(2016年5月19日公開)

担当:五十嵐博中先生
所属:統合脳機能研究センター
生体磁気共鳴学分野

はじめに

脳血管障害は国民の死亡原因の第3位を占め、毎年約12万人がこのために命を落としており1)、総患者数は約135万人とガンよりも多く、いわゆる「寝たきり」の原因の1位、約1/3を占める。その中で虚血性脳血管障害、即ち脳梗塞は75%を占める非常に頻度の高い疾患である。
1996年、この脳梗塞に対し、初めて機能予後を改善する急性期治療法が米国FDAの認可を受けた。発症3時間以内(現在は4時間半以内)の組織プラスミノーゲン・アクディベーター(t-PA)による血栓溶解療法である。日本においても米国に遅れる事10年で、t-PAは保険適応になっている。さらに、近年カテーテルによる血栓除去術も保険適応となり、虚血性脳血管障害の治療は新しい時代に入った。
その一方で、発症後極めて短時間でこれらによる血行再建が成されても、効果のない症例、更には重大なside effectである出血性梗塞を来たし、予後不良の転機を取る症例も数%に認められ、今後個々の症例についての急性期における血行動態をはじめとした病態診断が重要となると考えられる。

一方、わが国に臨床用MRが導入されて30年と少しになるが、この間のMR技術の進歩は留まるところを知らない。特に近年実用化されたMRI高速撮影法により、虚血性脳血管障害の急性期において多くの有益な情報が得られるようになった。

この総説では、最新のMR撮像法を用いることにより、虚血性脳血管障害の病態診断において、病態がどこまで"早く"、"詳しく"わかるかを述べて行きたい。
虚血性脳血管障害の急性期においてRIを用いたPET、SPECT等の血流画像を除けば、従来のCT、MRIのT2強調画像における脳虚血巣の描出には発症後数時間を要し、この時期には虚血巣の大部分が不可逆的変化に陥ってしまっていることより、救急医療の現場では直ちにPET、SPECTが施行出来る一部の施設を除いて長年、脳血管障害の可能性のある患者が搬入されると診察、救急処置の後にまずCTを施行し、明らかな病巣が存在しなければ脳梗塞と考え治療を行うという方法が主流であった。

しかし、近年拡散強調画像(Diffusion Weighted Image = DWI)、灌流画像(Perfusion Image = PI)を用いることにより発症数十分以内の超急性期に虚血巣を描出出来、個々の症例における詳細な病態の評価が可能になった。


拡散強調画像(DWI)
-神経救急に及ぼすインパクト-

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図1 DWIが脳梗塞の急性期診断に及ぼす効果
DWI撮像前での脳梗塞診断に関するsensitivity、supecificity、efficisencyはそれぞれ0.87, 0.85, 0.87であったのに対し、DWIを施行することによりsensitivity 0.99, specificity 0.98, efficiency 0.99とそれぞれが有意に上昇した。

DWI を用いることにより、虚血性脳血管障害発症直後より虚血病巣が高信号に描出されるようになった、このためDWIは"脳梗塞の心電図"と言われ、近年虚血性脳血管障害急性期の診断には欠かせないものとなって来ている。アメリカにおいてはDWIの普及によりインターンの脳梗塞診断率が大幅に改善したという報告も見られる2)。しかし、脳神経救急において専門医の脳梗塞診断にDWIがどのように寄与しているかを明らかにした報告は少ない。
そこで、著者は、DWIの急性期虚血性脳血管障害に対するsensitivity, specificityを検討し、撮影前の診断と比較することにより、DWIが脳梗塞急性期の診断率の向上に寄与しているか否かを検討した3)。

症例は神経内科救急外来に来院し、症状出現後12時間以内にDWIを施行した164例である。これらの症例におけるDWI虚血性脳血管障害に対するsensitivity, specificity, efficiencyを算出し、更にDWIを救急医療に加えることで診断率が向上するか否かを検討した。
まず、脳梗塞の診断について、臨床およびCT所見を用いた暫定診断、DWI所見を加えた場合の診断のsensitivity, specificity, efficiencyを算出、χ2乗検定で比較した。

163例中、最終的に脳梗塞であった症例は118例であった。DWIを従来の診断法に併せて用いることにより、救急外来に於ける脳梗塞診断率はsensitivity, specificity, efficiencyのいずれも有意に上昇した(図1)。

DWIにより脳梗塞と診断し得た症例で比較的高率だった例としては、めまいのみを神経兆候が明らかでなかった症例、パーキンソン病などの既存の神経疾患に脳梗塞を合併した症例などであった。逆に、脳梗塞と診断された症例においてDWI negativeであった症例は、全て発症早期の症例(前部循環4/84例、発症からの平均撮像時間1.6時間、後部循環3/39例、発症からの平均撮像時間4時間)であった。DWIの病巣描出率は発症3時間以内87%、3~6時間95%、6時間以降100%であった。
以上の結果より、DWIを神経救急に導入することによりinitial diagnosisにおける脳梗塞診断率は有意に上昇すると考えられた。


