(2019年1月7日公開)

担当:石原 智彦 先生
所属:分子神経疾患資源解析学分野


ALS,筋萎縮性側索硬化症,は単一の疾患なのか,それとも症候群なのか.
2018年12月にALSの国際学会,international symposium on ALS/MND (グラスゴー) に参加しました.その初日の興味深いセッションの内容をもとにコラムを書きます.これは,もともと広く言われていることですが,あらためてALSの専門家集団の意見を確認でき,自分も同じ認識でいることが分かりました.

学会参加者の約1200人が集まっている会場で,今後のALSの治療開発に向けた,診断基準,治験の方法の在り方をテーマにしたディベート形式のセッションでした.壇上で4人の演者の先生が ,スライドを提示しつつ2vs2で 討論する形式です.議論の大枠はALSを単一な疾患群として見るのか,Heterogenous な集団とみるのかということでした.

図

ALSは約10%が家族性,90%が孤発性に発症します.分子生物学の発達に伴い,複数の原因遺伝子が知られています.コンセンサスが得られているものでも20種類以上の病因遺伝子があり,さらに予後,発症に影響を与える遺伝子も複数知られています(図1).この変異は孤発性の患者さんにも認められます.急速に普及しつつある,全ゲノム,全エクソン解析で検査を行えば,孤発性の患者さんのおよそ10%で病因遺伝子変異が見出されます.通常は孤発性の患者さんで遺伝子検査は行われず,また臨床像から遺伝子変異の有無を判断することは困難です.ただし統計的に比較をすると遺伝子変異を有する例は,予後に差がある事が解っています.明らかに違う遺伝子変異で発症するものを,一つの病気としてもいいものでしょうか.

現状のALS診断はEl-Escorial 診断基準ないし Awaji基準でなされます.ごく大まかにまとめれば,複数領域に上位,下位運動ニューロン徴候を認めて,他疾患が除外できればALSとします.典型的には,脳神経領域(球症状),上下肢,に症状を呈し,2-5年で人工呼吸器が必要となります.しかし臨床的に成人発症の運動ニューロン疾患,大枠でALSと診断される方の中には,球麻痺が強く生じる方,両上肢に症状が長期間限局する方(Flail arm type),10年以上の長い経過を呈する方,認知症合併の有り無し,などさまざまな病型があります.現在の診断基準では,明らかに異なる病型のものを内包している問題点があります.

これらの問題は治療法開発に影響を与えます.ALSは根治的な治療がまだ存在しません.そして新規治療薬の開発には患者さんを対象にした臨床治験が必須です.El Escorial 基準で診断し,遺伝的背景を調べない状態で治験を行う場合,「ALS症候群」の中の様々な疾患が混在しており,それぞれに治療反応性が異なり,治験薬の効果が統計的に確認できない可能性が高まります.

以上の問題点を踏まえたうえで,会場のaudience に投票が求められました.最近,他の学会でも見るようになった形式で,学会のプログラムアプリを通じて,スマホから投票します.質問は次の2つでした.
1) Is our current method of ALS diagnosis adequate and suitable for finding an effect treatment? (Abandon the El Escorial Criteria).
2) Should design of ALS clinical trials in the feature be radically changed? (Stratification, cohort enrichiment, target driven)

結果は 1) No 82%  2) Yes91% でした.
つまり,より細分化した診断基準と治験の方法が求められる結果でした,

ディベートなので,ALSの診断を細分化せずに,集約するべき,の論説もありました.ALSの97%は病理学的には単一でTDP-43蛋白質の細胞質内封入体を認めること.他の神経変性疾患,パーキンソン病やアルツハイマー病,と比較して,臨床診断と病理診断の乖離が少ないこと.などの意見です.しかしこの意見を踏まえたうえでの,最終投票でも結果はほぼ同一でした(それぞれの質問で集約派の得票率が1-2%上がりました).
将来的に変えていく必要があるということは皆,認識は一致しているといえそうです.

図

大きな要素はやはり遺伝の要素です.発症に関連するもの,予後に影響するもの,様々な遺伝子変異が明らかになっています.当科の検討でも,本邦のALS 550例の検討で,運動神経疾患関連遺伝子 X(未発表)のコピー数多型がALSの進行速度に関わることを見出しています (図2).

実際のところ,細分化の実現には難しさをはらみます.治験や臨床データ解析に遺伝子情報が必須となった場合.患者群の細分化が生じます.症例数が少ないと統計的に有意な結果を得るのは困難なので,膨大な母集団の数が必要となります.現状のように個々の施設でALSの診察,治療をしていては,不可能な数です.例えばALSセンターのような特定機能の外来をつくり,地域内の患者さんに定期的に通院いただいて,遺伝情報,臨床情報を把握する仕組みが必要となるかもしれません.患者さん全員に全遺伝子解析を行う場合の,費用的,作業量的な負担も大きく,だれが主体となって行うのかも問題となります.

図

しかし,違うものとして捉えられてきているものを,同一視し続けることは難しいです.今後の大勢は,ディベートで細分化論戦を張ったAmmer Al-Chalabi教授の発言に集約されていくのでしょう.すなわち似ているからといって,一緒くたにしてはいけない.チワワを食べてはいけない (図3).


研究分野

脳研コラム
このページの先頭へ戻る