(2021年11月1日公開)

担当:北浦 弘樹 先生
所属:病理学分野

はじめに  

 「てんかん」について皆様どのようなイメージをお持ちでしょうか?「急に意識を失って倒れ、全身を痙攣させる」といったイメージが強いかもしれません。それも間違いではありませんが、発作型のひとつです。数秒間意識が飛ぶだけで周囲からは「ぼーっとした様に見える」という発作や、突然動作を停止して口をモグモグさせるといった発作などもあり、人によって多彩な症状を示します。そのため、てんかんと気づかれていない患者さんもおられ、日本では少なくとも120万人、100人に1人はてんかんを患っていると推定される、決して珍しくはない病気の一つです。また、生まれつきの病気と限ったものでもなく、高齢になってから発症する方や、外傷や腫瘍を患ったことをきっかけに発症することもあるなど、誰にでも起こりうる病気のひとつでもあります。
 多くのてんかん患者の方には抗てんかん薬が効き、薬を服用したり日常生活に気をつけたりすることでうまく発作をコントロールすることができます。しかし、一部には現在の薬では発作を完全にコントロールすることができないという方もおられます。その様な方で、発作が常に始まる脳の場所(発作焦点)が明確に同定できる場合には、手術でその焦点部位を切除することによりうまく発作を抑制し得るということも知られています。

 切除された焦点組織を顕微鏡で見てみると、意味深そうな通常見られない異型細胞が出現していたり、組織全体の構築が様々な程度に乱れていたりとその病理組織像もまた実に多彩です。つまり、「てんかん」というのは単一の疾患ではなく、そこには多様性が存在しています。こうした病理学的多様性を踏まえたてんかん研究は、病気の理解と治療法の開発のために極めて重要なことなのですが、動物モデルでは困難なことでもあります。そこで私たちは、脳神経外科学分野や西新潟中央病院と共同研究により、てんかん患者さんから切除された実際の焦点組織から神経活動記録を取り、何が原因で異常な活動が起こっているのかを調べています。

生体外 (ex vivo) でのてんかん神経活動記録

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図1 実験の流れ
臨床で脳波解析を行ったうえで切除された脳組織は、直ちに人工脳脊髄液中に入れて
酸素でバブリングする。
実験室で組織を生かしたまま生スライス標本を作製して、生体外で神経活動を記録する。
記録後の組織は病理学的解析を行い、形態と機能の両面からてんかん原性に迫る。

 手術で切除された脳組織を、脳の中をできる限り再現した環境下においてやると、半日程度なら生存することができます。さらには、そうした組織片でもてんかん様の異常な神経活動を発作的に起こすため、その始まり方や広がり方を詳細に画像的に解析することもできます(図1)。また、開発中の薬を含めて、様々な薬剤を灌流することで、その効果を調べることもできます。私たちはこれまでに発生異常や様々な腫瘍、あるいは大脳新皮質や海馬の焦点など多くの病態を解析し、それぞれの病態で異なった、まさに多様なてんかんメカニズムが存在していることを見出しました1-6)。

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図2 外科病理標本を用いたてんかん神経活動のイメージングの例(結節性硬化症)
A. 臨床的な脳波解析の結果、結節周辺部において発作開始領域 (Sz onset)が同定された。
B,C. Sz onset には異型細胞の出現を認めないものの (B)、結節内 (Tuber)の病変には通常みられないような異型細胞が存在する (C)。
D. 組織でのイメージング実験では、臨床的知見と一致して、周辺領域より自発興奮が生じ、結節に向かって流れ込む様子が確認された。

病理組織学的解析と機能解析の融合が意味すること

 このことは、病理組織学的所見によっててんかんが発生するメカニズムが異なっていることを意味します。現在までに、動物実験などの基礎実験から多くのてんかん原性仮説が提唱されています。脳には数種類の神経細胞、神経細胞の活動を支えるグリア細胞があり、それぞれに対していくつもの仮説が提示されているので、全部で20種類ほどのてんかん原性仮説が存在することになります。  

 では、真理は1つであって、最終的にはどれか一つに絞られるのでしょうか?私たちはそうは考えていません。これまでの経験から、いずれの仮説も状況によっては正しい、すなわち、一つの病態の中にも複数の仮説が相乗りしうると思っています。そして、どの仮説をチョイスして、どのような優先順位でてんかん原性が組み立てられるかということは、病理組織学的所見によって決定づけられると考えています。このことを明らかにしていくには、臨床・病理・生理の研究がしっかりと噛み合っていることが重要であり、まさに新潟大学脳研究所の利点を生かした研究ではないかと考えています。

参考文献

1. Epilepsy Res. 176; in press,2021.
2. eBioMedicine. 29; 38-46, 2018.
3. Epilepsia. 58(4); e59-e63, 2017.
4. Neuropathology. 33(4); 469-74, 2013.
5. Epilepsia. 53(7); e127-31, 2012.
6. Neuroimage. 58(1); 50-9, 2011.

研究分野

脳研コラム
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