(2022年2月16日公開)
担当:棗田 学 先生
所属:脳神経外科学分野
はじめに
髄芽腫は小児に多い悪性脳腫瘍の代表であり、手術技術の進歩や全脳全脊髄照射および大量化学量による治療の進歩により、5年生存率が80%を超えました。しかし未だに治療が奏効しない症例があるなど、世界中で病態解明が研究されている疾患です。Taylor先生 (Toronto Sick Children病院) の提唱により、髄芽腫がWNT群、SHH群、Group 3群、Group 4群の4群に分子的に分類 (MAGIC分類) され、群別に病態の解明や最適治療が模索されるようになりました。WNT群が最も予後良好で、続いてSHH群、Group 4群、Group 3群の順に予後不良となることが解っていますが免疫染色で評価可能な簡便なバイオマーカーの開発が急務です。そこで我々は神経分化に関与するGLI3およびDNA障害型抗がん剤の感受性マーカーであるSLFN11に着目しました。
1.神経分化マーカーGLI3

図1 神経細胞の正常発達時 (A) および腫瘍形成時 (B) におけるGLI3の働き
GLI3はSHH経路の下流分子マーカーの一つであり、その主要な役割はサブタイプであるGLI1/2を抑制し、細胞分化を誘導することです(図1)。Taylor先生やJohns Hopkins大学Eberhart先生らとの共同研究で、多数の髄芽腫症例においてGLI3免疫染色を行いました。その結果、SHH群やWNT群では、Group 3群やGroup 4群と比べて有意にGLI3陽性例が多いことを見出しました。さらにSuva先生 (Massachusetts総合病院) と共同で、髄芽腫細胞のsingle cell RNA sequencingを行いました。組織学的にdesmoplastic/nodular typeの形態を示すSHH群は、結節内細胞 (nodular type) ではGLI3が高発現神経分化を示し、間質 (desmoplastic type) ではGLI1が高発現していること、さらにWNT群ではGLI1が全体的に抑制され、GLI3がびまん性に発現する結果として一部が神経分化することを見出しました (図3)。これらの結果は、免疫染色の結果を裏付けするものでありました。今回の研究よりWNT群やSHH群でGli3を発現し、腫瘍細胞が神経分化する結果、予後が良好になることを明らかにしました(文献1)。さらに、神経分化を示すGLI3陽性の髄芽腫は予後良好ですが、グリア分化を示すGLI3陽性例の予後は不良であり、国内多施設共同研究の結果、神経分化へ誘導するスイッチとしてTop2βを見出しました(文献2)。
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2.DNA障害型抗がん剤感受性マーカーSLFN11

図4 SLFN11強制発現株によりシスプラチンへの
感受性増加
SLFN11は、様々な癌においてDNA障害型抗がん剤に対する感受性予測因子または治療標的として近年注目されており、脳腫瘍への応用も期待されます。GLI3の研究と同様に、SLFN11免疫染色およびデータベース解析の結果、予後良好といわれているWNT群およびSHH群の一部でSLFN11が高発現していましたが、Group3/4の症例はSLFN低発現でありました。さらに髄芽腫細胞株でSLFN11を強制発現させたり、CRISPR/Cas9システムを用いてSLFN11ノックアウトを行ったりする事でシスプラチンへの感受性を顕著に変化させられることが解かりました(図4)。近々、これらのデータを論文発表予定です。
おわりに
髄芽腫の分子分類は予後を反映しますが、煩雑であり、より簡便な予後バイオマーカーの確立が待望されます。我々は予後良好であるWNT群、SHH群に高発現を示す2つのバイオマーカーに着目し、免疫染色法による評価法を確立しました。これらの研究は国内外の多施設との共同研究により可能となった研究です。
参考文献
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Natsumeda M, Miyahara H, Yoshimura J, Nakata S, Nozawa T, Ito J, Kanemaru Y, Watanabe J, Tsukamoto Y, Okada M, Oishi M, Hirato J, Wataya T, Ahsan S, Tateishi K, Yamamoto T, Rodriguez FJ, Takahashi H, Hovestadt V, Suva ML, Taylor MD, Eberhart CG, Fujii Y, Kakita A (2021). GLI3 is associated with neuronal differentiation in SHH-activated and WNT-activated medulloblastoma. J Neuropathol Exp Neurol, 80(2):129-136.
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Miyahara H, Natsumeda M, Kanemura Y, Yamasaki K, Riku Y, Akagi A, Oohashi W, Shofuda T, Yoshioka E, Sato Y, Taga T, Naruke Y, Ando R, Hasegawa D, Yoshida M, Sakaida T, Okada N, Watanabe H, Ozeki M, Arakawa Y, Yoshimura J, Fujii Y, Suenobu S, Ihara K, Hara J, Kakita A, Yoshida M, Iwasaki Y. Topoisomerase IIβ immunoreactivity (IR) co-localizes with neuronal marker-IR but not glial fibrillary acidic protein-IR in GLI3-positive medulloblastomas: an immunohistochemical analysis of 124 medulloblastomas from the Japan Children's Cancer Group. Brain Tumor Pathol, 49(3):527-534, 2021.