灌流画像(PI)
-急性期の脳血行動態を見る-

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図2 急性期におけるDWI、PIにて得られる一連の画像

さらに近年、MRIによる脳灌流状態の評価が可能になった。その撮影法は同一スライスのスキャンを1秒ごとに繰り返しながら造影剤をbolusし、脳組織およびinput functionの造影剤濃度を経時的に測定し、局所的脳血流量(regional cerebral blood flow = rCBF)、局所的脳血液量(regional cerebral blood volume = rCBV)、循環時間(mean transit time = MTT)を反映した画像を算出するdynamic perfusion MRI 4) (DPI、図2)と、脳組織に流入する血液そのものを磁場により標識することにより、造影剤を用いずにCBFを評価するarterial spin labeling法(ASL)の2つがある。どちらを用いても従来放射性同位元素を用いPET、SPECTにて撮影されていた情報をMRIを用いて比較的簡便に画像を得ることが可能となった5)。
現時点ではS/N比が比較的高くコントラストのつきやすいDPIが用いられることが多く、以下の章ではDWIとDPIの同時撮影で分かる病態について説明することとし、DPIをPIと略す。


DWIとPIで見えるもの
-Penumbraを見る-

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図3 中大脳動脈急性期のDWIとPI
急性期にはどちらもDPMRが認められるが、血行再建を行えなかった例は梗塞が拡大しているが、血行再建を行った例では梗塞拡大が抑制されている。

急性期の脳虚血組織において、血流再開による組織の可逆性を考えるにあたり、時間的な問題(組織を救い得る最大虚血時間=therapeutic time window)と共に、同一時間における空間的な問題を考えることが重要である。臨床における局所脳虚血においては通常、虚血程度の強い中心領域(core)の周囲に、虚血の程度のやや軽い、放置すると梗塞に陥るものの可逆性を持つ領域が存在する。

Astrupら 6)は脳血流の閾値において、神経細胞の電気的活動停止を示す領域とイオンチャンネルの活動停止によるanoxic depolarizationを示す領域の間を、神経機能は停止しているものの、可及的な血流再開により機能の回復が望める領域として"penumbra"と名付けた。現在ではこの言葉は当初より広義に"虚血により機能障害を呈しているものの血流再開により助けることの出来るischemic core周囲の領域"の意で用いられるようになった。
脳梗塞急性期においてはこの"penumbra"領域を救うことが治療の目的であり、このためには虚血に陥った組織の予後を急性期に予測する必要がある。

DWI、PIを用いることにより、この予後予測が可能になると考えられている。両者を同時に撮影した場合、DWIにて異常が見られず、DPIにて変化が描出される領域(diffusion-perfusion mismatch region 以下 DPMRと略す。)が撮影時点においていわゆるpenumbraを含んでいるのではないかと考えられている(図3 )。 

一般的に血行再建をなし得なければ、超急性期にDPMRが大きい症例ほど、DWIで当初描出された虚血病巣は亜急性期にかけて拡大すると考えられている。



血栓溶解療法
-Penumbraは救えるのか-

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図4 血栓溶解療法が梗塞巣拡大率に及ぼす影響
血行再建を施行した6例としなかった13例で梗塞の拡大率を比較した。明らかに血行再建群において、梗塞の拡大が阻止されているのがわかる。

では、血行再建によりMRIにて描出される梗塞巣の拡大は修飾されるのであろうか。
通常、超急性期にDWIにて描出される病巣はCBF mapにて見られる低灌流領域より狭く、図3で見られるようにDPMRを有する症例では血行再建を行わない場合、最終梗塞巣は急性期のDWI陽性病巣より拡大する。
図4に発症6時間以内の血行再建を行わなかった脳梗塞急性期例の搬入時のDWI病巣体積とfollow up MRIでの最終病巣体積の比を示すが、この結果から明らかに梗塞病巣は拡大しているのがわかる。
これに対して、右側に示した発症3時間以内に血行再建を成し得た症例では搬入時のDWI病巣体積は非血行再建群と差が無いにも関わらず、拡大率は有意に小さく、病巣の拡大が阻止されているのがわかる。すなわち血行再建を行うことにより広義のpenumbra領域が梗塞に陥るのを防ぐことが可能であると考えられた。


治療法決定 
-DWI、PIによりtherapeutic time windowの拡大を図れるか-

急性期治療法決定のために、DWI、PIが脳虚血病巣の予後予測が可能か、可能であれば血行再建の有無に応じて、どの画像が最も予後予測に優れるかを発症4時間以内の内頚動脈閉塞例で検討した。
超急性期内頚動脈系主幹部閉塞16例を、6時間以内に症状の明らかな軽快を見、閉塞血管の再開通が認められた9例(早期再開通群)と、症状の改善が見られなかった7例(早期非再開通群)に分け、initial DWI上、MCA灌流領域左右7ヶ所に対称にROIを設定、ADC・rCBF・rCBV・MTTの虚血側/非虚血側比を求めた。各々の領域について、follow up MRIにて梗塞に陥ったか否かで、予後を分類しROC解析によりAUC、univariate discriminant analysisにて各々のparameterの閾値と感度、特異度を求めた。

