フラビン蛋白蛍光イメージング

(脳機能イメージングのメリット) 
 脳は無数の神経細胞からできています。従って、脳機能を調べるには個々の神経細胞の電気活動を直接計ること(電気生理学)が役に立ちます。しかし個々の細胞の活動を調べても、脳全体の機能を把握することは困難です。もし個々の神経細胞の活動が可視化できるなら、全体の脳活動が一目で判るのにと思いませんか?実際これまで神経細胞の活動を間接的に光学的な信号に変換し、脳活動全体をイメージとしてとらえる方法が色々工夫されています。

(脳機能を可視化する方法)
 脳機能を可視化するには、特殊な色素で脳を染色し、神経細胞の膜電位の変化、細胞内のカルシウム濃度変化、pH変化などを光学的に記録するやり方があります。しかし染めムラや、色素が失われたり退色したりして、安定にイメージを記録するのは困難です。さらにほとんどの色素は何らかの生体に対する副作用があり、脳を染めることで本来の脳活動がゆがめられてしまう危険性があります。

(内因性の光学信号)
 色素で染める欠点を避けるため、脳が本来持っている内因性の信号を利用することができます。脳活動はエネルギー消費を伴うので、消費を補うためにミトコンドリアで酸素を使ってエネルギーを産生します。このとき酸素が消費されて酸素濃度が低下します。そこで毛細血管内のヘモグロビンが酸素を遊離し、真っ赤な動脈血の色調から黒ずんだ静脈血の色調へと変化します。この色の変化を光学的に記録するのです。しかし信号の変化幅は小さく、脳血流の影響を受けやすいという欠点があります。

(フラビン蛋白蛍光イメージングの原理) 
 脳活動を反映するもう一つの内因性信号として自家蛍光があります。脳が興奮し、ミトコンドリアの酸素代謝が亢進すると、電子(水素)伝達系のフラビン蛋白が酸化型になります。酸化型のフラビン蛋白は青い照射光の下で緑色の自家蛍光を発します。従って緑色自家蛍光をとらえれば、脳活動を可視化することができます(
図1)。我々はこの原理を用いた脳機能イメージングを行っています。フラビン蛋白蛍光信号は、ヘモグロビン由来の信号より10倍程強く、またより速い変化を示します。

図1 フラビン蛋白蛍光イメージングの原理。A:フラビン蛋白は電子(水素)伝達系の一要素であり、酸化型が緑色自家蛍光を発する。B:神経細胞の興奮は、細胞内カルシウムの濃度上昇を介してミトコンドリアの代謝活性を高め、緑色のフラビン蛋白蛍光強度を上昇させる。

(フラビン蛋白蛍光イメージングの実例: 電気刺激の効果)
 実例を我々のデータで示します。まずラットを麻酔し、大脳皮質を露出します。タングステン電極を体性感覚野と呼ばれる部位に刺入し、電気刺激を加えると、刺入された局所の蛍光強度が上昇します(
図2動画1)。

図2 電気刺激によって起こした脳のフラビン蛋白蛍光の上昇。A:ラット体性感覚野の自家蛍光像。樹状のイメージは脳表の血管像。タングステン針(各イメージの左から中心部への直線状の影)を脳に刺入し、時間ゼロから1秒間100ヘルツで刺激したときの蛍光上昇が見える。B:電気刺激の頻度を変えたときの蛍光変化を定量的に表示。

動画1(電気刺激の効果、図2Aのデータ、刺激のタイミングをブザー音で表示) へのリンク


(フラビン蛋白蛍光イメージングの実例: 皮膚刺激の効果)
 体性感覚野は皮膚感覚を処理する部位にあたるので、前肢や後肢に機械的刺激を与えると、それぞれに対応する体性感覚野の蛍光が上昇します(
図3動画2)。同様に音刺激に対する聴覚野の、視覚刺激に対する視覚野の反応も記録することが出来ます。我々の方法は安定して脳活動を記録することが出来るので、学習や経験依存的に脳活動が変化する様子をとらえることができます。

図3 皮膚の振動刺激(50ヘルツ、1秒)によって起こした体性感覚野のフラビン蛋白蛍光反応。A:前肢を刺激。刺激後0.3秒で明確な反応が出現し、0.8秒でピークに達する。刺激終了後、血流増加を反映する動脈像が出現。刺激前の蛍光強度を100%として変化分を疑似カラー表示。B:Aと同様の単一試行のデータ。C:後肢刺激による蛍光反応。前肢と異なる部位に反応が出現。


動画2(前肢刺激の効果、図3Aのデータ、刺激のタイミングをブザー音で表示)へのリンク

動画3(後肢刺激の効果、図3Cのデータ、刺激のタイミングをブザー音で表示) へのリンク



(経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージング)
 
 最近の脳科学ではマウスが重要な実験動物になっています。何故ならマウスには様々な遺伝子操作を施すことができるからです。しかしマウスの脳は小さくデリケートであり、高次機能を調べるのは容易ではありません。我々はマウス大脳活動を解析するためにフラビン蛋白蛍光イメージングが最適であることを見いだしました。何故ならマウスの頭蓋骨は透明度が高く、麻酔したマウスの頭皮を切開するだけで、頭蓋骨を介して大脳皮質のかなりの部分が観察できるからです(
図4)。この方法を用いれば、学生実習並の易しさ(!)で脳機能イメージングが可能となります。現在この方法を用い、聴覚野・体性感覚野・視覚野の様々な性質がわかってきました(論文リスト参照)。私たちの研究室の最も経験の少ないメンバー達も、様々な発見をしています(Q&A参照)。


図4 マウスを麻酔し、頭皮を切開したところ。大脳皮質の背側面(体性感覚野、聴覚野の一部、視覚野)が頭蓋骨を介して見える。


(フラビン蛋白蛍光と経験依存的可塑性)
 これまで述べてきたように、フラビン蛋白蛍光イメージングは、ミトコンドリア電子伝達系の酸化型フラビン蛋白が、緑色蛍光を発することを利用します。神経細胞が興奮して細胞内カルシウム濃度が高まると、酸化型フラビン蛋白が増え、緑色自家蛍光強度が高まるので神経活動パターンを可視化できます。ミトコンドリア(フラビン蛋白)はどの細胞にも豊富に存在し、神経活動とフラビン蛋白蛍光変化は比例します。
 

 我々は吸血鬼でもない限り、少々直射日光を浴びても平気です。即ち直射日光を浴びる位ではミトコンドリアの酸素代謝は正常であり、フラビン蛋白も光による化学変化(退色)を受けないことを示しています。これはフラビン蛋白が励起光を吸収して蛍光を発する効率が低いので退色しにくく、光変性したフラビン分子が新規合成分子に速やかに置換される修復機構もあることに由来します。

しかし、このようにフラビン蛋白がどの細胞にも豊富に存在し、しかも退色に強いということは、実は脳機能イメージングに使用する上で非常に大きなメリットがあります。即ちフラビン蛋白蛍光は神経細胞の活動を忠実に現し、蛍光測定の履歴の影響、個体や細胞ごとのバラツキがほとんどないのです。従って、フラビン蛋白蛍光は経験依存的可塑性(経験によって脳の応答や神経回路が変化する現象)の解析に非常に適しています。我々はこれまで、聴覚野・視覚野・体性感覚野などの経験依存的可塑性を解析してきました。今後さらに高次脳機能の背景にある様々な経験依存的可塑性を解明していきたいと思っています。


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