2026年5月18日公開
担当:佐藤 大祐 先生
所属:細胞病態学分野
はじめに
私たちが細胞レベルや分子レベルで脳を研究しようとするとき、対象とする細胞や分子を検出する必要があります。病理組織のように固定された脳切片であればゴルジ染色で細胞に色を付けてその形態を記述したり、抗体染色することで特定の分子を可視化して、細胞ごとに異なる発現パターンを調べたり、細胞内の局在を観察することができます。ただ、このような手法は固定された標本でのみ有効な手法であり、生きている個体や細胞での挙動を検出できません。私たちの脳は何かを考えたり、新しいことを学習したりしており、細胞や分子はこのような動的な脳の活動を支えています。そのため、脳の活動に応じて細胞や分子の動態を知ることは、脳機能に果たす役割を調べる上で重要になります。生きた個体の中で細胞や分子を標識し、そのまま観察することが重要であり、非侵襲的にこれを可能にするのが蛍光タンパク質です1。
蛍光タンパク質の観察は現代の生命科学で極めて重要であり、いまなお進歩しています。蛍光タンパク質は励起波長や蛍光波長、量子収率など様々な蛍光特性があります2が、多くの蛍光タンパク質のユーザーはその波長と明るさの情報を利用して顕微鏡観察をしていると思います。このコラムでは蛍光特性のうち、蛍光寿命にフォーカスして紹介します。
蛍光寿命とは
蛍光タンパク質には少数のアミノ酸からなる発色団と呼ばれる構造があり、この発色団が光エネルギーを吸収することで励起状態に遷移します3。そして、そこからエネルギーを放出して基底状態に戻ります(図1)。このエネルギーは光子の形で放出され、それが蛍光と呼ばれています。この励起状態から基底状態に戻るまでは一瞬とはいえ、少し時間が必要とされます。この時間を蛍光寿命と呼び、蛍光タンパク質であれば数ナノ秒です4。私たちが蛍光顕微鏡を通して見ているものは、個々の蛍光タンパク質が励起されては基底状態に戻ることの繰り返しで放出され続ける光なのです。なお、蛍光タンパク質などに励起光を照射し続けると徐々に暗くなる現象を褪色と呼びますが、褪色は発色団の分解などによる不可逆的な変化です。これに対して、蛍光寿命は上述の通り、蛍光物質が励起されてから基底状態に戻る変化に必要とされる時間であり、異なる概念です。このことから分かるように、蛍光寿命は励起波長や蛍光波長とは独立した蛍光特性です。
蛍光波長によるイメージングでは、特定のフィルターを通過した蛍光の量を測定することで実施されます。蛍光寿命の測定では、蛍光波長のイメージングからさらなる工夫が必要です4。私たちのセットアップでは、まず光源としてパルスレーザーを使うこと。レーザーはフェムト秒レベルのパルス幅で発振され蛍光タンパク質の励起に必要とされる時間より桁違いに短く、一回のレーザー照射で蛍光タンパク質を同期的に励起することができます。これに加えて、光子を測定する光子計測ボードが必要です。この光子計測ボードによって、レーザー発振後に検出された光子数を高い時間解像度(100ピコ秒レベル)をもって計測します。
図1:ヤブロンスキー図
縦軸はエネルギーで、Sは基底状態、S*は励起状態を表す。図の簡素化のために一部の遷移過程は省略している。Bastiaens and Squire(1999)を改変。蛍光寿命を利用して分かること
医学生物学分野では、蛍光寿命を利用したセンサーが開発されています。ひとつはFRETセンサーです。ある蛍光タンパク質Aと別の蛍光タンパク質Bが十分に近接すると、フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)と呼ばれる現象が起きて、励起された蛍光タンパク質Aからエネルギーが蛍光タンパク質Bへと共鳴によって移動します(図1)。あるタンパク質のN末端側とC末端側にこれら蛍光タンパク質を付加したり、二種類のタンパク質にそれぞれの蛍光タンパク質を付加すると、FRETによってタンパク質の構造変化や二種類のタンパク質の結合などが可視化されます5。この技術で重要な点は、同様の現象を生化学的に調べようとすると細胞内のどこで、いつ、タンパク質の変化が起こったのか分からなくなってしまうのに対して、FRET現象を利用すると時空間的な解像度をもった解析が可能になります。このエネルギーの移動によって蛍光タンパク質Aの蛍光寿命は短くなり、FRETが起こっていることを蛍光寿命によって検出できます。樹状突起のスパインに人為的にグルタミン酸入力を与えるとそのスパインは大きくなる構造変化が起こりますが、この時の細胞内での酵素活性の変化を捉えることができます6-8(図2)。
このほかにも、蛍光寿命がpHに強く依存する蛍光タンパク質を利用したpHセンサー9; 10や、蛍光寿命によるカルシウムセンサー11; 12、さらには細胞周期を色で塗り分けるセンサーFUCCIを改変して蛍光寿命の違いで細胞周期を見分けるセンサー13など、様々なセンサーが開発されています。また、多様な蛍光寿命を利用することで、細胞内小器官を同時に識別する手法14-16も開発されています。
図2:FRETによる酵素活性の時空間的解析
グルタミン酸入力が引き起こすスパインにおけるCaMKIIαの活性をFRETプローブの蛍光寿命の変化を利用した測定(Jain et al., 2024)。蛍光寿命イメージングの限界
蛍光寿命イメージングは従来の蛍光強度のイメージングと比べると、光子数の正確な測定が重要になります。ノイズを極力減らすために、蛍光強度のイメージングと比べて撮影に時間を要します。また光子数の減衰を数学的にフィッティングすることで蛍光寿命が算出されますが、この計算にも時間がかかります。そのために蛍光寿命イメージングは素早く変化する現象には向いていません。
終わりに
従来の蛍光顕微鏡イメージングで取得されるシグナル強度の情報には、平面内の位置情報(xy)、深さ情報(z)からなる三次元情報に加えて、波長の情報(λ)、経時観察を行うと時間情報(t)が追加された5次元の情報でした。これに加えて、さらに蛍光寿命(τ)がデータとして追加されると画像データは最大でx、y、z、λ、t、τからなる6次元情報となり、飛躍的な情報量となります。蛍光寿命は肉眼では見えない情報のために想像しにくいですが、例えば同じ緑色の蛍光を発する複数の蛍光タンパク質であっても、蛍光寿命が異なれば区別することができます。波長だけでは同時に観察できる種類に限りがありますが、蛍光寿命という新たな次元が加わることで、同じ波長の中からさらに複数の観察対象を識別できるようになり、生体内の多様な現象をより統合的に捉えることが可能になります。蛍光寿命イメージングは、今後の生命科学研究のブレークスルーとなることでしょう。
参考文献
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