その結果、血行再建群ではADC対側比が最も予後予測に優れ、その閾値は0.89であった。このときの感度は95.3%、特異度は85.0%であった。非再建群ではrCBF対側比が最も予後予測に優れ、その閾値は0.65であった。このときの感度は90.9%、特異度は100.0 %であった。
つまり、超急性期内頚動脈主幹部閉塞症例ではADCが対側の90%以上の領域は血行再建により救済される可能性が高く、また血行再建を行わない場合、rCBFが66%以下の領域は梗塞に陥る可能性が高いと考えられた。


血行再建後の諸問題
-出血性梗塞の予測-

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図5 出血性梗塞とDWI 、PIパラメーター
HTを呈した群と呈さなかった群におけるPI低灌流病巣体積(VTTP)およびDWI陽性病巣体積(VADC)(A)、PI低灌流領域におけるMTT、CBF、CBVの対側比(B)、DWI陽性領域におけるCBF、CBV、ADCの対側比(C)の比較を示す。(* : p <0.05)

血行再建を踏まえたDWI、PI studyにおいて、病巣進展の予測とともに血行再建において最も問題となる出血性梗塞(hemorrhagic transformation、以下、HTと略す。)を予測することが可能か否かということは重要な問題である。
そこで、HTを生じた症例と生じなかった症例についてDWI、PIパラメーターに差異が見られるかを発症6時間以内のMCA主幹部閉塞例で検討した。

まず、PIにおける灌流低下領域とDWI陽性病巣の体積をHT(+)群とHT(-)群で比較すると、以前より報告されている 7)ようにADC低下領域の体積はHT(+)群で有意に大きかった。
しかし、個々の症例を見ると(図5-A)左にドットで示したように、HT群ではDWI陽性病巣体積のばらつきは大きく、いわゆる1/3rule(CT、あるいはDWIで中大脳動脈の1/3以上が虚血巣として描出されている場合は出血を起こし易いと考えられている。)やASPECT(中大脳動脈の各領域を10か所に分け、CT、DWIで病巣が認められないときを10点満点とし、各領域に虚血巣が描出される毎に1点を減ずる。) 7点以下の境界であるADC低下領域体積が70ml以上の症例では全例がHTを呈したが、それと同時にDWI陽性病巣の体積が小さいものでもHTをきたした症例が多数見られた。

そのような症例をDWI、PIを行った症例で解析するとperfusion 低下領域のCBV(図5-B)ないしはADC低下領域のCBF、CBV、ADC(図5-C)が有意に低いという結果であった。

即ち、急性期DWI、PI施行時において、DWI陽性病巣の大きいもの、ないしは局所的なCBV、CBFあるいはADC低下の強い症例ではHTを生じ易いと考えられた。


おわりに

MRIは脳卒中急性期において個々の症例の予後を完全に予測する"万能ツール"ではない。しかし、その所見の意味するところをしっかり解釈し、他の所見と併せることにより急性期における治療法選択の強い武器となる可能性を秘めている 。
虚血性脳血管障害急性期の血行再建の普及と共に、その適応選択に関して大きな力となると考えられる。



参考文献

1. 厚生労働省. "人口動態統計年報、死因順位(第5位まで)別にみた死亡数・死亡率(人口10万対)の年次推移". (http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii09/deth7.html)
(閲覧2016年5月16日)
2. Guadagno JV, Calautti C, Baron JC: Progress in imaging stroke: emerging clinical applications. Br Med Bull. 2003;65:145-157.
3. 五十嵐 博中:脳血管障害におけるtherapeutic decision making toolとしてのMRI 臨床神経 47;921-924:2007
4. Igarashi H, Hamamoto M, Yamaguchi H et al.: Cerebral blood flow index: dynamic perfusion MRI delivers a simple and good predictor for the outcome of acute-stage ischemic lesion. J Comput Assist Tomogr. 2003;27:874-881.
5. Okubo S, Igarashi H, Hamamoto M et al.: Linearity of CBF Data Derived from Dynamic Perfusion MRI on Acute Ischemic Stroke ―A Comparative Study with Tc99m-HMPAO SPECT― Jpn J Cereb Blood Flow and Metab 2005;17:103-110
6. Astrup J, Siesjö BK, Symon L. Threshold in cerebral ischemia: The ischemic penumbra. Stroke 1981;12:723-725
7. Selim M, Fink JN, Kumar S et al. Predictors of hemorrhagic transformation after intravenous recombinant tissue plasminogen activator: prognostic value of the initial apparent diffusion coefficient and diffusion-weighted lesion volume. Stroke. 2002;33:2047-2052

研究分野

脳研コラム
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