研究: 神経変性

問題設定

アルツハイマー病は記憶障害や認知機能低下を呈する代表的な神経変性疾患の1つであり、アミロイドβの蓄積がその病理学的特徴としてよく知られています。しかし、アルツハイマー病の病態には未だに不明な点が多く残されています。アミロイドβの前駆体であるアミロイド前駆体タンパク質(APP)は長く注目されてきましたが、APPそのものが神経細胞の中でどのような生理機能を担っているのかについては十分にわかっていませんでした。パーキンソン病についても、ミトコンドリア機能障害やリソソーム機能障害の関与は示唆されてきましたが、詳細なメカニズムは不明でした。

私たちの発見 — 核由来廃棄物の排出不全

2026年にPNASに発表した研究では、培養細胞、ヒトiPS細胞由来神経細胞、マウス脳、さらにアルツハイマー病患者剖検脳を用いて、APPが核障害時に生じる核由来の廃棄物をリソソームエキソサイトーシスにより細胞外へ排出し、細胞の恒常性を保つことを報告しました。APPの減少により核由来廃棄物が細胞内に蓄積し、炎症反応や細胞死が増加しました。野生型APPの発現でこれらの異常は改善し、家族性アルツハイマー病に関連する変異型APPではこの排出機能が十分に働きませんでした。マウス脳でもDNA傷害下でAPPを減らすと障害が悪化し、野生型APPは保護し、変異型は保護しませんでした。剖検脳では核形態異常、細胞質への核由来廃棄物の蓄積、DNA損傷の増加、神経細胞あたりのAPP量の低下を認めました。これらの結果は、APPが単にアミロイドβを生み出す分子であるだけでなく、核ストレスから神経細胞を守る防御分子として働く可能性を示しています。よく管理された疾患脳を使える点は当研究室の特徴の一つです。

代表論文: Dougnon et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2026. doi:10.1073/pnas.2524190123 / 脳研の解説

Dougnon et al., PNAS 2026 の論文ページと、APPによる核由来廃棄物排出の解説図
論文と解説図。Dougnon et al., PNAS, 2026。APPによる核由来廃棄物の排出。

私たちの発見 — ミトコンドリアDNAの漏出

2021年のNature Communicationsでは、培養細胞やゼブラフィッシュのパーキンソン病モデルにおいて、ミトコンドリア由来DNAが細胞質に漏出し細胞毒性と神経変性を誘導することを報告しました。PINK1、GBA、ATP13A2の減少は細胞質mtDNAを増やし、I型インターフェロン応答と細胞死を誘導しました。DNase IIの過剰発現やIFI16の減少で改善し、gba変異ゼブラフィッシュでもヒトDNase IIの過剰発現が運動障害とドーパミン神経変性を改善しました。患者剖検脳の病変部位でもmtDNA漏出とそのセンサーIFI16の蓄積を認めました。

代表論文: Matsui et al., Nat. Commun., 2021. doi:10.1038/s41467-021-23452-x / プレスリリース(PDF)

Matsui et al., Nat. Commun. 2021 の論文ページと、細胞質mtDNAによる神経変性の解説図
論文と解説図。Matsui et al., Nat. Commun., 2021。細胞質に漏出したミトコンドリアDNA。

研究モデル・方法 / ヒト疾患との接続

培養細胞、小型魚類、マウス、人剖検脳を組み合わせます。細胞・動物で見出したメカニズムを、脳研究所のブレインバンクの疾患脳で検証できる点が強みです。現在はパーキンソン病をさらに深く解析するとともに、アルツハイマー病、ALS、多系統萎縮症などの神経難病にも新しい視点から取り組んでいます。

ここから先を、一緒に考える。

神経変性

問い 脳疾患の原因となる分子は、細胞の中でどのような生理機能を担っているのか。

これまでの発見 2026年のPNASで、APPが核障害時の核由来廃棄物をリソソームエキソサイトーシスで細胞外へ出すことを示した。2021年のNature Communicationsでは、パーキンソン病モデルでミトコンドリアDNAが細胞質に漏れ、IFI16を介して神経変性を起こすことを示した。いずれも培養細胞や魚・マウスと、剖検脳で見ている。

次に問いたいこと

  • 脳の病気を起こす分子は、もともと細胞を守るためにある。では、なぜ守りきれなくなるのか。
  • かつて細菌だったミトコンドリアのDNAを、神経細胞はなぜいまも「異物」として感じてしまうのか。

使えるアプローチ 培養細胞、小型魚類、マウス、人剖検脳を組み合わせます。細胞や動物で見出した仕組みを、脳研究所のブレインバンクの疾患脳で検証します。

関心のある人へ アルツハイマー病、パーキンソン病、ALSなどの神経変性、細胞生物学、蛋白質の生理機能に関心がある人。

  • Dougnon, G., Otsuka, T., Nakamura, Y., Sakai, A., Yamanaka, T., Matsui, N., Nakahara, A., Ito, A., Hatano, A., Matsumoto, M., Igarashi, H., Kakita, A., Ueno, M., Matsui, H.*. A protective role for APP in nuclear waste clearance via lysosomal exocytosis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2026. doi:10.1073/pnas.2524190123
  • Matsui, H.*, Ito, J., Matsui, N., Uechi, T., Onodera, O., Kakita, A. Cytosolic dsDNA of mitochondrial origin induces cytotoxicity and neurodegeneration in cellular and zebrafish models of Parkinson's disease. Nat. Commun. 2021. doi:10.1038/s41467-021-23452-x

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テーマは、研究室の基盤と本人の関心・強みを出発点に、議論しながら具体化します。最初の計画をなぞるだけでなく、得られた結果から問いを育て、自分の研究へ発展させることを重視します。