論文紹介:多系統萎縮症におけるグレリン分泌異常についての検討
2013年05月14日
概要
私たちは、多系統萎縮症(MSA)の患者さんで問題となる消化器症状の病態メカニズムを解明する研究を進めております。この度、MSAの消化器症状には、消化管ペプチドの一つである「グレリン」の分泌異常が関与することを明らかにしましたので、その論文をJournal of Neurologyに公表いたしました。この内容について小澤鉄太郎・講師が解説いたします。
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00415-013-6944-9
グレリンは、1999年に本邦で発見された成長ホルモン分泌促進作用を有する生体内ペプチドであり、成長ホルモン分泌放出促進因子受容体(growth hormone secretagogues receptor: GHSR)の内因性リガンドとして胃組織抽出物より発見されました。グレリンは、胃のX/A-like細胞と呼ばれる内分泌細胞で産生されるアミノ酸28個からなるペプチドであり、消化管内腔ではなく循環血液中に放出されます。GHSR を介した生理活性発現のためには、3番目のセリン残基が脂肪酸(n-オクタン酸)でアシル化修飾される必要があり、この形のグレリンを「アクティブグレリン」と呼ぶ場合があります。血液中のアクティブグレリンは、消化管の蠕動を促進することが知られており、この作用は迷走神経求心路--孤束核--視床下部--迷走神経背側核--迷走神経遠心路を介したものと想定されています。脂肪酸が解離したサブタイプはデスアシルグレリンと呼ばれ、この生理作用は十分に解明されていないものの、消化管蠕動を抑制するとの観察結果が示されています。MSAでは消化管蠕動低下に起因する消化器症状が問題となるため、グレリン分泌の動態について興味が持たれました。
私たちは30例のMSA患者さんを対象に、このグレリンの分泌機能について検討を行いました。他疾患ならびに正常コントロールとの比較検討を行うために24例の進行性核上性麻痺あるいは大脳皮質基底核変性症の患者さん、そして24例のコントロールを用いました。消化器症状の程度を定量的に評価するため、自覚症状を0〜7点で点数化する質問票「SCOPA-AUT 消化器領域」を用いました。早朝空腹時の血漿アクティブグレリンとデスアシルグレリンをELISAにて定量し、アクティブグレリン/総グレリン比(アクティブグレリン÷総グレリン×100)(%)を検討しました。その結果、アクティブグレリン/総グレリン比はMSA患者さんの群で明らかに低下しており、それは消化器症状の重症度と明らかに相関する結果となりました。すなわち、MSAでは、アクティブグレリン/総グレリン比の低下が目立つ患者さんほど、消化器症状の訴えが強いことが明らかとなりました。では、なぜMSA患者さんではグレリンの分泌異常が起こるのでしょうか?現時点ではそのメカニズムは不明です。しかし、グレリンの分泌調節は消化管のアセチルコリン神経が担っていること、そして、MSAでは消化管を支配するアセチルコリン神経の中枢である迷走神経核に、神経細胞脱落が起こることは明らかにされています。すなわち、MSAの消化管アセチルコリン神経障害とグレリン分泌異常が関連している可能性が示唆されます。今後は、MSAのグレリン分泌異常のメカニズムを解明し、さらにアクティブグレリンの分泌刺激あるいは補充療法を開発する必要があると考えます。