp-2012-302272