第48回夏期セミナーを終えて

1日目

7月19日(木)~7月21日(土)の3日間にわたり,第48回新潟神経学夏期セミナーが開催されました。1日目となる7月19日(木)の見学・体験実習コースでは,「脳活動の光学的イメージング(7/19)」に4名,「遺伝子改変動物作製の実際(7/19)」に5名,「神経細胞の培養と遺伝子導入(7/19-20)」に5名,「脳研レジデント(臨床)体験コース(7/19)」に3名の参加がありました。

参加者は主に全国から集まった医学部生や大学院生,若手研究者です。基礎神経科学の研究を見学・体験したり,臨床の現場見学や神経病理実習を行いました。

第48回夏期セミナー写真 第48回夏期セミナー写真 第48回夏期セミナー写真 第48回夏期セミナー写真

2日目

夏期セミナー2日目の7月20日(金)は前半に「脳-臓器機能連関の最前線」というタイトルで、神経シグナルを介した中枢-末梢機能回路の解明に向けた最新の研究に関する基礎系セッションを開催しました。近年、「中枢による末梢臓器の神経支配」および「末梢臓器から神経回路への情報伝達」の双方向性のシグナルにより神経回路と臓器機能の有機的な連関が生まれ、循環・代謝・免疫応答などの臓器システムが制御されていることが分かりつつあります。本セミナーでは、神経・免疫・循環・代謝における各分野の視点から臓器連関の解明に取り組む研究者をお招きし、脳-臓器機能連関に関する最先端の研究成果を学ばせて頂きました。

名大医の中村 和弘先生には、「脳による代謝熱産生の調節」というタイトルで、恒温動物における褐色脂肪熱産生に関する脳の神経回路についての研究を発表して頂きました。暑さ・寒さから身を守るための温度感覚が脳へ伝わる神経回路を分かりやすくご説明頂いたことに加えて、飢餓を生き延びるために機能する神経回路や、ストレスを感じた際に生じる体温上昇に関わる神経回路についてもご紹介頂きました。将来的な心因性発熱の病因解明・治療に向けた可能性を感じさせて頂きました。

阪大IFReCの鈴木 一博先生には、「交感神経による適応免疫応答の制御」というタイトルで、生体恒常性維持に大きく寄与する交換神経活動によるリンパ球動態の制御機構についての研究を発表して頂きました。リンパ球のリンパ節からの出入りにおける分子機序をご説明頂いたことに加えて、概日リズムに同期する交換神経活動により惹起される適応免疫応答の日内変動についてご紹介頂き、ワクチン接種のタイミングの重要性など、様々な炎症・免疫疾患の治療において参考になる知見が得られました。

千葉大医の真鍋 一郎先生からは、「心-脳-腎連携による恒常性維持」というタイトルで、心疾患と腎疾患の関係性、つまり疾患における心腎連関の分子メカニズムについての研究をご発表頂きました。心臓に恒常的に存在する組織マクロファージが心臓圧負荷への適応性に重要であることに加えて、神経系を介した心臓と腎臓の連携に関するシステム制御機構をご紹介頂きました。特定の臓器で始まる病態が他の臓器へ拡大・波及する原理の一端を学ばせて頂き、生活習慣病の統合的な理解に向けた機運を感じさせて頂きました。

東北大医の福土 審先生には、「情動生成における脳腸相関の役割」というタイトルで、過敏性腸症候群(IBS)に併発する心身症を対象とした脳腸相関の制御機構を中心に発表して頂きました。IBS患者群と健常者群の多数の脳画像データをお示し頂き、IBSにおける脳内の機能異常について詳細な研究成果をご説明頂きました。その他、腸内細菌とうつ・不安などの陰性情動との関連性についての話題もご紹介頂き、食と脳の関係の重要性を感じさせて頂きました。

