脳地図の発達とその障害
魚の小脳はヒトの小脳のようにしわや境目がなく、一見すると均一に見えます。魚の小脳の神経回路はヒトのそれとわずかな違いはあるものの、かなりの部分で類似しています。ここではゼブラフィッシュの小脳の遠心路をいくつかの方法で明らかにしました。さらに遊泳時や眼振時に特異的な神経活動をカルシウムイメージングで描出し、解剖学的な地図と神経活動の地図が対応することを示しました。光遺伝学を用いてそれらの部位の神経活動に介入すると、対応する行動の異常を来しました。これらの結果は2014年に理化学研究所の岡本
仁 先生の編集部コメントとともにPNASに掲載されました(Matsui et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2014)。

これらのことから魚の前庭小脳と脊髄小脳の機能地図を描くことに成功しましたが、それ以外にも未知の領域が存在します。ヒトにおいても前庭小脳と脊髄小脳は機能解析が進んできましたが、社会性などの高次機能に関する小脳の役割はまだまだ未解明の部分が多くあります。現在では魚やヒトの小脳、特に大脳と関わる部分がさまざまな発達障害と深く関連する可能性を検証するとともに、自閉症やADHDをより深く理解するための研究を進めています。
魚の自閉症
自閉症のような社会性の変化は、ひとに特有の障がいだと考えられがちです。しかし近年、動物モデルを用いた研究から、その起源や仕組みが進化的に保存された脳機能や感覚処理に深く関わっていることが分かってきました。私たちは、Angelman症候群や自閉症スペクトラム障害(ASD)に関連する遺伝子
UBE3A を欠損したゼブラフィッシュを用いて、社会行動がどのように環境要因によって左右されるかを調べました。
研究では、魚にとって不安を誘発する「白い発泡スチロール水槽」と、繁殖用水槽に似た安心できる「透明なアクリル水槽」を比較しました。その結果、UBE3A変異を持つ魚は発泡スチロール環境では仲間に近づかず社会性が低下しましたが、アクリル環境では社会的ふるまいが改善しました。さらに遺伝子発現解析や脳活動マッピングから、この社会性の低下は視覚情報の処理異常と不安の亢進に起因することが示されました。
この成果は、遺伝的素因をもつ個体の社会性は、環境によって大きく修飾されうることを明らかにしたものです。ASDにおいても、安心できる環境や感覚刺激の調整が社会行動の改善につながる可能性を示唆しています(Dougnon and Matsui, Molecular Psychiatry, 2025)。
