1.教室組織の変遷

 当教室の前身である脳研究所神経生理学部門は1957年4月に医学部附属脳外科研究施設の開設に伴う最初の講座として設置された。初代の教授には、医学部精神医学教室で神経生理学の研究をしていた沢政一が就任した。助教授には医学部耳鼻咽喉科学教室で聴覚の神経生理学を専門としていた丸山直滋が就任し、両名を中心として「てんかん」に関連しての運動神経細胞の要素的活動、聴覚の中枢機構についての研究がおこなわれた。1966年沢教授が医学部精神医学教室の教授に配置換えになり、丸山助教授が二代目教授に就任した。助教授には耳鼻咽喉科学教室で聴覚の神経生理学的研究を進めていた川崎匡が就任した。1971年から1978年にかけて当時最新鋭のミニコンピュータが設置され、岡田正彦助手(現医学部検査診断学教授)がコンピュータの医学への応用について広範な研究を行った。1976年、川崎助教授の富山医科薬科大学教授転出に伴い、山形大学医学部薬理学教室の丸山昇治助教授が後任となり、中枢シナプス伝達物質の生理学的ならびに薬理学的研究に着手した。この間、丸山教授と、斎藤勝則・工藤雅治両助手はネコを用いて大脳皮質聴覚野ニューロンの活動を記録、解析し、聴覚野における複合音弁別、認識機序の研究にあたった。なお、丸山教授は昭和1978年4月の第55回日本生理学会大会の当番幹事、および平成1989年10月の第13回日本神経科学学術集会の集会長を担当し、両学会の運営に貢献した。1991年3月、丸山教授は停年となった。

 丸山教授の停年後約2年間に渡って当教室に教授が不在の期間が存在したが、1993年2月、理化学研究所フロンティア研究員の澁木克栄が三代目教授に就任した。同年3月丸山昇治助教授が停年となり、5月に工藤助手が講師に昇任した。また同年9月に脳外科教室より酒井雅史が、1994年7月に耳鼻咽喉科教室より藤崎俊之が助手となり、当教室の研究に参加した。1995年4月に神経生理学部門から基礎神経科学部門システム脳生理学分野へと改組された。1997年11月に工藤講師が助教授に昇任。1998年4月に耳鼻咽喉科教室に帰任した藤崎俊之の後任として隠木達也が米国ジョンスホプキンス大より助手として着任した。さらに米国留学した酒井雅史の後任として、京都大学ウイルス学研究所の五味浩司
が、さらに理化学研究所に転出した五味の後任として国立遺伝学研究所から菱田竜一が助手として赴任した。2007年7月に工藤准教授が帝京大学医学部生理学教室に教授として栄転し、後任の准教授には菱田竜一が助教から昇任した。また菱田の後任として博士研究員の任海学が助教として採用され、現在の教室の形に至っている。ちなみに教室の創生期より技官として機械工作を担当した田村尚末は2002年3月で停年となり(現在は嘱託)、電気工作を担当した多賀信義は2004年3月に停年となった。1995年3月より実験補助のため、丸山佐英子が勤務している。

   2.研究テーマの変遷


 現在(2009年3月)に至るまでの研究の流れのうち、主要なものを挙げると大きく四つの流れになる。第一は丸山直滋教授(二代目)が開始した聴覚の中枢メカニズムの研究である。丸山教授(当時)らはネコの鳴き声にヒトの母音および摩擦子音型のものがあることからネコの鳴き声の弁別機序をヒトの音声識別のモデルとして解析した。その結果、ネコの聴覚野では母音を構成するホルマントにのみ反応するホルマント識別ニューロン、合成母音に特異的に反応する母音識別ニューロンなどを見いだし、これらニューロンの反応特性がヒトの音声弁別の条件とよく一致することを明らかにした。一方、多くのニューロンは最適刺激が存在するものの刺激選択性が低く、これらを受容ニューロンと名付けた。動物にとって重要度の低い環境音の認知は受容ニューロン集団の活動パターンでなされ、音声など重要な音の識別は受容ニューロン+識別ニューロンによるという聴覚認識の階層構造モデルを提出した。

 第二の研究の流れは澁木克栄が教授就任に伴って持ち込んだシナプス可塑性の解析である。シナプス可塑性は記憶、学習などの脳の高次機能を支える素過程である。なかでも小脳の平行線維とプルキンエ細胞間のシナプス伝達の長期抑圧は、ある種の運動学習の基礎メカニズムと考えられている。澁木らはこの長期抑圧に一酸化窒素が必要であることを明らかにした。また一酸化窒素を電気化学的にとらえることに成功し、その放出動態を解析した。これら小脳におけるシナプス可塑性の解析や一酸化窒素の機能に関連し、脳研究所の神経薬理学部門(当時)や京都大学ウイルス研究所で作製した特定の遺伝子機能を欠くマウスの解析もなされた。これらの一連の研究には大学院生の柏渕信子(当教室博士課程、神経薬理学部門から移籍)、若月秀光(泌尿器科博士課程)、木村慎二(整形外科博士課程)らが参加し、当時の教室の研究の一つの柱となった。