東北大医の片桐 秀樹先生からは、「臓器間ネットワークと代謝恒常性」というタイトルで、個体レベルでの代謝恒常性維持機構における神経・免疫システムの連関ネットワークに関する研究を発表して頂きました。末梢臓器からの求心性神経シグナルを端緒とする臓器間ネットワーク機構をご紹介頂き、メタボリックシンドロームにおける主な病態を説明しうる最新の研究成果を総括して頂きました。個体が神経・循環・免疫を使い分けている利点は何か?という根源的な問いに対する仮説の一つをお示し頂けたのが特に印象に残りました。

後半のセッションでは特別講義として慶應大医の佐谷 秀行先生と東大農の東原 和成先生よりご講演を賜りました。

佐谷先生には、「脳腫瘍幹細胞の代謝特性」というタイトルで、悪性脳腫瘍において存在する二つの異なる代謝特性を示す腫瘍幹細胞に関する研究を発表して頂きました。脳腫瘍の中には解糖系のみが亢進している細胞と解糖系を上回って酸化的リン酸化が亢進している細胞の2種類が存在し、いずれの細胞も少数の細胞から腫瘍を再構成する能力、すなわち脳腫瘍幹細胞としての機能を示すことをご説明頂きました。本講演を通じて、悪性脳腫瘍を克服するための困難さを改めて実感させて頂きました。

東原先生には、「フェロモン行動を制御する神経回路」というタイトルで、仲間、敵、異性などの匂いやフェロモンシグナルがどのような神経伝達経路により制御されているかについての研究を発表して頂きました。分子生物学、神経科学、細胞生理学、生化学など、領域横断的な考え方と技術を駆使して、匂いやフェロモンの嗅覚感覚の仕組みを、末梢の受容体から高次脳まで、更には分子-細胞-個体と階層横断的な研究成果をご紹介頂き、大変感銘を受けました。

(文責:システム脳病態学分野 田井中 一貴)

慶應義塾大学 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門 佐谷 秀行 先生
佐谷先生は治療抵抗性で自己複製能及び多分化能を有するグリオーマ幹細胞を標的とした研究について講演された。前半ではグリオーマ幹細胞を「女王蜂」に例え、その特徴を解り安く解説して下さった。また、グリオーマ幹細胞の浸潤性を捉えられ、突起を伸ばしてWirchow-Robin腔を伝って移動するグリオーマ幹細胞をタイム=ラプスビデオにおさめたものを紹介された。さらに、グリオーマ幹細胞をヌードマウスに移植し「吟醸化」すれば、たった数個の細胞から腫瘍が形成され、驚くべき自己複製能を獲得する研究結果を提示された。
講演の後半ではグリオーマ幹細胞の代謝に着目した研究について説明して下さった。グリオーマ幹細胞をsingle cellにしてwellで育てると培養液が黄色くなり、sphereが形成されるものと培養液が黄色くならずにsphereを形成するものがあるという観察から始まった研究である。両細胞は同程度の複製能、増殖能、stemnessを有しながら、前者は主に解糖系を、後者はミトコンドリア内呼吸(oxidative phosphorylation)を利用してエネルギーを代謝することを突き止めた。また、後者に関してはoxidative phosphorylationを阻害する事で解糖系を利用するようになるmetabolic switchを証明された。グリオーマの治療の難しさを理解しつつ、その解明にチャレンジし続ける佐谷先生の気迫が伝わって来る講演内容だった。

(文責:脳神経外科学分野 棗田 学)

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3日目

夏期セミナー最終日は,「グリアが織り成す神経回路の動態制御とその病態」のテーマでグリア細胞に関する内容で,ご高名な先生方から基礎臨床病態のお話を頂いた.グリア全般の内容であったが,学生,若手研究者に向けての総説的な内容から始まり,その上で細分化した格調高いご講演であった.神経細胞と比べるとグリア細胞は静的な細胞と考えられていたグリア細胞が,いかにdynamicな挙動を示し,脳内環境の維持にいかに作用するか,さらに疾患に関係するかを幅広く知ることができたシンポであった.

