2026年8月26日公開
担当:加藤 泰介 先生
所属:分子神経疾患資源解析学分野

はじめに:「治せない病気」から「治せる病気」へ

 生まれつきDNAの一部に変化(変異)があることで発症する病気を「遺伝性疾患」と呼ぶ。これまで多くの遺伝性疾患は、症状を和らげる対症療法はあっても、原因そのものを取り除く根本治療は存在しなかった。

 しかし近年、DNAを直接書き換える「ゲノム編集」という技術が急速に進歩し、状況は大きく変わりつつある。2023年には、ゲノム編集を用いた治療薬が英国・米国で相次いで承認され、実際に患者さんへの投与が始まった (1)。これは、ゲノム編集が実験室の技術から、現実の医療へと一歩を踏み出した歴史的な出来事だった。本コラムでは、このゲノム編集治療が「今どこまで来ているのか」を、一般の方にも分かりやすくご紹介したい。

ゲノム編集ってどんな技術?――DNAの「はさみ」CRISPR-Cas9

 私たちの体の設計図であるDNAは、A・T・G・Cという4種類の文字(塩基)が約30億個も連なってできている。遺伝性疾患の多くは、この膨大な配列のうち、ほんの一か所が変化してしまうことで起こる。

 ゲノム編集は、この狙った一か所だけを正確に見つけ出し、切ったり書き換えたりする技術である。中でも代表的なのが「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」だ(2-4)。これは、目印となる短いRNA(ガイドRNA)が狙った遺伝子配列を探し当て、そこにハサミ役のタンパク質「Cas9」がくっついてDNAを切断する仕組みで、しばしば「分子のはさみ」に例えられる(図1)。この技術を開発した2人の研究者は、2020年にノーベル化学賞を受賞している。

図1|CRISPR-Cas9によるゲノム編集の仕組み

ガイドRNAが標的DNA配列を認識し、Cas9タンパク質がその部位を切断する。切断後、細胞自身のDNA修復の仕組みを利用して、病気の原因となる変異遺伝子からの毒性タンパク質の産生を抑制したり、あえて切らずに他の酵素を利用して変異遺伝子自体を書き換えたり、新しい遺伝子を導入することができる。

すでに患者に届いている治療――鎌状赤血球症の例

 ゲノム編集治療が最も進んでいるのが、血液の病気である。代表例が「鎌状赤血球症」だ。これは赤血球の形を作るヘモグロビンの遺伝子に変異があり、赤血球が三日月(鎌)のような形になって血管を詰まらせ、激しい痛みや臓器障害を繰り返す遺伝性疾患である。

 2023年に承認された治療薬「カスジェビィ」は、患者さん自身の血液幹細胞を体の外に取り出し、ゲノム編集によって別の遺伝子(BCL11A)を調整することで、本来なら胎児期にしか作られない「胎児ヘモグロビン」を再び作らせる。これにより異常なヘモグロビンの影響が薄まり、赤血球が変形しにくくなる。臨床試験では、多くの患者さんで1年以上にわたり症状発作が消失したと報告されている。

 このように、体の外で細胞を編集してから体内に戻す方法を「エクスビボ(ex vivo)- editing」と呼ぶ。一方、注射などで編集の道具を直接体内に送り込み、体の中でそのまま編集を行う方法は「インビボ(in vivo)-editing」と呼ばれ、肝臓の病気(遺伝性ATTRアミロイドーシスなど)を中心に開発が進んでいる(6)。

「脳」の守護者であり治療上の関門――血液脳関門を越えるドラッグデリバリー

 血液の病気や肝臓の病気に比べ、パーキンソン病関連遺伝子疾患やハンチントン病などの中枢神経系の遺伝性疾患は、ゲノム編集治療の実現がより難しいとされてきた。理由は、脳の血管には「血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)」という特別な関所があるためだ。BBBは、細菌やウイルス、有害物質から脳を守るバリアとして働く一方、治療に使いたい薬剤や編集の道具(酵素やRNA、それらを包む脂質の粒子など)も、サイズの大きな分子であるためほとんど通過できない(図2)。

