(2021年3月19日公開)

担当分野:分子神経疾患資源解析学分野

担当:上村 昌寛 先生
所属:脳神経内科学分野

脳卒中と遺伝子研究について

脳卒中の問題点

 脳卒中とは脳血管が詰まる、または破裂することにより脳に障害を起こす疾患です。代表的な症状としては、突然生じる言語の障害や手足の麻痺症状などが知られています。脳卒中は日本人の死亡原因としては4位に位置します(平成30年 我が国の人口動態より)。加えて、介護の原因においては、日常生活の全般に介護を要する要介護5となる原因疾患別で1位を占めます(平成28年 国民生活基礎調査より)。さらに、脳卒中により死を免れたとしても、その後の生活において麻痺などの後遺症や再発の不安が伴います。また、認知症やうつ病、肺炎、てんかんなどの諸問題に悩まされることがあります。そのために、脳卒中は急性期の治療だけでなく、stroke survivorの生活をどのように支えていくかがとても大切な課題です。

 これらの脳卒中の課題は世界中が直面しております。最近の報告では、世界全体で4人に1人が脳卒中に罹患すると推計されています。1我が国でも脳卒中は国民の生命及び健康に対する重大な問題であるという認識のもと、201812月に対策基本法が交付されております(健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法*1)。

 さて、脳卒中は原因となる疾患がとても多いことから、原因別に治療法が異なります。脳卒中の中で、最も頻度が高いのが脳梗塞です。脳梗塞には一般的に3つの病型があります。1つ目は心原性脳梗塞といって、心房細動という不整脈など心臓に原因がある場合、2つ目はアテローム血栓性脳梗塞といって脳血管が狭くなったり詰まったりして生じる場合、3つ目はラクナ梗塞といって脳血管の細い血管の問題で生じます。

 上述したようにアテローム血栓性脳梗塞は血管が狭くなったり、詰まったりする疾患です。アテローム硬化性変化は頸部の動脈や脳血管など様々な部位で生じることが知られていますが、民族毎に狭窄を呈しやすい血管の部位が異なるのでないかと言われています。例えば、無症状の頭蓋内血管狭窄病変の頻度はスペインでは8.6%、本邦では25%と報告されています2。このように我々、日本人を含む東アジア人は白人と比較すると頭蓋内血管の狭窄や閉塞を呈しやすく、何らかの遺伝的背景の違いが脳血管の異常に関連しているのでないかと推察されています。

RNF213遺伝子多型と脳血管の異常

 東アジア人で認められる脳血管の異常を来す病気として「もやもや病(指定難病22)」が知られています。これは脳血管撮影をすると煙のように「もやもや」とした所見が認められることから命名されました。もやもや病は別名をウィリス動脈輪閉塞症といい両側の内頚動脈に強い狭窄や閉塞を来す病気で(図1)、2103._column.pic_1.jpgその原因については明らかになっていません。もやもや病は比較的稀な疾患で、10万人あたり3~10.5人程度の有病率と報告されています*2。もやもや病は15%程度で家族性を認めることから、何らかの遺伝子異常が関係しているのでないかと考えられていました。そこで、もやもや病の患者さんを対象とした詳細な解析が行われ、ring finger protein 213 (RNF213)遺伝子の多型p.Arg4810Lysともやもや病が強く関連していることが明らかとなりました3 4。この遺伝子多型p.Arg4810Lysは比較的頻度の高い変異であり、日本人においては339万人ほどが保有していると推計されています。そして、この変異の保因者の300人に1人の割合でもやもや病を発症していると考えられています5

 最近、このもやもや病の感受性遺伝子RNF213 p.Arg4810Lys多型がもやもや病ではない頭蓋内血管狭窄や閉塞症例でも高頻度に認められることが明らかとなってきました6 7。つまり、このRNF213 p.Arg4810Lys多型はもやもや病だけでなく、アテローム血栓性脳梗塞の重要な感受性遺伝子であることが分かってきました8。このように稀な疾患と関わりの深い遺伝子変異が、実は、より一般的な疾患とも関連していることが分かることは大変重要な意味を持ちます。稀な疾患だけでなく、より一般的な疾患の理解も、1つの遺伝子を軸に深まることになります。