 第三の研究の流れは、第一と第二の流れが融合されたものである。聴覚中枢、とくに大脳皮質聴覚野の研究の流れとシナプス可塑性の研究の流れを組み合わせ、大脳皮質聴覚野におけるシナプス可塑性の解析、特にその生理機能の解明を行おうとするものである。研究を行うに当たっての一つの方針は分子から個体に至るまでの各レベルで利用可能な研究手段を行使し、立体的に研究を行うことである。このためラットやマウスを用いた行動レベルの解析を酒井らが担当し、長期増強などの細胞レベルの解析を工藤らが担当した。その後、行動学的な解析法は渡辺俊介(理学部修士課程)、小野健太郎(当教室博士課程)らの手によって二音弁別テストとして確立され、脳切片標本における若月秀光(泌尿器科博士課程)、関健二郎(当教室博士課程)、北浦弘樹(当教室博士課程)や工藤の長期増強・長期抑圧の解析と組み合わせてシナプス可塑性の生体内機能を探る一連の研究としてなされた。その結果、音の時間パターン弁別のメカニズムの解明やヒトの言語音弁別の動物モデルの確立などの研究成果が得られ、これらの研究成果が認められて2007年7月に工藤准教授は帝京大学医学部教授として栄転した。

 第四の研究の流れは現時点(2009年3月)において主流となっている経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングを用いた解析である。第三の流れでは、脳切片標本標本における長期増強・長期抑圧の解析と行動解析の結果を比較対象することで研究を進めていたが、直接生きている丸ごとの脳内で何が生じているかという点はブラックボックスの中に入ったままであるという欠陥があった。この欠陥を克服するため、脳機能の光学的イメージングを研究手段として導入することを決定し、2000年8月から研究を開始した。その結果、神経活動に伴う酸素代謝変化をフラビン蛋白由来の緑色内因性蛍光変化として捉える方法が有効であることが判った。当初は比較的扱いやすいと思われたラットを用いて実験を行っていたが、遺伝子改変マウスで解析する必要性に迫られ、マウスでも実験を行った。その結果、マウスでは頭蓋骨が薄くて透明であり、頭皮を切開するのみで経頭蓋イメージングが可能であることが2003年2月に判明した。

 マウスにおける経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングの開発・導入は、当教室のその後の研究の発展を考える上で非常に重要であった。何故ならば、マウスにおける経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングは誰でも簡単に取り組める実験であり、新人の教室メンバーが即戦力として最先端の脳研究に挑戦することを可能にしたからである。研究の初期においては麻酔したラットを用いた体性感覚野可塑性のイメージングを村上博淳(脳外科博士課程)が行ったが、その後の高尾哲朗(脳外科博士課程)によるマウスにおける聴原性てんかん焦点のイメージング、北浦弘樹によるマウス体性感覚野可塑性や脳活動と脳血流変化の解析は経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングを用いてなされている。また高橋邦行や窪田和、大島伸介ら(何れも耳鼻科博士課程)による聴覚野や聴覚野経験依存的可塑性の解析、任海による視覚野眼優位性可塑性、塚野浩明(当教室博士課程)による和音の聴覚野応答の解析、陳山林(中国からの留学生、形成外科学教室所属)や山下晴義(整形外科博士課程)による末梢神経交差移植後の体性感覚野可塑性の解析などは、経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングの潜在的能力を良く現している。また脳切片標本を用いた実験でもフラビン蛋白蛍光イメージングは有効であり、菱田や鎌谷大樹(当教室博士課程)のラット大脳皮質切片標本による解析が成果を挙げている。

 2002年に開設された、医歯学総合研究科の医学修士課程は、本研究室の研究を考える上で非常に有意義なものである。この修士課程の大学院生として入学した、渡邉健児(現当教室博士課程)、駒形成司(現当教室博士課程)、吉武講平(現当教室博士課程)、大澤隆宏、永美賢太郎などの人材が研究を支える上で大きな役割を担っているからである。ちなみに渡邉はマウスの皮質視床スライスの解析、駒形は神経因性疼痛のトリガーメカニズム、吉武は視覚情報と体性感覚情報の統合メカニズム、大澤は交代視を行ったときの視覚野の可塑性、永美は覚醒マウス視覚野活動の解析を行っている。

 脳科学の潮流はめまぐるしく変化する。従ってその流れを正確に予測して自らの研究を方向付けることは非常に重用である。現在当教室の主力研究手段となっている経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングによってどのような研究成果が挙げられてどのように評価されるか、また今後本格的に研究が始まろうとしている覚醒マウスを用いての解析がどのように展開するかの二つの点が、当教室の今後の10年間を占う意味で、非常に重要な鍵を握るであろう。

   3.共同研究

 当教室の現在の共同研究の形としては、主に新潟大学医学部や脳研究所の臨床教室より、大学院生等を受け入れて研究するパターンと、他の教室・研究室で開発した遺伝子改変マウスの生理学的な機能解析を行うパターンの二つに大別される。最近の前者のパターンとしては、医学部耳鼻咽喉科(藤崎俊之、高橋邦行、窪田和、大島伸介)、脳研究所脳神経外科(酒井雅史、村上博淳、高尾哲郎)、医学部整形外科(木村慎二、山下晴義)、形成外科(陳山林)、泌尿器科(若月秀光)などから受け入れた人材が多くの業績を挙げ、また現在も研究継続中であり、教室の研究を進める上で大きな力となっている。また、遺伝子改変マウスは脳研究所神経薬理学部門(当時)、京都大学ウイルス学研究所、東京大学医学部、東北大学生命科学研究科、理化学研究所、遺伝学研究所、大阪大学生命科学研究科などから受け入れ、これらのマウスの解析は当教室の大きな研究テーマとなっている。

                (新潟大学医学部100周年記念誌より)



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