論文報告:糖尿病治療における低血糖脳症の動物モデル作成と治療薬開発
2015年07月13日
概要
池田哲彦先生の臨床研究の論文が PLosOne 誌に掲載されました.
https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/result/270618press.pdf
糖尿病は現在国内において710万人、全世界では3億8,670万人が苦しむ生活習慣病です。その治療は,食後の高い血糖値を下げることを目的として,インスリンの注射や血糖降下薬の内服により血糖値を下げます.しかし,これらが効きすぎると血糖値が下がりすぎる低血糖の状態になり,とくに血糖値が20mg/dl以下になると重篤な「低血糖脳症」を起こすことがあります.近年,この低血糖脳症が増加して大きな問題になっています.増加の理由として,糖尿病患者さん自体が増加していること(糖尿病患者数の0.3%、つまり国内では710万人のうち2万人が、全世界では3億8,670万人のうち116万人が低血糖のため受診),そして糖尿病患者さんの高齢化や一人暮らしの増加により,低血糖の症状に気が付かず,治療を受けず,また,発見されずに,重症化するケースが増えていることが挙げられます.糖は脳にとって,唯一のエネルギー源であるため,低血糖脳症は脳に深刻なダメージ(意識障害,運動麻痺,認知症)をもたらします.
以上より,低血糖脳症は稀ではなく,かつ糖尿病患者さんにとって,重度の脳障害や認知症の原因となりますが,ブドウ糖の注射を除くと,脳を守る治療薬は一切なく,治療薬開発が望まれています.しかし,治療薬開発を可能とする良い動物モデルがありませんでした.
今回,我々は,2010年から,動物モデルの開発に取り組みました.それまでの動物モデルは,低血糖による脳のダメージとともに呼吸が停止するため,人工呼吸器を使用していましたが,非常に難易度が高く,治療薬開発の障壁となっていました.最近では,呼吸器を使わない代わりに,脳波が平坦になる前に低血糖を終了するという,別の動物モデルが開発されてきましたが,平坦脳波の代わりなる低血糖のよい指標がないという欠点がありました.この二つのモデルの短所を補い長所を生かし,人工呼吸器を使用しないで,脳波をモニターしながら脳に安定したダメージを与えられる,より臨床に近い新たな動物モデルを開発しました.
さらにこのモデルを用いて,低血糖の治療として行うブドウ糖注射のあとに,脳内にアルデヒドのひとつの4HNEという物質が蓄積し,神経細胞を傷害すること,そしてその障害の程度は低血糖の時間が長いほど高度になることを見出しました(アルデヒドは,アルコールを飲んだあと作られ,二日酔いの原因になる物質です).このアルデヒドが神経細胞障害の原因となる可能性を考え,アルデヒドを分解する酵素を刺激する薬剤を,ブドウ糖と一緒に注射したところ,脳内のアルデヒドが減少し,さらに神経細胞の障害も抑制されました.以上より,脳内のアルデヒド4HNEは低血糖脳症の治療標的であること,アルデヒドの分解酵素を刺激する薬剤(ALDH2アゴニスト)は低血糖脳症の治療薬として有望であることがわかりました.
この薬剤(ALDH2アゴニスト)は,実用化されると低血糖脳症患者さんの一部の予後を改善する可能性があります.今回開発した動物モデルを用いて,さらに低血糖脳症の治療薬候補の同定を進め,最も効果が期待される治療薬について,必要とされる患者さんのもとにお届けできるよう,低血糖脳症の患者さんに対する治療の実用化を目指し,さらなる検討を進めます.