ヴァージニア大学

任海 学 博士

インタビュー

任海博士は脳研那波宏之教授の研究室で博士号を取得後、脳研究所渋木研究室で視覚野の研究を進められ、その後、ドイツのミュンヘン工科大学、そしてアメリカ合衆国のヴァージニア大学で高次視覚の研究を続けています。今回は任海博士に脳研究所でのご経験と最近のご活躍についてお話を伺います。

澁木先生(左)と学会会場で。

脳研究所ではどのようなお仕事をされましたか。

「獣医学部生だった時、動物の行動に興味を持ち、その行動を生み出す脳を研究したいと思うようになり、大学院生として新潟大学脳研究所の那波宏之教授の研究室に入りました。そこでは主に、感染症などによって放出される炎症性のサイトカインが胎児・幼児期の脳に影響を与え、青年期後の統合失調症の発症につながるという、統合失調症サイトカイン仮説に基づく動物モデルの研究を行なっていました。幼少期のラットやマウスに様々なサイトカインの末梢投与を行い、成熟後の行動を解析したところ、統合失調症と関わりがあるとされる行動に異常が観察され、また関連すると考えられる脳部位において、様々な分子の発現の変化が見られました。研究を通じて分子生物学や行動薬理学を学びましたが、脳研では他にも神経科学を学ぶ機会が沢山ありました。研究室内では様々なレベルの勉強会や論文の抄読会がありました。また、脳研だけでなく医学部にも多くの脳神経研究者がいて交流があり、大変勉強になりました。
脳研システム脳生理学分野と医学部第一生理学分野と共同で行なっていた、神経生理学の抄読会に参加したことがきっかけで、学位取得後、システム脳生理学分野の澁木克栄教授の下で、ポスドクそして後に助教として研究することになりました。そこで澁木教授が開発した脳表の神経活動を可視化するフラビン蛍光イメージング法という測定法を用いて、マウスの大脳皮質にある視覚の情報処理を行なっている視覚野の研究を始めました。研究室には他に視覚の研究者はおらず、私も経験が無かったのですが、かえって常識にとらわれる事なく興味持ったことを研究でき、また研究室も自由な発想を楽しむ雰囲気もあり、世界で初めてマウスの高次視覚野を機能的に可視化することに成功しました。高次視覚野はいくつかの機能的に異なる視覚応答特性を示す領野から構成されています。当時、それぞれの領野の異なる応答特性は、第一次視覚野からの階層的な入力に基づくと考えられていました。しかし高次視覚の各領野の速度応答特性の違いが、第一次視覚野を経由しない、進化的に古い視覚中枢である上丘を経由する視覚経路からの入力に基づいている事を明らかにしました。

澁木研時代の北米神経科学学会でのポスター発表。隣で聞いているのが、現在のボスのJianhua Cang氏。

最近のご研究内容についてお聞かせください。

脳研で15年研究した後、ドイツのミュンヘン工科大学、そして現在アメリカ合衆国のヴァージニア大学で高次視覚の研究を続けています。マウスの高次視覚野の研究は始まったばかりであり、その基本的な性質を知る必要があります。視覚野の神経は、特定の視野内の特定の傾きを持つ線に選択的に応答することが知られています。また特定の方向の動きに対しても選択性を示します。そこで私達は、高次視覚野の神経の先の傾きと運動方向に対する選択性の関係を明らかにしようとしました。その過程で高速で動く物体の残像が作り出す線(motion streak)に対する応答する細胞が見つかりました。
私達はドットと格子状パターン視覚刺激に対する高次視覚野の神経応答を、2光子励起カルシウムイメージング法という数百もの神経の活動を測定する方法を用いて観察しました。するとある特定の傾きの線に選択的に応答する神経が、その傾きと平行に高速で動く刺激に同様に強く応答しました。この事はこれらの神経が、motion streakに応答していることを示しています。また高次視覚領野間でmotion streakに対する応答を示す速度が異なることが分かりました。またmotion streak のみに応答する神経も見つかりました。人間の心理学実験で、motion streakの情報が、動きの認知に重要な働きをしていることが示されています。マウスの高次視覚野の神経のmotion streakに対する応答は、どの様に脳が動きを認知するのかを解明する重要な手がかりになります。

脳研夏期セミナーでの実習の風景。参加者にフラビン蛍光イメージングを教えている。

今後はどのようなことをお考えでしょうか。

高次視覚野がどの様に機能が形成されるのか、という事が私にとっての大きな研究テーマの一つです。マウスが使われるようになる前は、高次視覚野の研究は主にサルを用いて行われてきました。サルを用いた研究は様々な制約があるため、発達の研究は困難でした。私達は現在、視覚経験を持たない開眼直後のマウスの高次視覚野の個々の神経の応答特性を世界で初めて測定しています。高次視覚野の神経は、選択性は低いながらも視覚経験なしにすでに、特定の傾きの線や動きの方向性に応答しました。この知見は、高次視覚野の機能形成過程を知る上で重要なことです。
また引き続き高次視覚野と上丘の機能的関連の研究を続けていくつもりです。しかし広く研究に用いられているマウスなどのげっ歯類の視覚機能を、改めて見直す必要があると感じています。高度な測定技術を用いた研究は一旦置いて、げっ歯類のこれまで注目されてこなかった視覚認知機能を評価する行動実験の確立を目指そうと考えています。遠回りながらも、脳の情報処理の仕組みを明らかにするために重要なことではないかと考えています。

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