2025年5月29日公開
担当:菊地 正隆 先生
所属:遺伝子機能解析学分野

はじめに

 アルツハイマー病をはじめとする認知症はその名の通り認知機能や記憶が失われていく深刻な病気です。患者さんご本人はもちろん、ご家族にとっても精神的・経済的に大きな負担を伴います。認知症の最大の要因は老化です。認知症の発症率は年齢とともに増加していき、日本における発症率は65歳以上で12.3%、認知症の前段階である軽度認知障害を含めると実に27.8%に上ります(文献1)。

 この難治疾患に打ち勝つ手立てはないのでしょうか?認知症の要因は大きく環境的要因と遺伝的要因に分けることができます。このコラムでは、最新の研究知見を交えながら、認知症の発症に影響を与える要因について解説していきます。

環境的要因

 認知症の最大の要因である老化はまさに環境的要因の一つですが、時の流れは誰しも等しく訪れるため個人差はありません。また時間の流れを妨げることはできませんので、極論を言えばいずれ誰しもが認知症になるということなのかもしれません。認知症に"ならない"のではなく、いかにして認知症の発症を"遅らせるのか"を考えることが大事です。

 私たち一人ひとりの生活習慣には個人差があります。近年、環境的要因の改善によって認知症の発症リスクを下げることが注目されています。

 2024年に医学誌『Lancet』に掲載された提言では、認知症に関連する14の環境的要因が示されました(文献2)(表1)。この中には肥満や高血圧など成人病の常連とも言える項目に加え、社会的孤立や大気汚染なども含まれています。大事な点としてこれら環境的要因は年代によってリスクが異なるということです。例えば中年期の肥満はのちの認知症発症のリスクになりますが、高齢期での肥満は必ずしもリスクになるとは言えないようです。高齢期ではBMIが高いほうが認知症の罹患率が低くなるという、いわゆる「肥満のパラドックス」が観察されています(文献3)。その意味合いや因果関係まだ十分によくわかっていませんが、高齢期ではむしろ「食欲がある=健康の証」ということなのかもしれません。

 これら14項目の中には大気汚染のように改善のためには国レベルの政策を要する項目もありますが、多くの生活習慣の改善は個人レベルでも可能です。また地域コミュニティの活用など適度なコミュニケーションの維持を行うことで認知症の発症を遅らせることが期待できます。

表1:認知症の環境的要因(文献2の情報を元に作成)
遺伝的要因

 次に遺伝的要因についてみていきましょう。実はアルツハイマー病において遺伝的要因は発症リスクの約70%を占めると言われています(文献4)。なかでも重要な遺伝子としてAPOE遺伝子があり、この遺伝子にはε2,ε3,ε4という主に三つのバリアント(多型)が知られています。バリアントという言葉は専門的な用語ですが、ちょうどA型、B型といった血液型をイメージするとわかりやすいかと思います。血液型もABOという遺伝子のバリアントによって定義されています。APOE遺伝子のε4バリアントは特にアルツハイマー病の強力なリスクです。私たちのDNAは父親由来のDNAと母親由来のDNAがあり、それぞれから引き継いだAPOE遺伝子のバリアントがあります。日本人について調べた私達の研究では、頻度が高く一般的なε3を二つもつ人と比べて、ε4を一つもつ人はアルツハイマー病の発症リスクが3.83倍、さらにε4を二つもつ人では12.42倍でした(文献5)。そしてこのAPOEε4の効果は日本人だけでなくあらゆる国々で示されており、国や民族を通して普遍的な遺伝的リスクであると言えます。ただし、ε4をもっていても必ず発症するわけではありませんし、持っていなくても発症する人もいます。そのため、APOEのリスクは「決定的な因子」ではなく、「確率を高める因子」として捉えるのが正確です。

ポリジェニックリスクスコア

 APOE以外にも、アルツハイマー病に関わる遺伝的要因は数多くあります。様々な遺伝的バリアントを網羅的に調べるゲノムワイド関連解析を行ったところ、アルツハイマー病に関連する75個の遺伝的バリアントが明らかになっています(文献6)。しかし最も強力なバリアントはAPOEε4のみで、その他のバリアントの効果はいずれも小さかったことがわかりました。このように複数の小さな効果を示すバリアントが関連する疾患を多遺伝子疾患と呼びます。近年、単一の遺伝子だけではリスクを説明することができない多遺伝子疾患において、様々な遺伝子の情報をまとめることでリスクを説明しようとするポリジェニックリスクスコアが注目されています(図1)。

