神経内科での脳梗塞に対する新規治療標的プログラニュリンに関する研究成果がBrain誌オンライン版に掲載されました
2015年04月16日
概要
金澤雅人助教の研究成果が Brain 誌に掲載されました.以下は著者からの解説です.
https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/result/docs/270402press.pdf
脳梗塞急性期の治療薬,組織プラスミノーゲンアクティベーター(tPA)は劇的な治療効果を期待できる一方で,その治療可能時間は発症から4.5時間までであり,全脳梗塞患者さんの5%しか使えません.これは,治療時間を超えて投与することで,出血合併症をきたしたり,tPA自体の神経毒性,炎症反応の惹起などにより,遅延した治療では治療効果が期待できないためです.すなわち,tPA治療の適応患者数を増やすためには,神経保護のみならず,炎症の抑制,血管保護を含む脳保護薬の開発がのぞまれます.
今回,我々は,多面的に作用する可能性のある分子として前頭側頭型認知症の原因遺伝子産物である成長因子プログラニュリン(PGRN)に注目しました.PGRNは,変性疾患で神経保護,創傷治癒の炎症抑制,血管新生に関わる可能性が示されており,脳梗塞治療標的になると仮説を立てました.
まずラットの一過性脳虚血モデルを用いて,PGRN蛋白発現量の解析を行ったところ,虚血再灌流後72時間でPGRNは顕著に増加し,主に虚血中心のミクログリア,虚血辺縁の生存神経細胞・血管内皮細胞に発現していました.
初代培養細胞に低酸素低糖条件(細胞の虚血実験)とすると神経細胞死が生じましたが,組み換えPGRN蛋白の投与で,神経細胞死は有意に抑制されました.私達は,過去に核蛋白TDP-43が虚血後に限定分解され,核から細胞質にも移行することで神経細胞死に関与することを報告していることから(J Neurochem 2011),TDP-43に注目し検討したところ,組み換えPGRN蛋白を投与することで,この虚血後のTDP-43の細胞質移行を抑制することが明らかになりました.またPGRNノックアウトマウス由来の初代ミクログリアでは,低酸素低糖条件後の抗炎症性サイトカインIL-10の発現が低下しており,IL-10を介して抗炎症作用をもたらすことが考えられました.一方,私達は,虚血後に血管内皮増殖因子(VEGF)が著増して,血管破綻に関与することも報告しておりますが(JCBFM2011),PGRNノックアウトマウスの虚血脳では,VEGF発現が野生型より高度であり,脳浮腫が有意に増加しておりました.つまりPGRNはVEGFの抑制を介して血管保護に関与する可能性が考えられました.
最後に,ラット脳塞栓モデルに対し,tPAとPGRNの静注を行いました.このモデルでは,発症直後にtPAを投与すると脳梗塞は縮小しますが,治療可能時間を超えて投与した場合は脳浮腫と脳出血を合併し,却って予後は増悪する,ヒトの脳梗塞の臨床に類似したモデルです.tPAと組み換えPGRN蛋白の併用は,偽薬群と比較し,脳出血量に加え,脳浮腫体積,梗塞体積を著明に減少させ,予後を改善しました.
本検討で,PGRNは,TDP-43,IL-10 ,VEGFを介して,神経保護,抗炎症作用,血管保護を呈し,脳保護的に作用する,従来にない脳梗塞治療薬となる可能性があることが示されました.今後,臨床における実用化を目指して,さらなる検討を進めます.