演題1 脳血管障害におけるグリアによる脳保護
新潟大学脳研究所神経内科 金澤 雅人

主に脳梗塞におけるミクログリア,アストロサイトから分泌される保護的成長因子や組織リモデリング因子のプログラニュリン,血管内皮増殖因子(VEGF),マトリックスプロテナーゼ-9に注目し,亜急性期に保護的に修飾したミクログリアを投与することで,脳梗塞後の機能回復を促進させるという実験結果を示した.グリア細胞は脳血管障害においてさまざまな標的であり,うまくグリア細胞を調整することができれば,脳疾患を制することができるという内容を提示した.

演題2 ミクログリア異常と白質脳症
新潟大学脳研究所神経内科  今野 卓哉 先生

大脳白質の障害で生じる白質脳症の一疾患Adult-onset leukoencephalopathy with axonal spheroids and pigmented glia(ALSP)は,colony stimulating factor 1 receptor (CSF1R)遺伝子の変異によるハプロ不全で生じる.CSF1Rは脳内では,ミクログリアに発現し,疾患脳では,ミクログリアの形態,機能不全を認める.今野先生は,大学院生,Mayo Clinicご留学中にALSP症例をまとめ,他の白質脳症と区別する特徴を検討し,診断基準を策定するに至った.CSF1Rは末梢単球にも発現するが,中枢神経症状以外の症状を認めない点,末梢単球での検討など,今後の研究の発展が興味深い.

演題3 ミクログリアと心の病気:橋渡し研究
九州大学医学研究院 精神病態医学 加藤 隆弘 先生

死後脳の病理組織やPETを用いた検討で,精神疾患で脳内ミクログリアの過剰活性化が報告されている.加藤先生は脳内の炎症が,精神疾患急性期病態に関与するという仮説からこれまで検討を進められている.注目すべきは,通常直接的な評価が難しい脳内ミクログリアに類似したミクログリア様(iMG)細胞を末梢血から分化させる技術で,iMG細胞を用いて,薬剤のスクリーニング系を確立されている.病態検討のin vitroの系として興味深い.

演題4 オリゴデンドロサイトの分化と脳機能
新潟大学 大学院医歯学総合研究所 神経生物・解剖学分野 竹林浩秀 教授

オリゴデンドロサイトは中枢神経系におけるミエリン形成細胞であるが,様々な病態にかかわっている.しかし,過去にはオリゴデンドロサイトを評価することは難しいこともあり,私自身も未知の細胞である.今回,学生や若い研究者にも理解いただけるよう,総論的なことからご講演頂いた.オリゴデンドロサイト前駆細胞の分化の過程で,アストロサイトにも分化するものもあり,分化の過程が疾患の病態解明につながることがわかった.他,中枢神経疾患でないものにも関与することを示されていたことは驚きであった.

演題5 神経変性疾患におけるグリア病態
名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野 山中 宏二教授

これまで変性疾患において見られるグリアの活性化,それに伴う炎症は二次的な変化と考えられていたが,一次性の変化であることを分子生物の機序で明確に提示していただいた.今回は,主にアストロサイトの筋萎縮性側策硬化症(ALS)病態における関与について示された.glia-neuron interaction,microglia-astrocyte interactionは神経変性疾患のみならず,注目すべき視点であると考えた.

演題6 グリア細胞による脳リモデリング
山梨大学 医学部 薬理学講座 小泉 修一教授

臨床的にも病態を捕らえ,治療することが難しい神経障害性疼痛の病態機序を示され,治療薬がいかに作用するかのメカニズムを提示された.その中心を担う細胞がアストロサイトであること,シナプス形成,刈り込みをアストロサイトが担うという機序は極めて新しい着眼点である.また,脳梗塞後のアストロサイトの役割も動的に作用しているのは興味深い.

夏期セミナーは,短期間に神経系の基礎から臨床まで脳研のすべてを知ることができる会です.基礎的なことから臨床にアイディアをtranslationすることができる点でも楽しい会である.この会で知り合った研究者,学生さん,製薬メーカーの方とも連絡を取り,来年もぜひとも活気のある会にするべく,尽力していきたい.

(文責:オーガナイザー 神経内科学分野 金澤 雅人)

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