2024年5月23日公開
担当:小倉良介先生
所属:脳神経外科学分野

はじめに

 三次元画像は、画像解析技術、三次元工学技術の進歩により視覚的な評価法として医療のさまざまな現場で活用されています。特に脳神経外科の領域では、複雑な解剖の知識と高度な立体感覚が必要なため、手術の前に精密な三次元画像を用いた手術シミュレーションを行っておくことで、手術の安全性と精度の向上に役立ちます。当教室では、三次元画像の視覚的な効果に加え、三次元工学を応用した実際に触れられる手術シミュレーションの研究に取り組んできました。三次元画像を3Dプリンターで出力し、リアルな3Dカラーモデルを作成し(図1)、実際の道具で模擬手術を行うことで手術の経験値を高めることができます。さらに、ハプティクスという力・振動・動きなどの情報を皮膚感覚としてフィードバックする技術を活用した実体感型手術シミュレーションを開発しました(図2)1,2。この技術を用いて、患者さんに最適な手術アプローチを検討し、念入りに手術準備を行うことで、手術の安全性と精度が高まるだけでなく、脳神経外科医の技術向上にもつながるものと考えます。今回は、三次元融合画像とハプティクスを活用した実体感型手術シミュレーションについてご紹介します。

実体感型手術シミュレーションについて

 病気の原因や、手術方法を検討するために受けていただいたCTやMRIなどの医用画像から、頭蓋骨、脳や神経、動脈・静脈など手術に必要な構造物を抽出して、1つの三次元画像に融合したものを三次元融合画像と呼んでいます(図3)。最近では自動抽出機能を備えた3次元画像解析ソフト(SYNAPSE VINCENT: FUJIFILMなど)が普及しており、短時間で作成できるようになりました。作成した3次元融合画像をSTL(Stereolithography)形式に変換し、ワークステーション上(FreeForm: Digital Factory corporation)で硬さや弾力の情報を付加することで、ハプティクスデバイスを用いて触覚を伴った操作を行うことこができるようになります。作成した三次元融合画像は、ワークステーション上で様々な角度から観察したり、骨を削ったり、脳を動かしたり、腫瘍を摘出したり自由に操作することができます。手術方法の確認だけでなく、実際の手術では決して見ることができない角度で観察したり、より低侵襲なアプローチを検討したりすることに役立ちます。

頭蓋底腫瘍

 脳実質の下面に隠れる頭蓋底部には、髄膜腫、神経鞘腫(聴神経腫瘍など)、頭蓋咽頭腫、脊索腫などの腫瘍性病変が発生します。年齢や病変の大きさや局在にもよりますが、いずれも治療の原則は手術による摘出です。複雑な形状の頭蓋骨底部と脳実質に囲まれた部分で、主要な脳血管や脳神経も橋渡ししていますので、手術難易度としては高い部類に入ります。良性の脳腫瘍が多いので初回手術で全摘出できれば根治となりますが、一方で高度の神経障害を残すような無理な手術は避けなくてはなりません。三次元融合画像を使って手術シミュレーションを行っておくことで、アプローチの選択や、摘出の限界などを理解することができます(図4)1, 2

神経血管減圧術

 神経血管圧迫症候群は、脳神経が血管により圧迫を受けることで発症します。片側の眼や口周囲の痙攣が出現する片側顔面痙攣や、顔面の片側に激しい痛みを引き起こす三叉神経痛が代表的です。三叉神経痛は痛みのために会話や食事も困難となる場合があり、日常生活に大きな支障をきたします。片側顔面痙攣は、痙攣の程度によって発作的に閉眼してしまい運転などの日常生活に影響することがあります。いずれの疾患も、開頭して神経を圧迫している血管を解除する微小血管減圧術を行うことで根治が得られます。三次元融合画像を使った手術シミュレーションを行うことは、脳神経と圧迫血管の関係を立体的に把握することができるだけでなく、開頭範囲や、小脳の牽引程度、血管の移動する方向や固定する位置などを事前に想定して手術に臨むことができ、良好な結果につながります(図5)3-5

脊髄脂肪腫

 生まれてくる過程で、背骨の真ん中が癒合できずに2つに分かれてしまう二分脊椎という病気があります。その一つである脊髄脂肪腫は、お尻の近く(仙骨部)で分離した背骨のすき間から入り込んだ脂肪の塊によって、脊髄が下方につなぎ止められてしまいます(脊髄係留)。脊髄係留があると、成長に伴って脊髄が強く引っ張られるようになり、下肢の筋力が低下したり、下肢の知覚障害や変形、膀胱直腸障害など様々な脊髄障害による症状が生じる恐れがあります。このような症状が出る可能性が高い場合には、係留を解除する手術を検討します。手術では、脊髄や神経を傷つけないようになるべく脂肪腫をとって、再び脊髄が係留されないようにしっかりと修復することが重要です。脊髄と脂肪の関係や、分離した背骨の状態は一人一人異なるため、手術シミュレーションを行うことで最善の手術を行うことができます(図6)6

まとめ

 上記疾患以外に、脳実質内にできる脳腫瘍(神経膠腫)では、血管や脳神経に加え、脳内を走行する神経線維を可視化し、三次元融合画像に統合することで、機能を温存しながら最大限の摘出することが可能になります。本研究は、患者さんの手術一つ一つを大切にし、その成功へ向けて最大限の努力をする考え方を基盤にしており、向上した手術技量や知識はさらに次の患者さんへとフィードバックされて行きます。手術のリスクを"ゼロ"にすることは不可能ですが、限りなく"ゼロ"にすることは可能です。1%の危険性を、0.1%、0.01%に低減するために手術支援技術の開発に努めてまいります。

引用

  1. Oishi M, Fukuda M, Yajima N, et al. Interactive presurgical simulation applying advanced 3D imaging and modeling techniques for skull base and deep tumors.J Neurosurg. 2013;119(1):94-105. doi:10.3171/2013.3.JNS121109
  2. Oishi M, Ogura R. No Shinkei Geka. 2024;52(2):279-288. doi:10.11477/mf.1436204912
  3. Oishi M, Fukuda M, Hiraishi T, Yajima N, Sato Y, Fujii Y. Interactive virtual simulation using a 3D computer graphics model for microvascular decompression surgery. J Neurosurg. 2012;117(3):555-565. doi:10.3171/2012.5.JNS112334
  4. Hiraishi T, Matsushima T, Kawashima M, et al. 3D Computer graphics simulation to obtain optimal surgical exposure during microvascular decompression of the glossopharyngeal nerve. Neurosurg Rev. 2013;36(4):629-635. doi:10.1007/s10143-013-0479-5
  5. Seto H, Ogura R, Hiraishi T, et al. Preoperative three-dimensional multifusion imaging aiding successful microvascular decompression of a cerebellopontine angle lipoma: associated hemifacial spasm. Illustrative case.J Neurosurg Case Lessons. 2023;5(12):CASE2318. Published 2023 Mar 20. doi:10.3171/CASE2318
  6. Ogura R, Fujiwara H, Natsumeda M, Hiraishi T, Sano M, Oishi M. Preoperative interactive virtual simulation applying three-dimensional multifusion images using a haptic device for lumbosacral lipoma. Childs Nerv Syst. 2024;40(4):1129-1136. doi:10.1007/s00381-023-06234-2

研究分野

脳研コラム
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