第46回夏期セミナーを終えて

1日目

7月28日(木)~7月30日(土)の3日間にわたり,第46回新潟神経学夏期セミナーが開催されました。1日目となる7月28日(木)の見学・体験実習コースでは,「脳活動の光学的イメージング(7/28)」に4名,「遺伝子改変動物作製の実際(7/27-28)」に2名,「神経細胞の培養と遺伝子導入(7/28)」に6名,「脳研レジデント(臨床)体験コース(7/28)」に13名の参加がありました。
参加者は主に全国から集まった医学部生や大学院生,若手研究者で,基礎神経科学の実験現場や脳研究所の臨床の実際を体験しました。

2日目

講演初日の7月29日(金)は午前中、はビッグデータと医療・医学に関するセッションを、午後は脳研からの発信ということで超域分野の新任の先生2名によるモデル生物を用いた脳研究のセッションを行いました。休憩後、今回の夏期セミナーの中心ともいえる中西重忠先生の特別講演が行われ、最後に脳研内部のポスター発表の予告編(?)ともいえるショートトークを行いました。各セッションの報告などを,以下に記します。

「ビッグデータの医療への応用と脳神経シミュレーション」と題したシンポジウムを企画いたしました。平日の午前中にも関わらず,非常に多くの聴衆にご参加いただき,この領域に対する関心の高さが伺われました。そして実際に,人工知能やコネクトーム研究は,これからの医学・脳科学を変えていくことを実感したシンポジウムとなりました。この領域で,日本で屈指と考えられる講師の先生方をお招きすることができました。

演題1.薬剤応答ネットワークの探索
東京大学医科学研究所附属 ヒトゲノム解析センター 宮野 悟 教授
スパコン京やIBMワトソンを使ったがん研究に,医療はここまで進歩したのかと,驚愕いたしました。治療標的を同定していくプロセスは従来の常識とは大きくかけ離れたものでした。セミナーの数日後には,宮野先生のご研究がマスコミでも大きく取り上げられ,日本中で話題になりました。

演題2.スパコンの上に小脳を作る
電気通信大学 山﨑 匡 先生
Pezy社が開発したスパコン「Shoubu菖蒲」が,Green500で3期連続の世界第1位を獲得しましたが,山崎先生はこのShoubu上に,ネコの小脳を実現しました。やはりマスメディアでも大きく取り上げられました。世界最大かつ最高速を実現した小脳モデルや,人間の小脳のリアルタイムシミュレーションの話には多くの人が興奮したようです。

演題3.脳タンパク質老化とマクロ神経回路破綻
名古屋大学脳とこころの研究センター 渡辺 宏久 特任教授
コネクトームとは,神経系内のニューロンや領野などの間の接続状態を表した神経回路の地図です。このなかで渡辺先生は最先端画像技術を用いて神経変性疾患,認知症のメカニズムを研究されています。変性と同時に,それを代償する脳の変化が起きているという最新知見に非常に驚かされました。

(文責:オーガナイザー 神経内科学分野 下畑 享良)

午後のセッションでは松井秀彰先生がゼブラフィッシュなどの小型魚類を用いた脳病態研究について自らの研究を最新のデータを交え紹介されました。ゼブラフィッシュはモデル生物としては比較的用いられる生物ではあるものの、「病態」に着目した研究は非常にユニークであり、おおいに聴衆の興味を引いていました。続いて杉江淳先生のお話はショウジョウバエを用いた研究で、この実験系のメリットを最大限活かし、前シナプス終末のactive zoneの可塑的な再編機構について緻密なデータを示して説得力がありました。

(文責:分子神経生物学分野 武井 延之)

中西重忠先生は平成27年の文化勲章受章者であり、極めて多忙な中、夏期セミナーの為に訪問いただきました。講演では大脳基底核の直接路と間接路の動機付けプロセスにおける役割分担について、最新のデータをお話いただきました。神経光遺伝学、シナプス改変遺伝学、薬理遺伝学など、多くの手法を駆使して、これでもかと言うくらい確実な結論を導いておられました。70才を越えられるお歳とは思えない迫力のある講演で感銘を受けました。これからも日本の神経科学の発展の為に,ご活躍を期待したいです。

(文責:所長 分子神経生物学分野 那波 宏之)

3日目

7月30日(3日目)には、脳研究所若手学術委員会主催のセッションとして「RNAと神経疾患」を実施しました。神経疾患研究においては、現在までに様々な原因遺伝子やその産物(タンパク質)が同定・解析されています。さらに、それらの中間に位置するRNAについても、多様な転写産物およびその修飾が、神経疾患の発症や病態において重要な役割を担うことが報告されています。そこで本セッションでは、脳研究所内外の5名の講師の皆様より、各種神経疾患の病態や発症メカニズムに関わるRNAの機能とその制御機構についてご講演いただきました。

座長の矢野真人先生(新潟大学・神経生物解剖学分野)からは、本セッションのoverviewを含め、RNA結合蛋白質の研究に必須であるHITS-CLIP法や先生の研究グループが開発された進化型CLIP法、それらの手法を用いたRNA結合タンパクの機能解析の実際を、ALSを中心にお話しいただきました。大阪大学・神経遺伝子学教室の河原行郎先生には、RNA編集による神経伝達の制御機構として、従来から知られているGluRや5HT受容体などの神経伝達物質受容体の機能調節に加えて、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出を制御するという新たな知見について、RNA編集の基本的知識を含めて解説いただきました。

午後のセッションは、本研究所の内田仁司先生(細胞神経生物)の「疼痛とRNA編集」、石原智彦先生(分子神経疾患資源解析)の「ALSとRNA代謝」に関する講演からスタートとなりました。内田先生は、RNA編集の観点から神経障害性疼痛の病態に関わる分子メカニズムを詳細に解析されています。石原先生は、ALSの原因蛋白質の一つであるTDP-43がRNA結合蛋白であることから、発現から翻訳までのRNA代謝という一連の機能とALSの病態に関してお話いただきました。九州大学・基盤幹細胞学分野の中島欽一先生には、神経新生を制御するエピジェネティック修飾、およびRett症候群の原因遺伝子MeCPの新規機能であるマイクロRNAの生成制御について、最新の研究成果と知見を講演いただきました。

本セッションは土曜日朝からの開催にもかかわらず、所内外から多くのご参加をいただきました。どの先生にもRNA研究の基礎的知識から最新の知見・研究成果までを丁寧に解説頂き、学生や教職員、基礎や臨床研究を問わず、非常に有意義なセミナーになったのではないかと思います。河原先生、中島先生、矢野先生をはじめとする講師の皆様、ご参加の皆様に厚く御礼申し上げます。

(文責:分子神経生物学分野 岩倉 百合子)

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