 例えば肥満に関するポリジェニックリスクスコアは、中高年において、スコアが高い群はスコアが低い群と比べ高度肥満のリスクが25倍高いことが報告されています(文献7)。また血圧に関する研究ではポリジェニックリスクスコアが極めて高い群は高血圧のリスクが2.3倍高くなるという報告もあります(文献8)。私達も日本人におけるアルツハイマー病のポリジェニックリスクスコアを調べたところ、スコアが高い群はスコアが低い群と比べてアルツハイマー病の発症リスクが2.2倍高いことがわかりました(文献9)。このように遺伝情報を利用することで疾患のリスクを定量的に評価できることがわかってきています。しかしこれらの情報は決定的な診断ツールではなく、あくまでも予測補助として活用することが大事だと考えられます。つまり「あなたは将来認知症になります」という断定ではなく、「他の人よりややリスクが高いので、早めの予防を心がけましょう」といった行動のきっかけになります。

図1:ポリジェニックリスクスコア
おわりに

 現在遺伝子検査を活用して、個人に適したより良い治療法を選択する「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」の取り組みが進んでいます。例えば、がんの分野では、腫瘍の遺伝子変異を調べ、治療方針を検討する「がん遺伝子パネル検査」が令和元年から日本においても保険適用されています。

 認知症においても、自身がどの程度遺伝的リスクをもっているのかを知ることができれば、生活習慣の改善や早期診断に向けた取り組みが可能になるかもしれません。ただし認知症は現在根本的な治療法が確立していない疾患です。そのため自身の遺伝的リスクを知ることが、精神的な不安につながる可能性もあります。また遺伝情報は親から子に伝わるためその扱いには今後一層議論が必要になるでしょう。

 ただもっと身近に自身の遺伝的リスクを知る方法があります。「家族歴」です。ご両親や祖父母、兄弟姉妹の中に認知症を患った人がいるかどうかを知ることで、ある程度の遺伝的リスクの傾向を把握することができます。実際、お盆や正月など親族が集まる場で「うちの家系は糖尿病が多いからアンタも今のうちに痩せておきなさい」とか「うちの家系には大腸ガンがいるからこまめにポリープをとっておきなさい」といった話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。こういった話題はまさしく遺伝的リスクの共有に他なりません。

 自身の遺伝的リスクについてご興味のある方々は、まずはご両親や親族の方々に家族歴を聞いてみるのはいかがでしょうか?思いがけない情報が得られるかもしれませんし、親族との会話のきっかけにもなります。得てして一定の年齢を超えた先輩方は喜々として自分の病歴を語ってくれる場合があります。そしてこのコラムを読み終えたら、気分転換に外へ出て、散歩などの軽い運動を取り入れてみましょう。それが、認知症予防への第一歩となるかもしれません。

参考文献

  1. 令和5年度老人保健事業推進費等補助金・認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究・報告書・研究代表者 九州大学 二宮利治
  2. G Livingston, J Huntley, KY Liu, et al., Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404(10452):572-628.
  3. M Kivimäki, R Luukkonen, GD Batty, et al., Body mass index and risk of dementia: Analysis of individual-level data from 1.3 million individuals. Alzheimers Dement. 2018;14(5):601-609.
  4. IK Karlsson, V Escott-Price, M Gatz, et al., Measuring heritable contributions to Alzheimer's disease: polygenic risk score analysis with twins. Brain Commun. 2022;4(1):fcab308.
  5. A Miyashita, A Obinata, N Hara et al., Association of rare APOE missense variants with Alzheimer's disease in the Japanese population. J. Alzheimer's Dis. 2025. (in press)
  6. C Bellenguez, F Küçükali, I E. Jansen, et al., New insights into the genetic etiology of Alzheimer's disease and related dementias. Nat Genet. 2022;54(4):412-436.
  7. AV Khera, M Chaffin, KH Wade, et al., Polygenic Prediction of Weight and Obesity Trajectories from Birth to Adulthood. Cell. 2019;177(3):587-596.e9.
  8. F Vaura, A Kauko, K Suvila, et al., Polygenic Risk Scores Predict Hypertension Onset and Cardiovascular Risk. Hypertension. 2021;77(4):1119-1127.
  9. M Kikuchi, A Miyashita, N Hara et al., Polygenic effects on the risk of Alzheimer's disease in the Japanese population. Alzheimers Res Ther. 2024;16(1):45.

研究分野

脳研コラム
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