遺伝子情報と治療に伴った合併症との関連性

 慢性骨髄性白血病の治療薬でチロシンキナーゼ阻害薬(Tyrosine kinase inhibitor: TKI)という薬剤が知られています。このTKIは慢性骨髄性白血病の治療薬として大変優れていますが、全身の動脈硬化症を引き起こすという副作用が知られています92103._column.pic_2.jpg我々は、TKI治療中に脳血管狭窄や閉塞を呈した症例の画像所見とRNF213遺伝子解析を通じて、RNF213 p.Arg4810Lys変異の有無で罹患血管が異なることを報告しました(図2)10。発生学的な違いに着目し、RNF213 p.Arg4810Lys陽性症例では原始内頸動脈系の血管に異常が生じやすいのでないかと考察しております。なお、少数の報告のために、RNF213 p.Arg4810Lys多型の有無とTKI治療における脳血管狭窄や閉塞の生じやすさについては検討できませんでした。

 他にも疾患との関連が知られている遺伝子多型が複数知られています。今後は、個人の遺伝子多型の違いを理解し、予想される合併症などに配慮しながら、各種治療を進めていくことが更に重要になっていくかもしれません。


参考資料や文献

*1 厚生労働省のホームページより

*2 難病情報センターホームページより(指定難病22

  1. Watkins DA, Johnson CO, Colquhoun SM, et al. Global, Regional, and National Burden of Rheumatic Heart Disease, 1990-2015. N Engl J Med 2017;377(8):713-22. doi: 10.1056/NEJMoa1603693 [published Online First: 2017/08/24]

  2. Shitara S, Fujiyoshi A, Hisamatsu T, et al. Intracranial Artery Stenosis and Its Association With Conventional Risk Factors in a General Population of Japanese Men. Stroke 2019;50(10):2967-69. doi: 10.1161/STROKEAHA.119.025964 [published Online First: 2019/07/23]

  3. Kamada F, Aoki Y, Narisawa A, et al. A genome-wide association study identifies RNF213 as the first Moyamoya disease gene. J Hum Genet 2011;56(1):34-40. doi: 10.1038/jhg.2010.132 [published Online First: 2010/11/05]

  4. Liu W, Morito D, Takashima S, et al. Identification of RNF213 as a susceptibility gene for moyamoya disease and its possible role in vascular development. PLoS One 2011;6(7):e22542. doi: 10.1371/journal.pone.0022542 [published Online First: 2011/07/30]

  5. Liu W, Hitomi T, Kobayashi H, et al. Distribution of moyamoya disease susceptibility polymorphism p.R4810K in RNF213 in East and Southeast Asian populations. Neurologia medico-chirurgica 2012;52(5):299-303. doi: 10.2176/nmc.52.299 [published Online First: 2012/06/13]

  6. Miyawaki S, Imai H, Shimizu M, et al. Genetic variant RNF213 c.14576G>A in various phenotypes of intracranial major artery stenosis/occlusion. Stroke 2013;44(10):2894-7. doi: 10.1161/STROKEAHA.113.002477 [published Online First: 2013/08/24]

  7. Kamimura T, Okazaki S, Morimoto T, et al. Prevalence of RNF213 p.R4810K Variant in Early-Onset Stroke With Intracranial Arterial Stenosis. Stroke 2019;50(6):1561-63. doi: 10.1161/STROKEAHA.118.024712 [published Online First: 2019/05/08]

  8. Okazaki S, Morimoto T, Kamatani Y, et al. Moyamoya Disease Susceptibility Variant RNF213 p.R4810K Increases the Risk of Ischemic Stroke Attributable to Large-Artery Atherosclerosis. Circulation 2019;139(2):295-98. doi: 10.1161/CIRCULATIONAHA.118.038439 [published Online First: 2019/01/08]

  9. Fujioka I, Takaku T, Iriyama N, et al. Features of vascular adverse events in Japanese patients with chronic myeloid leukemia treated with tyrosine kinase inhibitors: a retrospective study of the CML Cooperative Study Group database. Ann Hematol 2018;97(11):2081-88. doi: 10.1007/s00277-018-3412-8 [published Online First: 2018/06/28]

  10. Uemura M, Kanazawa M, Yamagishi T, et al. Role of RNF213 p.4810K variant in the development of intracranial arterial disease in patients treated with nilotinib. Journal of the neurological sciences 2020;408:116577. doi: 10.1016/j.jns.2019.116577 [published Online First: 2019/11/17]

研究分野

脳研コラム
このページの先頭へ戻る