図2|血液脳関門(BBB)を越えるドラッグデリバリーのイメージ

脳の毛細血管内皮細胞は隙間なく結合し血液脳関門(BBB)と呼ばれるバリアを形成しており、多くの薬剤は通過できない。近年は、脳の血管表面にある「輸送体」を利用して、薬剤を積んだ粒子を脳内へ運び込むドラッグデリバリー法(受容体介在型トランスサイトーシスなど)を利用した、「BBB透過型ウイルス」や「BBB透過型脂質ナノ粒子」が開発されている。これらの運び屋にはゲノム編集に必要な大きな構造体を詰め込むことが可能であり、かつ、これらの運び屋は細胞の中にこの構造体を導入する機能も担っている。

 この壁を越えるため、近年いくつかの新しい工夫が実用段階に近づいている。一つは、BBBの血管内皮細胞表面にある「トランスフェリン受容体」などの輸送タンパク質に結合する"鍵"を薬剤側に取り付け、脳血管内皮細胞に取り込ませてから脳側へ運び出す方法である。もう一つは、ゲノム編集の道具(ガイドRNAやCas9をコードする核酸)を、脳へ届きやすいよう設計した脂質ナノ粒子やウイルスベクターに包んで投与する方法だ。これらはまだ多くが臨床試験や前臨床研究の段階だが、実際に脳内で狙った遺伝子を編集できたとする報告が国内外で相次いでおり、将来的には、注射一本で中枢神経系の遺伝性疾患そのものを治療できる時代が視野に入りつつある(7-9)。

おわりに:期待と、これからの課題

 ゲノム編集治療は、これまで「付き合っていくしかない」とされてきた遺伝性疾患を、根本から治せる可能性を持つ技術である。血液の病気での成功を足がかりに、脳をはじめとする中枢神経系の疾患へと対象が広がりつつあることは、多くの患者さんとご家族にとって大きな希望といえる。

 一方で、狙った場所以外を誤って編集してしまう可能性(オフターゲット効果)や、治療費の高さ、長期的な安全性の確認など、解決すべき課題も残されている。私たち脳研究所でも、こうした最先端の技術動向を注視しながら、脳の遺伝性疾患の病態解明と新たな治療法の開発に取り組んでいきたい。

用語解説

  • CRISPR-Cas9:ガイドRNAが目印となり、Cas9酵素が狙ったDNA配列を切断するゲノム編集技術。
  • ex vivo編集/in vivo編集:体外に取り出した細胞を編集してから体に戻す方法/体内に直接編集の道具を投与する方法。
  • 血液脳関門(BBB):脳の毛細血管にある、脳を保護するためのバリア構造。

参考文献

  1. Frangoul H, et al. CRISPR-Cas9 Gene Editing for Sickle Cell Disease and β-Thalassemia. N Engl J Med. 2021.
  2. Cong L, et al. "Multiplex Genome Engineering Using CRISPR/Cas Systems." Science, 339(6121):819-823, 2013.
  3. Mali P, et al. "RNA-Guided Human Genome Engineering via Cas9." Science, 339(6121):823-826, 2013.
  4. Doudna JA, Charpentier E. "The new frontier of genome engineering with CRISPR-Cas9." Science, 346(6213):1258096, 2014.
  5. FDA News Release. FDA Approves First Gene Therapies to Treat Patients with Sickle Cell Disease. 2023.
  6. Gillmore JD, Gane E, Taubel J, et al. "CRISPR-Cas9 In Vivo Gene Editing for Transthyretin Amyloidosis." New England Journal of Medicine, 385:493-502, 2021.
  7. Wang C, Xue Y, Markovic T, Li H, Wang S, Zhong Y, et al.: Blood-brain-barrier-crossing lipid nanoparticles for mRNA delivery to the central nervous system. Nat Mater, 24(10):1653-1663 (2025). doi: 10.1038/s41563-024-02114-5.
  8. Huang Q, Chan KY, Lou S, et al.: An AAV capsid reprogrammed to bind human transferrin receptor mediates brain-wide gene delivery. Science, 384(6701):1220-1227 (2024). doi: 10.1126/science.adm8386.
  9. Pardridge WM. Blood-brain barrier drug delivery of therapeutic proteins. Expert Opin Drug Deliv. 2020.

研究分野

脳研コラム
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